第4話 運動会とお弁当と
間近の会社の行事と言えば人事がノリで決めたと言われる運動会である。運動会なんて高校生の時以来の行事で、社会人になってからは無縁だと思っていた。親睦を深めるために大人も子供の時みたいにはしゃいでわいわいしようと決まった運動会。今年から開催が決定された運動会の催しは今、会社の中でのトップワードである。
私はというと若いを引き合いに出されて部署ごとに分かれて対戦するドッヂボールに参加させられることになってしまっている。子供のころからあのボール当てごっこは大嫌いなスポーツなのだが、先輩たちが張り切っている中それに水を差すようなことは入社1年の私にはまだまだできるはずもない。スポーツが苦手というわけではないのだが、基本的にあまり動きたくないだけで学生の頃は帰宅部を選択していた。
「上野さんドッヂボールですか」
「そうみたいです。ドッヂボール苦手なんですよね」
「私もなんですよね、最近はドッヂボールまで運動会になるんですね」
幸子さんも同じ競技に参加しないといけないみたいだ。確かに運動会にドッヂボールというのは変な気がしないでもない。どちらかというとクラスマッチとかそういった時にしそうな競技だろうと思う。まったく、誰の思いつきなんだろう。
「雅美ちゃん、お弁当作って来ようか?」
「っつ・・」
私の耳元にこそっとそう言ってきた幸子さん。会社での幸子さんは敬語に苗字呼びが絶対だった。私も変わらず佐伯さんと呼んでいる。久しぶりに名前で呼ばれて、、それに、耳元でそんな言われたりしたら誰でもドキッとしてしまうものでしょ。
心臓に悪いわ幸子さんと思いながら何か悔しかったから、「おねがいします幸子さん」ってお返しに幸子さんの耳元で言ってあげた。
そしたら、幸子さん、余裕そうな顔でokという合図をしただけで、もうなにこの余裕の差ってこっちががっかりした。
そんなこんなで、運動会の時の昼食は幸子さんの手作り弁当ということが決定していた。なぜかわからないけど、しばらく心臓の音が気になってしょうがなかったのだけど、また幸子さんの卵焼きが食べれることは確定である。とりあえず、にまにましてしまうことは仕方がないことだろう。
家に帰ってだらだらとテレビ番組の録画を観ていた。スマホの着信音が鳴って画面を見たら美智子からだった。なんのためらいもなく受話器ボタンを押して耳に当てた。
「やっほー」
「どした?」
美智子の気安い挨拶にそう問えば、運動会のことを聞かれた。なんでも美智子の会社でも運動会があるらい。こっちはドッヂボールやぞ!とうんざりして教えたら、そんなんあるの?と驚かれた。姉ちゃんも一緒にやるということもついでに教えてあげると、なんか心配していた。幸子さんは運動がそこまで得意ではないという情報。でも、自分よりという運動神経抜群な美智子が言うのはどの程度なのかは図ることが難しいことなのだが。
「私くらい?」
「んー自分で言ってたの聞いてただけだし、スポーツやってなかったからわかんないけど」
ふーんというあんまりよくわからないなという返事をしてから、美智子とは10歳も違うし、学校で観る何てことなかっただろうしなと納得する。そして、幸子さんの手作り弁当の話をした。思いのほか悔しがる美智子に、こいつこんなにシスコンだったのかと驚愕の事実が発覚した。しかし、幸子さんの手料理というのは妹をも魅了するものなんだろう。いや、確かにそれは落ちるかもしれないととっくに落とされてた事実に今更気づく。あーやばいなこれは。胃袋つかまれたってこういうことかと食に釣られるとは我ながら単純である。
あっという間に運動会の当日がやってきた。私も最近着てなかったスポーツウェアを着込んで参加である。幸子さんはというと、雑務的なものを任されていてなんだか忙しそうにしていた。たぶん、入社したばかりだから、新人に任せる仕事があるのだろう。
「やりますか」
そう言って立ち上がった私に「がんばりましょう」と幸子さんが笑って一緒にコートに向かう。私たちの運動会の始まりだ。当たりたくないためだけに逃げに徹した私と、ばんばんとりまくる幸子さん。美智子ウソやん。と思ったのは言うまでもない。スポーツ苦手なんて誰が言ってたんだと思うほどの華麗な動きにうっとり。とか言ってる場合ではない必死に逃げてはぁはぁ息が上がってしまって、ゲームの後半には私はボールがお尻にヒットして退場だった。結果はチーム戦だったからか幸子さんの頑張りには及ばず、敗退だった。
「つっかれたー」
「お疲れ様でした先輩」
ポカリを手渡してくれた後輩の幸子さん。なんて気が利くんでしょう。幸子さんはあの激しい激戦をしていたにも関わらず、涼しい顔で私に微笑んでいる。それでも、激戦だったからか、少し汗をかいたみたいでポニーテールにした髪の残り数本が汗で濡れているのがわかる。色っぽいなと思ってしまっている自分に驚く。
「お昼どうしましょうか?」
しばし、無言で幸子さんの首筋を凝視していたことに気付く。
「あ、えっと、じゃあ外で食べましょうか」
そう慌てて言った私が何を考えているのかなんて幸子さんは知らないから、「じゃあ、外にある公園でも行ってみます?」と二人で抜け出す提案をしてきたのである。
私たちは近くにある緑地公園に向かった。最初から外で食べること前提であったのか、レジャーシートまで用意されていた。さすが幸子さんとしか言いようがない。
「ちゃんと雅美ちゃんの好きな卵焼き作ってきたよ」
「ありがとうございます。幸子さん大好き」
そう嬉しさのあまり幸子さんに愛の言葉を投げかけるほどには私は胃袋をつかまれてしまっている。もう、雅美ちゃん可愛いと幸子さんだってまんざらでもなかったりして。二人っきりのピクニックみたいだった。たった1時間だけの二人の時間である。
「食べたー美味しかったです」
もうお腹いっぱい食べられないとレジャーシートに仰向けに寝そべる。幸子さんは、じゃあ私もと言いながら、私の隣に私と同じように寝そべってきた。
「っ」
今までにない近さに思わず緊張してしまって、なんだか妙に照れてしまった。幸子さんはというと、こっちを見ながらふふって笑うし、もー!
あわてて起き上がったのは恥ずかしさと照れくささがピークに達したからだった。
「幸子さんやばい時間だ」
短い昼休みの時間はもう終わりに近かった。癒しの時間は終わり。癒しというより、今回はなんだか緊張したり、ドキドキしたりとか恥ずかしかったり忙しかったように思う。けど、終わって欲しくはないと思ってしまうくらいうれしい時間だった。
シートを片付け、会社に戻って昼の部の運動会。明日の筋肉痛は確実だなと思うくらいのハードな運動会であった。
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