第20話

 そして二日後の夜。明日の朝には出発だ。

 私は誰もいない家に1人泊まらせてもらっていた。

 私が王族か…ベッドの上でぼんやりと考えながら天井を見つめる。

 あの例の夢は寝てもあれから見なくなっていた。だから怖くて寝れないとかでは決してない。むしろあの大きな人に聞きたいことが山ほどあったから、できればあの夢の螺旋階段に行きたいとも思った。

 そんなことを考えている時にコンコンと家のドアをノックする音が聞こえる。

「はーい。」

 私は軽く羽織り、こんな夜に誰だろうと玄関に出迎える。

「モカ姫、こんばんは。」

「マサコ…。こんばんは。できればその呼び方はやめて欲しいんだけど…。」

「私はこの呼び方も結構しっくりきますけれど…。」

 マサコは口元に手を当てクスっと笑う。

「そうかな…。私にはどこかむず痒いよ?」

「そうなのです?むしろ、私はモカさんと出会った時から気品というか、ただならぬオーラのようなものを感じましたよ?」

「いやいや、そういうの無いって。いつも通りに呼んでよ。」

「えー。どういたいしましょう。」

 マサコはスカートの裾を手に掴みながら身体を振る。

 すっかりマサコのペースだ。なんだか、顔が火照ってくるのを感じる。

「じゃあ、姫の命令!私の事はいつも通り呼んで。」

「そういうことなら仕方ありませんね。モカさん。」

「うむ、それでいいのだよ。」

 私は胸を張って王様のような口調で話す。それを見てマサコはまた口元に手を当てクスクスと笑う。

「それで、どうしたの?眠れないとか?」

「いいえ、モカさんに見てもらいたいものがあって。」

 マサコは私の手をぎゅっと握った。

「付いてきてくださりますか?」

「私も眠れないとこだったしね、マサコの見せたいものってのも気になるし私こそお願い。」

 マサコに手を引かれ、夜の道を歩きだす。

 辺りは消灯している家が多かったが、月明かりに照らされて道はハッキリと見えた。

「どこに行くの?」

「うーん見てのお楽しみです。」

 そんな他愛もない話から、今までのこととか話していたら気づけばマサコは足を止めていた。

「ここです。」

 結構歩いたなと思っていた時、マサコに言われて見た景色は湖だった。

「私が、イーレイに行こうって提案した時に湖が綺麗って言っていたの覚えていますか?」

「うん…。」

「それがここです。」

 だだっぴろい湖にまん丸いお月様やお星様が浮かんでおり、まるで夜空を映したかのようだった。

「すごい…。綺麗だね。」

「それだけじゃないのですよ。」

 そう言ってマサコはまだモカの手を引く。今度はどこへ向かうのかと思うとボートが一隻、紐で繋がれていた。

「さあ、お乗りになって?」

「う、うん…。」

 私は言われるがまま、ゆっくりとボートに乗り込む。続けてマサコもボートに乗り込み、向かい合わせになる。

「さあ、行きますわよ。」

 マサコがゆっくりボートを漕ぎ始めた。

 ギィーと言う音が夜に響く。

 しばらくの沈黙が続く。私は月明かりに照らされたマサコをボーっと眺めていた。長い髪とか目鼻立ちとか綺麗だし、姫って私よりマサコの方が向いてるんじゃないかな…。マサコ姫って言う方がそれっぽいと思うんだけど…。

「空をご覧になって?」

 突然マサコが沈黙を遮るように言葉を発する。私は慌てて顔を空の方に向ける。

 そこには満天の星空が広がっており、私は言葉がでなかった。一つ一つ星々が瞬いて見える。

「この景色を見たかったんです。」

「すごい…。」

「この景色を守るために戦ったと思うとなんだか、涙が出ますね。」

 ボーっと二人で夜空を眺める。流れ星だろうか、たまに星が空を流れていく。

 こんな時間が永遠に続けばいいななんて思った。

 どれぐらい時間が経ったのだろうかヒュウウと風が吹き気づけば身体が冷えてきていた。

「そろそろ帰りましょうか。」

「うん。ありがとうマサコ。」

 私はここで見た景色を思い出にするんじゃなくて、また見に来れるように守り続けたいとペンダントに誓った。あれからペンダントは変わった様子は何もなく、私の首に大事にぶら下げていた。。

「ではお休みなさい。モカさん。」

「うん、お休み。マサコ。」

 帰り道は早いもので気づけば泊まらせてもらっている家まで帰っており、ドアの前でマサコに別れを告げた。

 次にマサコに会えるのは戦争が終わった後かな。私に第三王位の姫なんて務まるのかな。そんなことを考えながら眠りについた。

 気づけば、出発の朝。

 身支度を整え私はジンさんの言われた通りの場所に着く。やはり少数精鋭なのだろう、人が少ない。

「モカ姫、おはようございます。」

「お、おはようございます。」

 挨拶をしてきたのはプリリコだ。慣れない呼ばれ方だなあとしみじみ思ってしまう。

「ボルホイさんは元気ですか?」

「はい、足の方の施術も終了し、馬車に乗せてあります。あとは経過観察ですね。」

 プリリコはそう言いながら馬車の方に手を向ける。

 そういえばそうか、プリリコさんも来るってことはボルホイさんも一緒だよね。なんて考えていると、ジンがやってきた。

「みんな集まっているようだな。各自、各々の馬車に乗り込んでくれ。モカは…。そうだな、プリリコの馬車に乗ってくれるか?」

 みんなが一斉に返事する中、私もコクリと返事し、私はプリリコさんの馬車の一番後ろに腰かけた。

「準備ができた者から出発してくれ!」

 ジンの掛け声とともに一斉に馬車が並んで走り始める。

 私が乗った馬車も出発し眺めていたイーレイの町が遠くなる。海や湖、もちろん謎の船も。

 私はイーレイに戦地から逃げるために来たはずだったんだけどな…。結局、戦いに巻き込まれて、終いには戦地に逆戻りだよ…。

 マサコにもしばらく会えないのかな…。

 少しだけ心細さを感じてしまっていた。

「モカさん、そんなとこに座っていては落ちてしまいますよ?」

「大丈…ってマサコ!?」

 聞きなれた声に驚いてパッと振り向く。

「はい、マサコです。」

 少し首を傾げたマサコ。その表情に何となく安心し、私もマサコのいる荷台に飛び乗った。

「マサコは復興のお手伝いをするって…。」

「もうしたじゃありませんか。それにボルホイのことも心配ですしね。」

 いつものように口元を隠しながらクスっとマサコは笑う。

 それもそうかと納得し、笑うマサコにつられて私も笑った。

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