第4話
「そう言えば、逃げるって言ってもこの馬車はどこに向かってるの?」
ガタガタと揺れる馬車の中でモカはマサコに質問をぶつける。
日がだんだんと登ってきて、温もりを感じてきたが、手を擦り合わせるも、やはりまだまだ肌寒い。
「イーレイですわ。あちらには私の親族の方が住んでいますの。」
「イーレイかー…随分遠いね。」
イーレイは私達が住んでいる国、ボラノリスの東に位置する国である。イーレイは国と言っても貴族などはいるが国の王となる人がいない国だ。ボラノリスのような徴兵令なども存在せず、争いごととは無関係な国であると言える。少なくともこの数年は領土の取り合いなどの争いごとは起きていない。
「あそこには大きな湖があって綺麗なんですのよ。」
意気揚々と語るマサコは逃げている途中だと言うのにどこか嬉しそうだった。
「そうなんだ…どのぐらい行っているの?」
「そうですわね…年に数回と言ったところでしょうか。」
親族がいると言ってもそうポンポン通えるような場所ではないということをモカは何となく悟った。
「遠いんだ?」
「山を超えないといけませんからね。この馬車で半日かかるぐらいでしょうか。」
「なるほどね…。」
モカはマサコの言葉に腕組みをしたままコクリと頷く。
「どうかなさりました?」
マサコはあまり睡眠を取る事ができていないのか、欠伸を手で隠しながら横目でモカを眺める。
マサコの欠伸に釣られてか、私も大きな欠伸をしながら返事をする。
「私、少し寄りたいところがあるんだけど、大丈夫かな?」
「?」
モカは少し首を傾げた後、コクリと頷き、馬車を動かす御者になってもらっている執事のボルホイに声をかける。どうやら、ボルホイに時間をとってくれるか相談をしてくれているようだった。
「そこまで急いでいないので大丈夫ですって。」
こちらに振り向いたマサコがモカに笑顔で答える。
「ごめんね、無理を言って。」
「いえいえ、私も無理を言って付いてきてもらっていますしね。」
「ありがとう。じゃあ、お婆ちゃんのとこに寄ってもらってもいい?」
「お婆ちゃん…?あのお社に住んでらっしゃる…?」
「うん、しばらく会えないかもしれないし…。」
「そうですわね。分かりましたわ。」
マサコが行先をボルホイに伝えるとボルホイも快く了承してくれた。ボルホイさんが向かっている方向が東だからか、太陽の光で影しか見えず、神々しく見えた。
私は物心付いた頃にはお婆ちゃんと一緒にいた。私には両親はいないらしい。出生もどこで生まれたかは分からない。
でも私の出生について気になってお婆ちゃんに聞いたことがある。するとお婆ちゃんは川で拾ったと。そんな古典的な…とも思いつつ、それ以上は私の出生については何も聞けずにいた。
最近見る夢のことについて、お婆ちゃんに聞けば何か分かるかもしれないと淡い期待が頭の端っこにはあった。
その時だった。ガタッと大きく馬車が揺れた。
「きゃっ?!」
「な、何?!」
私もマサコも突然のことに悲鳴を上げる。
「お逃げください!!」
ボルホイの聞いたこともないような大きな声が聞こえた。あのお爺さんからこんな声が出るのか。
何事かと私もマサコも馬車から顔を出すと辺りには4…いや、5人の男達が武装した状態で、辺りを囲んでいる。
そして、何故か馬車の馬は脚を止めていた。
「何が起こったのです?!」
マサコはすぐにボルホイの元に駆け寄る。私もマサコに付いていくようにボルホイの元に駆け寄った。
身動きが取れない状況はどうやら、馬車の車輪が大きな穴に落ちてしまったらしい。
この武装しているゴロツキの罠に嵌ってしまったというわけだろう。
「モカ様、マサコ様をお願いします。」
そうボルホイは告げると、馬車から飛び降りた。
「ジジイが出しゃばるんじゃねえよ!」
ゴロツキの1人が威勢を上げながらボルホイの元に詰め寄る。
「どなたかは存じ上げませんが、このようなこと…許しませんぞ。」
ボルホイは右手で懐に忍ばせておいた剣をスーッと抜き、ゴロツキに間合いをとるように剣を構えた。
ボルホイが握っている剣はレイピアと呼ばれる細い剣だろう。それに比べてゴロツキ達の持っている剣や斧はどれも太い。鍔迫り合いになるようなことになればすぐこちらの剣が折れてしまうだろう。
「マサコ様、モカ様お逃げください!私が足止めします。」
ボルホイは行けと言わんばかりにこちらに目で合図した。マサコは現状に涙目になっている。マサコの肩を掴んでいたモカはマサコの肩が震えているのが分かった。
「馬は金になるからな、あのジジイをまずやっちまえ!」
ゴロツキの誰が言ったのかは分からないがその合図と同時にボルホイに向かってゴロツキが2人、武器を振った。しかしボルホイはひらりひらりと剣を構えたまま攻撃を避ける。
「フンッ!」
ボルホイは武器を振り下ろしたゴロツキ共に対し、レイピアで連続で突いた。
直後に辺りに鮮血が飛び散る。
「今、逃げ出さなければ死ぬことになりますぞ。」
ボルホイがゴロツキ供を切りつけたところは肩や腕や手だった。これ以上武器を持たせないようにするための策だろう。
「てめえ、ふざけんじゃねえぞ。」
ゴロツキ共は武器を地面に落とすが、逃げようとはしない。
「後ろがガラ空きだぜ!」
その様子を見ていたゴロツキの3人目が後ろからボルホイに向かって剣を振り下ろした。
気配を感じたのかボルホイは咄嗟にレイピアを斜めに構え、3人目のゴロツキの剣を地面に受け流した。
「どうやら、死にたいようですな。この王宮剣術の錆にしてさしあげましょう。」
剣の重さは見た目的には10キロ前後、対して、ボルホイのレイピアは2キロも無いだろう。剣を再度構える速さがゴロツキとは違う。
ボルホイは剣を構え、他のゴロツキ共と同じように剣を突き立てようとした時だった。
「ゴファッ…。」
ボルホイの腰の部分に激痛が走った。
「腕が使えなくても頭は使えるんでな。」
前のめりに倒れこんだボルホイの後ろには、腕から血を流しているゴロツキが突っ立っていた。
恐らく腰にきた激痛はこのゴロツキの頭突きによるものだろう。
「死ね!」
倒れこんだボルホイに剣を構えなおしたゴロツキが剣を振り下ろす。。
「くぬっ。」
ボルホイが声を押し殺した時だった耳に聞き慣れた声が響く。
「ファイアボール!」
その声と共に剣を持ったゴロツキは炎に包まれながら吹き飛んだ。
「マサコ様…!」
「私だって戦えます!」
そこには両手を前に出し魔法を唱えた後のマサコが立っていた。
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