第3話 卵焼きとオムライスと

 やってきました美智子の姉ちゃん家。といってもまだそんなに親しくない後輩であり、同級生の姉である佐伯さんのお家なのだが。気安く来てしまった佐伯さんの家の前。2度目の訪問である。1度目は行きの記憶は全くないのだけどね。美智子もいるらしく、佐伯さんに美智子には言わないでくださいねとなぜか秘密にさせられている。手ぶらもなんだからと思い、ショートケーキを近所のケーキ屋さんで購入した。


「はーい今行きます。」


 インターホンから聞こえる声にあ、美智子だと気づく。上野です。と答えたらちょっとして中からガチャッとカギを開ける音が聞こえた。


「え、え?なんで雅美??」

「よっ美智子」


 驚いた顔をした美智子に出迎えられた。美智子の後ろには佐伯さんがニコニコとほほ笑んでいた。佐伯さんは美智子には私が教育担当だと教えていなかったらしい。中に案内されてリビングに行くと手土産のケーキを渡す。ゆっくりしててくださいねと佐伯さんがキッチンへと向かって行った。


「まさかの雅美!」

「佐伯さんが美智子のお姉さんだったとは私も最近知ったんだよ」

「姉ちゃん教えないから会社の上司が来るもんだってドキドキして損したわ」

「いやいや上司じゃないから」


 否定した私に、教育担当は上司も同じじゃん?という美智子。いやいや、超人佐伯さんが新人じゃなかったらそんな感じかもしれないけれど、佐伯さんの上司なんて言えないわ。


「姉ちゃんって会社でどんな感じ?」

「んー超人?」


 素直に答えた私になんかわかるという妹の美智子。昔から姉は凄かったらしい。高校時代、姉のことはあまり話してなかったなぁと美智子の話を聞きながら思った。できる姉と比べられる妹のコンプレックスもあったのかもしれないなと勝手に哀んでしまった。


「確かに姉ちゃんにほとんどもってかれてる気がするわ。」

「いや、美智子それなりに頭よかったじゃん」

「いやいや、姉ちゃんとは比べもんにならんよ」


 会社の佐伯さんの超人さを教えると、なんともない顔をした美智子に返される。そんなに気にしてはいなかったんだなと、さっきの勝手な哀れみは無駄だったかと思う。そういえば、美智子はこんな奴だったっけなんて高校時代の美智子を思い出す。

 陸上部だった美智子は体育会系であってあっさりした奴だった。それでいていつもショートカットだったからか女子にも人気あったっけ。それに、頭もそこそこ良かった。確かに超人の妹と言われても疑わないレベルで美智子も超人である。私はというと、帰宅部の普通の頭のそんじょそこらにいそうな女子高生だったわけだが。


 今の美智子は高校生時代のショートではなく、ロングで化粧もしていて、美人さんになっていた。久しぶりに会うと同級生も変わっているものだと感心してしまう。


「みっちゃん驚いたでしょ?」


 佐伯さんがケーキが乗ったお皿とコーヒーをテーブルに置きながら美智子に尋ねていた。「なんで教えないの?」と甘えたように頬を膨らませた美智子はやっぱり妹なんだなと思う。


「だってみっちゃん驚かせたくて」

「姉ちゃん変なドッキリ好きだよね」


 姉妹の会話を聞いてこれまで美智子が佐伯さんにプチドッキリをよくされていたことがわかる。前もねという美智子の昔話に佐伯さんの意外な一面も見えたような気がした。


「佐伯さん、クライアントのアポとれました?」

「はい、大丈夫でした。先方には後ほど資料をお送りすると伝えました」


 就業ぎりぎりで指示した仕事の確認がまだだったのだ。こういう席ではどうかと思ったけれど、実際会って話もできるのだからと後回しにしていたことだった。さすが佐伯さん、仕事ができる人は先を見越してくれるから助かる。


「へーやっぱ雅美が上司なんだ」


 感心したように私と佐伯さんの会話を聞いていた美智子が口を出してきた。「だから違うって」と否定はするものの、自分の同級生が姉と仕事をしているのを見ると不思議な感覚らしい。


「姉ちゃんが私の友達に敬語使うの何か変な感じ」

「あー。確かにわかる気がする。佐伯さん、いいですよ?タメ語で」


 仕事場でもない場所で10歳も年上でしかも友達の姉であれば敬語というのは確かにおかしいものだろう。私としても全く問題ないので佐伯さんにそうしません?と提案してみた。


「それに私も佐伯なんですけど、反応しちゃうから雅美もやめなよ」

「え?」


 傍らで聞いてたと思っていた美智子が更に私への提案までしてきた。


「あーどうします?」

「私はどちらでもいいですけど」


 じゃあそうしますかという佐伯さんに会社の外では私は幸子さんと佐伯さんは私にタメ語ということになった。職場では敬語と苗字呼びであることは強調された。実際私は幸子さんというのは簡単なんだけど、佐伯さんはというと、先輩には敬語でないといけないと譲らないのだ。


「で、雅美ちゃんがね」


 いつの間にか雅美ちゃんと下の名前で呼ばれるようになっていた。美智子が雅美雅美いうから移っちゃったみたいです。まぁなんだかくすぐったい気分です。佐伯さんのスキルから言いますと、雅美!と呼び捨てよろしくでもいいのだが。そういうのははたぶん佐伯さんぽくないなと思う。


「みっちゃんは何食べたい?」

「やっぱあれでしょ。姉ちゃんのオムライス」

「またぁ?」


 決まってるっしょという美智子に、ちょっと残念に思っていたのは私である。卵焼き食べたかったよ。また?ということはよく姉にオムライスをせがんでいたのだろう。私なんかまだ2回しか卵焼き食べてないのに。いいじゃん、美智子はいつでも作ってもらえるんだからという変な嫉妬みたいな子供じみた思いがうずまいた。


「雅美ちゃんは卵焼きも作るね」


 そう言った佐伯さんの言葉に「ほんとですか??」と身を乗り出したのも私です。心の中でうっひょーと嬉しさのあまり踊っている私に、なんだなんだと美智子がちらちらこちらに視線を送っているのに気づく。


「なに・・・?」

「雅美いつ姉ちゃんに胃袋つかまれたの?」


 じと目で聞いてくる美智子に、別にやましいことはないくせに若干目が泳いでしまう。なんでそんなこと気にするんだろうと思いながら、別の話を振って質問がなかったことにする。


「美味しかったーやっぱ姉ちゃんのオムライスが一番」

「美味しかったーやっぱ幸子さんの卵焼きが一番」


 同じことを同時に言っていた私たち同級生コンビ。それを嬉しそうにふふっと笑う幸子さん。食べ終わってからもしばらく3人でお話していた。


「雅美がまさかの姉ちゃんの料理ファンだったとは」

「いや、だって美味しいじゃん幸子さんのごはん特に卵焼き」

「いやいや、君、姉ちゃんの一番はオムライスですから」

「何を言いますか美智子さん卵焼きでしょう」


 雅美さんの料理で1番はどれなのかの言い合いが勃発である。どちらも卵料理であることが笑えるが。結局無意味な争いであることはわかりきっているので、私たちの戦いは「幸子さんの料理が美味しい」ということにまとまったのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る