第7話
「すごく綺麗ですわね…。」
ガタンゴトンと揺れる馬車の中、マサコは私の隣に座り、モカの首飾りを手に取ったまま、まじまじと見つめる。
「ありがと。でも、マサコなら宝石とかいろいろ持ってるんじゃないの?」
「そうですわね。確かにいろいろな種類や大きさの宝石等は家にありました。しかし、モカさんの持っているようなものは初めて見ましたわ。」
「そ、そうなんだ…。」
あー、やっぱりお金持ちが言うことは少し違うなとモカは額に汗を滲ませる。
私は宝石を見た経験すらあまりないというのに…。
「こう…不思議と引き寄せられる気がします…。」
そう言ってにこやかに笑うマサコの笑顔は嫌味のない真っ直ぐな笑顔だとすぐに分かるようで、どこか私の胸の奥を締め付ける。
「そろそろ着くころではないでしょうか。」
そう言ってマサコは立ち上がり、馬車の荷台からひょっこりと顔を出した。しかし、見える景色は森の中にいるとしか分からなかった…。
「もう少しで町の方が見える頃合いかと。」
マサコが顔を出したのに気づき、ボルホイが少し微笑みかけた時だった。
真っすぐ前の方向から雷が落ちたかのような音がドーンドーンと二回、ハッキリと聞こえた。
「な、何の音でしょうか…?」
マサコは不安そうな顔を浮かべ辺りの様子を伺う。
私もマサコのように荷台から顔を出すも、木々の間から見える空は見渡す限り青く雲がポツンポツンと浮かんでいるだけである。とても雷が落ちたとは思えなかった。
「分からない…。」
私は首を横に振りながら胸に手を当てる。ちょうど首飾りが手に当たり私は首飾りの先端の杖のような部分を握りしめる。
なんだか嫌な予感がする…。
「確か、イーレイは戦争とは無縁の場所のはずだよね?」
「はい、ですので昼間から花火でも上げておられる方がいるのでしょうか。」
「そうだね…。」
口元に手を当て笑うマサコの言葉を私は信じたかった。
馬車がガタンゴトンと揺れながらイーレイに向かって行く。それにつれてまた雷のような音が鳴り、音が大きくなるにつれ、近づいているのを感じた。
「マサコ様、イーレイが見えてきました。」
ボルホイさんがそう声をかけてくれたので、私たちは再び身を乗り出し荷台から顔を出す。
峠を越えたからだろう、イーレイの街並みを一望できた。
街並みは普段は見慣れないような建物が並んでおり、真ん中に大きな湖がある。
更にイーレイの街の向こうには海が広がっており、漁業が盛んなことも頷けた。
「綺麗な街だね。」
「私はいつも、イーレイに来る時はここから街の風景を見ているのです。」
私がへえーと見惚れていると、マサコは肩を震わせながらイーレイの方を指をさした。
「あの黒く、大きな船は何ですの…?」
「初めて見ますね。あのような船は…。」
マサコとボルホイの顔を見ると2人とも眉間にしわを寄せていた。
マサコの指刺す方向を見ると漁船より遥かに大きな黒い船が黒い煙を上げていた。
その時だったまた雷のような音がドーンと鳴る。
「この音…花火…じゃないよね。」
私がイーレイの上空の方を見ていても特には何も見えなかった。
昼間から花火を上げて見えるかどうかは定かではないが。
「まさか…。」
マサコは何かに気づいたのか両手で自分の顔を塞いだ。
目を凝らして見ると黒い船の近くの陸地に火の手が上がっていた。
「おじさま…。」
呟くようにマサコが声を漏らす。
あの黒い船は南の方から来た敵の船だろうという考えがそこにいた全員の頭をよぎる。
「早く伝えに行かねば。ここにいる私めが伝えに行きます。危険が伴うかもしれません。マサコ様はお荷物と共にここに…。」
ボルホイは額に汗を滲ませながらそう言うと馬に乗れるよう、馬車の荷台から鞍を取り出した。
「いえ、私も行きます。」
マサコはボルホイの考え読み取ったのか、眉間にしわを寄せボルホイ持つ鞍を引っ張り返した。
「遊びではないのですよ?」
「そんなことは分かっています。ですが、何か私も力になりたいのです。」
ボルホイは諭すようにマサコに言うがマサコは頑なに自分の意思を曲げない。
鞍をマサコとボルホイは引っ張り合いを続ける。
「早く、おじさまやイーレイの皆様に伝えに行きましょう。」
ふんっと力づくでボルホイから鞍を掴み取り荷台に座るマサコ。ボルホイが歳だからだろうか、それとも力を入れていなかったのか。いやマサコの力が強かったのか。
「マサコ様がそこまで仰るのなら…。」
ボルホイは溜息を一つつき、渋々と自分の持ち場に戻る。
「私はマサコが行くとこならどこへだって行くよ。ボディガードだしね。」
私はそう言いながらマサコに笑いかけると、少し涙を浮かべたマサコも微笑んだ。
「少しばかり急ぎますぞ。」
ボルホイがそう言ってハイヤッと声を上げると先程とは比べものにならないぐらいの速さで馬車が動き始めた。
ガタンゴトンなんて音ではない。何か石でも踏もうものならゴッガッと言う音をあげながらイーレイの街へ向かう。斜面であることも理由の一つだろう。
「は、hyぉボルホぉおっ…fぉ…。」
ものすごい速さだからか、風が荷台まで吹き抜け、葉っぱがぺしぺしと身体に当たる。
マサコは腰を低くしながらしっかり荷台に捕まりながら声にならないような声を上げている。
私もお尻は痛いしはっきり言って少し泣きそうだった。
「申し訳ありません。お二人ともあと少し我慢してください。」
ボルホイがまた大きな声を上げると更に馬車の動きが速くなるのが感じた。
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