歳の差10歳の恋

いのかなで

第1話 10歳も年上の新人

 いつもながらPCと格闘していたいた私に部長から「上野君」と名前を呼ばれた。手を止めてPC画面から声のした方に視線を向ける。部長の横には今までこの部署では見たことのない女性が立っていた。



「上野くん、すまないけど教育お願いね」


 部長から任された初めての後輩指導。23歳で担うには重すぎる仕事かと思うのだけど、なんで私に回ってきた仕事なのかはよくわからない。

 しかも、今回の新人は中途という事だった。新卒から1年しか勤めていない私より明らかに年上ということ。どういった新人が来るのか内心不安で仕方ない。


「この子が佐伯さんの担当の上野くんだから」

「佐伯です。よろしくお願いします」

「上野です。よろしくお願いします」


 そう言って部長が連れてきた新人とあいさつした。仕事を初めて教えるわけだけど、佐伯さんという人、この人どこかで会ったことがある気がする。

 どこで会ったのかしばらく考えてみたけど、どうしても思い浮かばない。たぶん、いや確実に見た事のある顔だった。


「佐伯さんってどこかで会ったことある気がするんですよね」

「よく言われますね。」


 おっとりとした口調の佐伯さんはよく知らない人に会ったことあるよねと言われるらしい。私の質問によくあることですからと言った。どうやら取り合う気はなさそうだ。


 いやいやどこかで会ったことあると私には確信に近いものがあって食い下がりたかったのだけど、一応まだ仕事が始まったばかりだ。今回は重要な新人教育の初日だから佐伯さんとの雑談はほどほどにしなければと教育に戻った。


「歓迎会やるから今日終業後ね」という部長命令が下った。新人教育の私は行かないなんて選択はないだろう。


 残業せずに佐伯さんを歓迎会の会場に案内する役目を果たさなくてはならない。それに初めてだと緊張するというメンテナンス的な部分も補わないといけないという責任もある。


 こっちとしても今日初めて会って、初めて話してという状態でフォローもへったくれもないのだけれど。


 今日は、雑談なんて初めの10分くらいでくそ真面目に教えていただけで佐伯さんのことなんてこれぽっちもわからない状態。


 慣れている担当の人なら仕事の合間に上手に話したりできるのだろうけど、こちとら必死に教えることしかできないぺーぺーなんですよ!?


 まぁでも、今日教育をしてみてわかったこともある。仕事に関してなのだが、新人とは思えないできる人なのである。


 こっちの教えた事なんてささっとやってのけて、お願した仕事は私よりも早くやってきてしまうのだ。


 新人教育なんてしなくても確実に即戦力になる人というのが入社1年目の私だってわかってしまう。


 おっとりしているようで私より確実にキャリアは上で、業務を1度教えただけでそつなくこなしてしまう超人だったことが判明したのである。


 しかも、若いと思っていたのだが、実は私よりも10歳も年上のお姉さんだったことがわかっておったまげた。いやいや、こんな新人教育とかいらないわ。

 私なんかが教育していいレベルの人材じゃない超人ですよ佐伯さん。もっとキャリア積んだベテランさんが教えた方が良かったんじゃないの?と早くも自信喪失した1日であった。


 会場に到着してから佐伯さんは部長とか上の人たちがいる上座の方へ押しやられて行った。だって主役だもんね佐伯さん。頑張れと心の中で応援してたら上野もこっちだと部長に言われて上座の方に座らされる羽目になってしまった。逃げ遅れたというより、新人の担当になってしまったからこの場合仕方のないことなのでこれもあきらめるしかなさそうだ。


 新人さんはやはり酌をしなくてはならないから佐伯さんはビールの瓶を持って動き回っている。


「いやー気が利くね」


 とおじさん上司やら男の社員が鼻の下を伸ばしている中、なぜか私が上司たちの酌を何度も受けることになってしまっていた。いつもなら付き合い程度の酒も自分の限度を超えて胃の中に押し込まれる形になってしまった。

 当然、酒にそこまで抵抗がなかった私はへべれけになってしまったわけで、やってはならない失態を起こしてしまった。


「おえー・・・うっぷ」


 やらかしたと言っても幸いにも店の外でのこと。心配そうに大丈夫ですか?と背中を優しくさすってくれるのは佐伯さん。もう情けないにもほどがある。何が教育係だと涙まで出てくるわ。もうこれ以上上野は無理だろうと他の社員たちは2次回に行ってしまったのだけど、佐伯さんは私に付き合ってくれたようで、さらに申し訳ない。


「一人で帰れますか?タクシー止めましたけど」

「だ・・だいじょう・・ぶ」


 止まったタクシーに乗った私は大丈夫だと言ったのだけど、佐伯さんは「いやぁ・・・大丈夫じゃないみたいですね」と私の隣に乗り込んできた。


「起きました?」


 そう呼ばれて気づく。ここどこ?私の部屋ではない場所に、そしてなにこの柔らかい枕といい匂い。状況を理解できずにパニック状態に陥っている私に、「ここ私の家です」と教えてくれたのは佐伯さんだった。


「え?え?どういうことですか?」

「覚えてないですか?タクシーで上野さん寝ちゃったんですけど」


 そこまではかすかな記憶にあったためその後のいきさつはすぐにわかってしまった。昨夜の失態を思い出すと青くなる。しかも、新人の部屋にお邪魔して佐伯さんのシングルのベッドを私に使わせてもらっているこの事実。


「本当に申し訳ありません・・・!」

「ふふ、大丈夫ですよ。それより上野さん大丈夫ですか?二日酔いとか」


 ニコニコと笑顔で返してくれる佐伯さんは気にもしていないみたいでミネラルウォーターを私に手渡してくれる。本当に申し訳なさいっぱいで、それに初日からむちゃくちゃ恰好悪いとこを見せてしまったことも恥ずかしくて仕方がない。


 どうも次の日にはアルコールは抜けるみたいで二日酔いには今まで1度もなったことが無かった。それで大丈夫と伝えながらありがたくミネラルウォーターを頂いた。


「抜ける口実ができてよかったです。上野さんがいてくれたおかげで上司の方たちの集中攻撃も避けられたので、ありがとうございました。」


 でも上野さんを無理させちゃってごめんなさいと佐伯さんがこちらに気遣ってくれると私の気持ちも少し落ち着いた。


 なんて大人なんだろうと感心するのと同時に、佐伯さんのふふと笑うしぐさや笑った時にできるえくぼが妙に気になってしまっていた。


「あの、ご飯出来てるんですけど、食べれます?」


 手料理までごちそうになることになってしまった。朝食は和食だった。味噌汁に焼き魚、卵焼きに炊き立てご飯、ちょっとした野菜まで健康そのものの朝ごはん。


 なんという女子力と思いながらがつがつと食べてしまったのは言うまでもない。その間、佐伯さんはというとなんだかにこにこしてこちらを嬉しそうに見ていた気がしたのだけど気のせいかもしれない。就職後一人暮らしをしてから手料理を味わったことがなかったためか、余計においしく感じられた食事だった。それに、佐伯さんの卵焼きが本当に美味しすぎたのだ。うちのしょっぱい卵焼きとは違う、だしの効いた卵焼き。ほんのり甘くて優しい味。これこそ私が求めてきたものだと思ってしまった。なにせ、世界で一番卵焼きが好きな私が言うのである間違いない。


「めちゃくちゃ美味しかったです卵焼き」

「ふふ、よかったです」


 興奮冷めやらない私にまたふふっと笑いかけてくれる佐伯さんにあれ?まただと不思議な感覚に襲われた。


「ごちそうさまでした。昨日から本当にありがとうございました。」

「いえいえ、また来てくださいね。卵焼き作りますよ。」


 玄関先で見送ってくれた佐伯さんに、社交辞令だとはわかっているのだけど、卵焼きの誘惑は本気にしてしまいそうである。「はい、またお邪魔します」と言って帰って来てしまったのは我ながらなんとも言えない気持ちになったのだった。




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