第9話

 無限に伸びるようであった螺旋階段。

 でも、今、私は最後の段を登りきり頂上にいる。

 そこは壁や空もなく、足元もない。

 あるとしたら光。

 暖かな光。

 光で纏われた大きな人が目の前に立っている。

 誰だろう…?私の知り合いだろうか。

 私はずっとこの人から逃げるようにこの螺旋階段を駆け上がっていた。

 でもこうやって対面すると、違うのかもしれない。

 この光は私をここまで導いてくれたのかも…。そう思った瞬間、光がスッと消えた。

 何故かは分からないが涙が無性に流れ落ちていく…。

 だんだんと暗くなっていく中で私はこの夢もこれで最後なんだなって何となくだけど分かった。

「は…わ、私どのくらい寝てた?」

 ばっとソファーから身体を起こし目についたマサコに声をかける。

 眠っている間に泣いていたのだろうか、目元が涙でいっぱいだった。

「数分程度でしょうか…。そのペンダントを大事そうに握って眠っていらしたので、そっとしておきました。」

 マサコは一瞬目を丸くし、微笑む。

「コーヒー…ボルホイにお願いしましょうか?」

「ありがとう、でも大丈夫。ちゃんと目は覚めたよ。」

「うん、いつものモカさんらしくなってきましたわね。」

 そう言って2人してクスクスと笑い合った。

「雷のような音も止んだし、船も追い返せたのかな?」

「そうに違いないですわ。きっと…。」

 笑顔を見せたまま少し顔を曇らせたマサコ。マサコのおじさんのマサトシさんのことが心配なのだろう。

「ですが、静かすぎるのも違和感があります。マサトシ様もお帰りになりません…。」

 二人の会話にボルホイが割って入る。

「ボルホイはおじさまに何かあったのかもしれないと言いたいのですか?!」

 マサコが立ち上がり俯いたままのボルホイに声をぶつける。

「いえそうではなく、現実をしっかりと捉えなくては何かが起こったときに冷静に判断できないと言いたいのです。」

「それは戦死した可能性も考えろとボルホイは仰るのですね!」

 マサコが声を荒げる。しかしそれに対しコクリとボルホイは頷いた。

 ボルホイさんの言ったことが正しいことは理解できる。でも私もマサトシさんが無事でいて欲しかった。

「私は外を見てきます。早くおじさまに会いたいですし。」

 そう言ったマサコの手をボルホイが立ち上がり固く握りしめた。

「お待ち下さい。マサコ様。私が行って参ります。」

「ふっぬぅっ…。」

 マサコはボルホイの手を振り解こうと手を左右へと振るがボルホイの手は強く離れない。

 マサコが一息ついて諦めたようにソファーに座るとボルホイはやっと手を離した。

「痛かったですわよ。」

「ご無礼をお許しください。ですが、可能性を考えて欲しかったのです。」

 ボルホイは持っていた荷物から予備のレイピアを腰に装備し、そして黒い筒のようなものを取り出した。

 その黒い筒にマサコはハッとする。

「それは爆薬ではありませんか?!」

「はい。」

「そんな物を持たずとも…」

「可能性を考えろと言っているのです!」

 ボルホイがマサコの声を遮るように声を荒げながら懐に爆薬を忍ばせた。

「くっ…。」

 マサコが声を押し殺したように黙り込んだ。

「モカ様。お願いがあります。」

「え、私ですか…?」

 ボルホイが振り向きこちらに向かって微笑む。

「私が先程忍ばせた爆薬は眩い光と大きな音が鳴ります。これを合図として、モカ様はマサコ様を連れてお逃げください。どうか、マサコ様をお願いします。」

 そう言って、ボルホイは背中を見せる。

 ボルホイの背中はその年齢からは感じさせられないぐらい広く大きく感じた。

「ボルホイさん。」

「何でしょうか?」

 ボルホイはくるりとこちらを見る。

「死なないでくださいね。」

「もちろん。マサコ様はまだ私がいなければいけませんからね。すぐ戻りますから。」

 ボルホイはそう言って部屋のドアを開け、屋敷の外へと出て行った。

 マサコは叱られたからか、それとも何かを感じたのか顔に手を当て嗚咽を零した。

「大丈夫だよ。」

 私はゆっくりとマサコの背を撫でる。

「きっと二人とも何もなくてすぐ帰ってくるよ。」

「そうですわよね。」

 マサコは私のお腹に手を回し抱きついてくる。どうやらマサコはこの体制が好きなようだった。

 私は抱きつかれたまま、マサコの頭を撫でる。

「大丈夫。大丈夫。」

 自分にも言い聞かせるようにマサコの頭を撫でた。

 だが、どのくらい時間が経っただろうか…。日がだんだんと沈んできてオレンジ色の光が部屋に差し込む。

 ボルホイさんは帰ってこない。

「ボルホイ…まだかしら…。」

 マサコは私の膝の上で呟く。

「うん…。」

 私も何と答えたら良いのか分からず頷いた瞬間だった。

 窓の外から見たこともない光が見え、爆発音が聞こえ、風が窓を叩いたのが分かった。

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