第8話

「ボルf…ちょ…速いッですわ…。」

「きゃあああああッ、あであああ…。」

 私とマサコは猛スピードの馬車にしがみついていることしかできない。ボルホイさんはついさっき落とし穴にはまってしまったことを忘れてしまっているのだろうか、木の枝などいろいろなものを切り開きながら突き進んでいく。

 そして急に止まる馬車。

 慣性の法則により2人の身体がふわりと浮かぶ。

「え…。」

 ふわりと浮かんだモカとマサコは空中で顔を見合わせる。マサコの顔は青ざめていた…私の顔もたぶん青ざめていたんだと思う。

 ドーンと勢いよく座席にお尻から落ちた。

「いてて…。」

 痛むお尻をさする。前方に吹っ飛んで行かなかったことはボルホイさんの技量だろうか…。ドキドキとした胸の高鳴りを落ち着かせながらながら頭を上げるとしっかりと山の方から攻められないよう石を積んでできている壁に門。ここまで大きな壁を見たのは初めてかもしれない。どうやらイーレイに着いたようだ。

「何者だ、お前たち?」

 槍を持った門番の方がこちらに近づいてくる。

「私はボルホイ、後ろにおりますマサコ様の従者になります。」

 軽くマサコは会釈をする。それを見た門番の方がこれは失礼と言わんばかりの敬礼を返してくれた。

「大変失礼しました!お話は聞いております。どうぞお入りください。」

「失礼。」

 ボルホイはそう言って軽くお辞儀をした。

「あの…私が言うのも差し出がましいかもしれませんが、今日は何か祭りか何か行われるのですか?」

 門番の方が聞いてくる。たまに鳴る雷が落ちたような音のことを聞いているんだろう。

「いえ、見たこともない黒い船がイーレイの街を襲っているように見えます。」

 馬車をまた走らそうとしているボルホイに門番が質問を続ける。

「ど、どういうことでしょうか…?」

 門番は目を丸くする。

「私達は山の方から参りましたが、その山頂付近からそのように見えました。」

「そ、それはすぐにでも知らせないと…。」

 門番は目を丸くしたままオロオロとしている…。

「ですが、私はこの場を離れることを許されていません。どうか、皆に知らせてはくれませんか?」

「元よりそのつもり。私達は先を急ぎますので。」

 進み始めた馬車に門番は頭を深々と下げた。

 私、モカは少し馬車に酔ってしまっているようで、頭がくるくる回していた…。

 イーレイの街に入ると混乱のようなものは起こっていなく、ただ普通の街並みが広がっていた。

「いたずらに皆にこの状況を伝えても皆を混乱させるだけですわね…。」

 走る馬車に右手を口に当てたまま考え込むマサコ。

 この状況を1番最初に誰に伝えに行くべきなのか…。

「着きました。」

 ボルホイが突然馬車を止め、私達に声をかける。

 ん…?とマサコが顔を上げるとおじさまの屋敷だった。

 マサコは急いで馬車から駆け降り、屋敷のドアを叩いた。

 「おじさま、マサコです。話をお聞きください!」

 ギイイと音を立ててドアが開かれるとちょび髭を生やしたおじさんが出てきた。

「どうしたんだ、マサコ。こんなに慌てて。」

 マサコは出てきたおじさんに抱きつき潤んだ目でおじさんの顔を見上げた。

「敵の船が来ています。」

「それはどういうことなんだ…?」

 おじさんは困った様子で頭を掻く。

「先日ぶりでございます。真佐利様。」

 マサコの後ろでボルホイが頭を深く下げて礼をする。

「ボルホイ、説明してくれるか。」

 ボルホイはおじさんに現状を丁寧に説明した。

「なるほど…では私は他の王族の者に伝え、兵を集める。マサコ…お前たちはこの家にいなさい。」

「それではおじさまは…。」

「私も昔は剣術を磨いた身。ちょっとやそっとじゃやられんよ。」

 そう言って、おじさんはどこかへ駆けて行った。

 とりあえず中にとマサコの手招きでおじさんの家に失礼ながらも入った。

 家のリビングのようなところで、マサコと私はソファーに腰掛けた。ボルホイは馬を止めてくるらしい。

「モカさん…大丈夫ですか?」

 私が馬車に酔っていたことを察してくれていたのか、マサコが背中をさすってくれる。

「うん、もう大丈夫だよ…。それよりおじさん?は大丈夫なのかな…。」

「分かりません…ですが、信じるしか私達にはできませんものね…。」

 私の背中をさするマサコの手は少し震えているのがわかった。

「きっと、大丈夫だよ。」

 私はマサコの反対の手を握る。マサコの目には涙が滲んでいた。

「モカさん…。」

 そう言ってマサコは私の腹部のところに抱きついてきた。ちょうど膝枕するような体制になる。

 マサコ自身も昨日の今日でいろいろあり、疲れているんだろう。私はさっき背中をさすってもらった分と思い、マサコの頭を撫でた。

 イーレイは山の上からの奇襲に強くできている土地だが、海上から攻められるのは初めてなのではないだろうか…。あの船を沈めさえすれば…。いろいろなことを考えていると、リビングのドアが開き、ボルホイが顔を覗かせた。

「マサコ様は紅茶、モカさんはコーヒーをお煎れしました。」

 ボルホイがそう言って机の上に出してくれたのは綺麗に澄んだ色の紅茶と香ばしい香りのするコーヒー。そして、砂糖入れとミルクだった。

 少しでも落ち着けるようにとのボルホイの気遣いだろう。

「ありがとうございます。」

 そう言って湯気の立った紅茶をマサコはすする。マサコもミルクも砂糖も入れないのかと思いながら私も同じようにボルホイにお礼を言って何も入れずに、すすった。

 緊張で渇いていた喉が潤っていくのを感じ、少し落ち着いた。

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