第6話

「はっ。はぁっ。」

 螺旋階段を一つ一つ、こつこつとヒールのかかとで音を鳴らしながら駆け上がっていく。

 今回の夢はいつもとは少し違った。

 明るい。

 太陽の光かどこから差し込んでいるのかも分からないが、場所全体が白く明るい。

 それでも止まることなく私の足は上へ、上へと登っていく。

 明るくなったとしても何かが後ろから迫ってくる感じは消えてはいない。私は背筋を凍らせながらも登る。

 たしか…私は前にその正体を見たんだっけな…。なら今回も正体を見ようとすれば目を覚ますだろうと、少しだけ顔を逸らすようにチラッと後方を見る。

 そこにはぼんやりと巨大な体の男…いやお爺さんだろう髭をした男が目を開けたまま、足を動かすことなくスーッとこちらへ向かってきていた。

「きゃあああああ!!!」

「きゃああああああ!!!!」

 私がいきなり大きな声を出したからだろう、マサコも釣られて悲鳴を上げる。

「何かございましたか!?」

 ボルホイが馬車を止め、慌てた様子でこちらを確認しに来るが特に変わった様子はない。

 私はどうやらマサコに膝枕した状態で寝ちゃってたようだった。

「怖い夢でも見たんですの?」

「うん…。驚かせたね…。」

「いえいえ、大丈夫ですわ。学舎でいきなり悲鳴を上げられた時は私もどうしたものかと…。」

「あー…。」

 私が学舎で居眠りしちゃった時かー…。と頭をポリポリとかく。

「特に何もなかったようで何よりです。」

 ボルホイはマサコがモカに甘えている様子見てを笑みを浮かべた。

 ボルホイの声でボルホイの存在に気づいたマサコが姿勢を戻し、少し顔を赤くする。

「到着です。マサコ様。」

 ボルホイは右手を胸に当てゆっくりとお辞儀をする。

「ありがとうございます。ボルホイ。」

 マサコは顔を赤くしたまま荷台から降りるので、私も追うように荷台から降りる。

 私がお婆ちゃんの家に帰省するのは3ヶ月ぶりぐらいだろうか。

 外にいるのにもかかわらず「セイッ!」「ハッ!」と威勢のいい声がお社の屋内から聞こえてくる。

「元気の良い方がたくさんいらっしゃるんですのね。」

 口元を隠すように笑うマサコの額には少し汗が流れているように見えた。

「あはは…。」

 私も少し額に汗をにじませながら返事をする。

「よく帰ってきたね。」

「お婆ちゃん!」

 お社の門を少しだけ開き、私のお婆ちゃんが顔を覗かせてきた。

「こんにちはモカのお婆さん。」

 マサコがそう言いながら頭を下げる。ボルホイもマサコに合わせて頭を下げた。

「話に聞いてたマサコさんはあんたかい?」

 お婆ちゃんはにんまりと笑顔で答える。

「は…い。」

 マサコがお婆ちゃんからの返事を濁らせたのはマサコがお婆ちゃんの顔を見たからだった。

 お婆ちゃんの目には両眼を塞ぐように布で覆われてる。

「そちらのご老人は…?」

 お婆ちゃんはボルホイの方に顔を向けながら質問する。もちろん、眼帯で両目を隠したままだ。

「マサコ様の執事をしております。ボルホイと申します。」

 ボルホイも目を丸くしながらも返事をする。

「ああ、お婆ちゃんの眼帯?お婆ちゃんは昔から目が見えてないんだよ。」

 驚いた様子の2人を見て、モカがフォローを入れる。

「では、どのように私たちのことを認識したのですか?」

「気…じゃのう。」

 マサコのモカへの質問にお婆ちゃんが即答する。

「気…?ですか?」

 お婆ちゃんの返事にマサコは首を傾げた。

「そうじゃのう…気と答えるのは簡単じゃが、それが何かを答えるのは少し難しいのう。全てのものに気は宿り、それぞれ違った大きさや形、色がある。」

 お婆ちゃんは額にしわを寄せながら気難しそうに語る。

「だから、モカが帰ってくるのを遠くからでも見ることができたよ。」

 お婆ちゃんがそう言うとモカの方を向く。

「ところでそこの者は何者じゃ?相当の力の持ち主とお見受けするが…。」

「お婆ちゃん、私だよ?」

 モカが口を開くとお婆ちゃんは首を横に振る。

「モカに言うておるのではない。モカの後ろにおる者じゃ。」

 お婆ちゃんは気難しい顔つきのまま言う。とても冗談なんて言うようなお婆ちゃんでもなかったし、3ヶ月前まではボケてもいなかったはずだ。

 私もマサコもボルホイも皆、首を傾げながらもお婆ちゃんの顔つきは真剣そのものだった。

 しばらく硬直のような状態が続いた後、お婆ちゃんが何かに返事をするように首を縦に振る。

「な、何?お婆ちゃん。」

 モカは慌ててお婆ちゃんの元に駆け寄ろうとするが、お婆ちゃんはくるっと回り、背中を向けた。

「少し待っておれ。」

 お婆ちゃんがそう言うと、3人で顔を見合わせ、どういったことだろうと考えていると、そんなに時間が経つ前にお婆ちゃんが門先まで戻ってきた。

「これを…モカに。」

 そう言ってモカに向かって差し出してきた物は先端に宝石のようなものをつけた杖の首飾りだった。

「ありがとう…?」

 モカはお婆ちゃんから受け取ったストラップをまじまじと見つめる。

「綺麗…。」

 首飾りの杖の先端の宝石が太陽の光に反射してキラリと光った。

「それはワシがモカを見つけた時にモカが大事に持っておった物じゃ。」

「これを?」

 モカは首飾りを眺めながら質問に答える。

「モカには何に見えるかの?その小さき者も気を宿していてのう。」

 お婆ちゃんが言っている小さき者とはこの首飾りのことだろうが、言ってることはよく分からない。だがお婆ちゃんが絵空事を言っているようには見えなかった。

「うむ。しっくりくる。肩の荷がおりたろう。」

「ど、どういうこと…?」

 私達はずっとお婆ちゃんの話に目を丸くしたままになっている。確かに肩は少しだけ軽くなったような気もするが…。

「この気はどこかで見たことある気だと思っていたんじゃよ。」

 お婆ちゃんはフォッフォッと笑いながら私達を置き去りしたまま話を続ける。

「もう悪夢は見んじゃろうから安心せい。」

「なんで、それを…。」

「元から悪夢…いや、夢でも無かったんじゃがな。」

「うーん、よく分からないけど…。」

 お婆ちゃんの真剣な顔は消え、いつもの優しそうな顔つきに戻っていた。

「また戦が終わる頃、戻っておいで、モカ。マサコさん、ボルホイさん、モカをお願いします。」

 お婆ちゃんはそう言って深く頭を下げた。

「私、まだ何も話してないのに…。」

「気が教えてくれたんじゃよ。」

 フォッフォと笑いながら背を向け、お婆ちゃんはお社の方に戻っていく…。

「ありがとうお婆ちゃん。」

 分からないことづくめだったが、久しぶりにお婆ちゃんに会えたことと、しばらく会えないことを再度理解し、気づけばモカの頬には涙が流れていた。

 私は貰った首飾りを頭から通す。

「綺麗ですわね。」

 マサコはこっちを見ながら笑顔を見せる。

「うん、ありがとう。」

 私は涙で濡れた目を手で拭って、マサコの元へと駆け寄った

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