第2話 卵焼きと友達の姉と

 歓迎会を終えてからは何事もなく、佐伯さんはますます超人を発揮していたけれど、私たちの関係というのは会社の後輩先輩という立場は変わらなかった。

 だって変わるきっかけとは、何かしらのアクションがなければ起こらないわけで、あの社交辞令を本気になんてしてないというか。まずは新人教育が大事でそれは会社に勤めていて仕事してという繰り返しの作業からはありえないことだったりする。

 新人教育と言っても、私だけが必死になっているだけであって、等の新人である佐伯さんは何喰わない顔でそつなくこなしてしまうのだけど。余裕ある大人っていいなと自分の必死さに嫌気がさしてしまう日常が続いていた。


「卵焼き食べたいな・・・」


 そんな日常を送っていた私にもあの時の卵焼きのせいか、ほっとすることが欠けていた生活が続いたせいなのかこぼした言葉がこれだった。卵焼きが食べたいという欲求もあったのだけど、それはただの食欲というより、どこか癒しを求めていたという欲求である。まぁ自分で作ればいいだけなのだけど。


 確かに自分で作るのは食欲は満たされるものだけど、癒しに関してみるとまた違うものである。自分の為に作ってくれて、さらに美味しくてというそのほわっと感じる暖かさとかがたぶん癒しになるのかなと自己分析してみる。


「はぁ・・・」


 変な独り言だなと思いながら、自分のデスクのPCと格闘していると、私のデスクに入れたばかりのコーヒーが置かれた。佐伯さんは確かになんでもできちゃう超人なのだけど、後輩としても本当に気が利くといいますかなんというか。


「上野さんのカップ可愛いですよね」


 そう言って私の職場用カップを褒められた。卵のように外が白で中が黄色の私のカップ。デザイン的には普通のカップなのだけど、なぜか褒められたりして。「上野さんらしいというか可愛いですね」なんて言ってくる。私らしいとは何だろうと思いながら「ありがとうございます?」と疑問形の御礼を言いながら、それに満足したのか、佐伯さんはふふっと笑ってから自分のデスクに帰って行ってしまった。


 私と佐伯さんのデスクは少し離れている。

 教育係としてみたら不便なことなんだろうけれど、これと言って不便を感じたことがなかった。確かに手取り足取り教えたりすることが必要であるならば隣のデスクを使ってもらう方がいいだろう。けど、佐伯さんの場合においては1教えたら3返ってきそうなくらいの超人。


 おそらく、部長もわかっていたからこそ、わざわざ隣のデスクにしなかったのかな?と思う。たまに私以外から言われた仕事も佐伯さんはこなしているみたいだった。


 昼の時間になって昼食にしようと思って朝コンビニで買ったおにぎりを開けて頬張っていた。コンビニのおにぎりとは給料前の非常食である。給料前になると外に出て昼食というのは控えるようにしていた。


「珍しいですね上野さんがデスクで昼食なんて」


 そう言われておにぎりに集中していた意識をそちらに向ければ佐伯さんだった。


「給料前で金欠なんですよ」


 そう苦笑いした私に佐伯さんはふと考えた仕草をしたかと思うと決めたみたいな顔をして私の隣のデスクに持っていた四角い巾着のようなものを置いた。たぶんお弁当かな?と思ってここで食べるんだろうか?という疑問が出る。

 佐伯さんのデスクはあっちなのに私と食べたいとか?という疑問も。けど、佐伯さんはそこの椅子には座る気はないみたいで、お弁当らしき包みを開いていた。


「卵焼き食べます?」


 予想どおりのお弁当だったのだが、わざわざそこでお弁当を開いた理由はこれだったのだ。お弁当のふたに卵焼きが2つのっていた。お弁当の中身を考えるとこの卵焼きを抜いたら佐伯さんのおかずは少なくなってしまうのではないかと思った時には受け取ってしまっていた。もう馬鹿と自分の浅はかな行動にがっかりする。

 卵焼きを受け取る時には佐伯さんは終始笑顔でふふってまた笑っていたなと思いながら、頂いた卵焼きを食べる。やっぱり安定の美味しさだ。なんだろうこのほっとする味。


 ほっこりした気分で昼食を終えた私はふたを返すついでにもらってばかりでは申し訳ないと小袋に入ったチョコレートをいくつか渡すことにした。


「ありがとうございました。むっちゃ美味しかったです。佐伯さんの卵焼きなんであんなに美味しいんですか?」

「よかったです。上野さん見てると妹みたいで。あ、ごめんなさい。うち妹と10歳離れてるんですよ」


 だから妹と接しているみたいだとふふとまた笑った佐伯さんを見てわかった。あーあの子に似てたんだと。佐伯さんの妹はおそらく私の高校の時の同級生。苗字でピンと来なかったのが我ながら抜けてるなと思う。


「その妹って美智子ですか?もしかして」

「え?妹知ってるんですか?」

「あ、はい。高校の同級生ですよ。佐伯さん美智子のお姉さんだったんですね。」


 だから見た事あると思ったんだ。高校の時の友人である美智子のお姉さん、たぶん何度か見かけたことがあるはずだ。美智子の家には何度か遊びに行ったことがあった。長期休みの時なんかはたまに姉が帰ってきてるという美智子の言葉を思い出す。


「やっぱり、会ったことありましたね」

「そうみたいですね」


 そこから、美智子のことなどを交えた会話をしていた。これまでしなかった個人的な話。美智子のお姉さんとわかったからか繋がりが昔からあったことで私は饒舌に話していたんじゃないかと思う。美智子の姉である佐伯さん、佐伯さんは下の名前が幸子というらしい。親が子繋がりにしたかったのか何か昔風でしょ?と笑う佐伯さんの顔を見てやっぱ美智子と似てるかもと思いながら会話した。


「美智子今度家に来るって言ってるんですよ。上野さんも来ません?」


 話の後半くらいに差し掛かって佐伯さんのお誘いに驚く。でも、妹の友達とわかってか佐伯さんも私に親近感を覚えたから誘ってくれたんだろうということがわかる。


「いいんですか?」


 妹も喜ぶしもちろんという佐伯さんの言葉をうのみにして私は週末にまた佐伯さんのお宅にお邪魔することになったのだ。

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