第2話

「モカさあああああッ!!!」

 私の耳にも痛いほどマサコの悲鳴が響く。

 私は大丈夫だよと言わんばかりにマサコに微笑みかける。私の精一杯の強がりだ。

 こういった命の危険を感じた瞬間はスローモーションに感じるとはよく言ったものだ。私に近づいてくる火の玉の温もりが近づいてくるのが分かる。

 もう当たっちゃうな。

 私は強張った笑顔のまま目を閉じた。

 ドシュウウーーーー。

 火の玉が何かにぶつかり音をたてる。白い煙が辺りに広がり、そこら辺の草は爆風の影響でゆらゆらと揺れている。

 マサコは突然の出来事に膝から地べたに崩れ落ちた。爆風でマサコの黒い髪が一方に流れる。

 何が起こったのか理解するのにしばらく時間がかかってしまった。周りの人間も呆然とモクモクと上がっていく煙を眺めることしかしていない。マサコは頬に自分が流した涙が流れていくのが分かった。

 あれだけの爆風だ、モカは火傷では済まないだろう。嫌な予感がマサコの脳裏を過ぎる。

 冷たい風が流れ、白い煙が段々と薄くなり、中に黒い影が見えてきた。

「モカ…?」

 モカは煙の中で立っていた。

 あれだけの爆風で倒れることも仰反ることもせず、煙の中に二本の足で立ち上がっていた。

 マサコは慌てて涙を腕で拭い立ち上がりモカの元へ駆け寄る。傷とか、怪我とかしてたら、すぐ教師に言って、治療を…。頭の中をいろいろなことが駆け巡る。

 だが、マサコが想像していたモカの状態と現実のモカの状態はかけ離れていた。

 辺りの草は焦げ、地面は黒くなっているのに、モカには傷一つついていないように見える。

 マサコは恐る恐るモカに近づきそっとモカの肩をポンと叩いた。

「ん、マサコ!?大丈夫?」

 マサコにはほんの一瞬、間があったように感じたが、何事も無かったかのようにモカは返事した。しかも、自分ではなく私の心配をしている。

「私は何もありません。モカが私を庇ってくださったので…。」

 マサコはモカの全身をまじまじと見つめたが、本当に傷一つついていない。

 モカはキョトンとした顔でこちらを見つめ返してくる。

「当たらなかったのかな?あはは…。」

「そうなのですか…?でも、良かった…。」

 モカは頭をポリポリと掻きながら返答する。その仕草にマサコはモカがどこか嘘っぽいなと感じながらも、それを信じるしかないような状況にマサコは頷いた。

 モカ自身もあの大きな火の玉を受けて自身に傷一つ付いていないことに驚いていた。

 確か、目を瞑った後、夢で見たような螺旋階段が見えて…。だめだ、記憶がぼーっと抜けていく。思い出せ!と自分に言い聞かせるようにとっさに頭を抑えると、マサコは心配そうに上目遣いでこちらを見つめてくる。

「本当に大丈夫ですか?やはりどこか怪我を…。」

 透き通るような白い肌、くるっとした丸い目についた長いまつげ、その周りや頬は泣いていたからか夕焼けのように赤く染まっていた。私が男なら間違いなく惚れていただろう。いや女でも惚れるね。

「大丈夫、大丈夫。当たらなかったんだから。」

 私はそう言いながらマサコの頭を撫でた。

「おい、どうしたんだ。」

 騒ぎを聞きつけた実技担当の教師の男が息を切らせながら様子を伺いに来た。辺りも未だにざわついている。

「火の玉に当たりそうになったのですが、避けました。ご心配ありがとうございます。」

 教師の男は辺りを見渡し、草の焦げ跡を見て納得したのか頷いた。

「充分に注意して練習しろよ。」

 そう言って教師は背を向け元いた場所に帰っていく。スイスイと歩いていく様子に私はあまり心配はされていないんだろうなと、少し肩を落とした。

「ちょっと、あなたいったい何をしたのよ!!」

 先生が見えなくなって直ぐのことだった、キンキンとした声でこちらに向かってくる女性が1人。クラスの優等生である李梨奈リリナだ。先生のお気に入りのはずの彼女がどうしてここまで来たのだろうか?先生は経った今帰っていったばかりのはずなのに。

「何って、何が?」

 私は辺りの焦げた草を見ながら返答する。いったいどれのことについてだろうか。私も私で火の玉について聞きたい。

「何って、あなた、私の火の玉をかき消したじゃない!!」

 リリナはキンキンとした言葉を発する。私にはこのリリナの発言が問題のように感じるのだが、私が間違っているのだろうか。

「あんたが、マサコを狙って火の玉を出したの?」

 頭にだんだんと血が上ってくるのが分かる。私の顔は今どうなっているのだろうか、マサコをチラ見すると、リリナにと言うより私に怯えているようにも見える。

「そうよ。私の最大の火力よ!どうやってかき消したの?私がクラスで一番なのに!それをかき消すことができる奴なんておかしいじゃない!」

「私は当たらなかっただけだよ。辺りを見て…。そんなことよりどうしてマサコを狙う必要があるの?」

 ここで私はちゃんと辺りを見渡すのだが、おかしな点があった。私の足元の草だけが焦げていないのだ。

「そんなことってなによ!ふざけないで!」

 そう言って、リリナは右手の甲で私の頬を振り払った。

 だが、ぶたれたはずの私は特に痛みも感じない。私が混乱しているとリリナはまくし立てるようにキンキン声を次々に発する。

「私が一番だと思っていたのに…こいつは私をその上から笑ってたってわけでしょ!」

 リリナもそうとう動揺しているようだった。

「だから…そんな話は今は関係ないのよ…。」

 だんだんと頭の中が整理できてきた私はリリナの胸ぐらを掴む。やはり私の頭には血が上ったままのようだった。

「あんたが、マサコを狙って火の玉を放ったのよね。」

「そうよ。私がクラスで一番なのに、そこのボンボンが金の力でのし上がってくるのが気にいらなかったの。」

 私はそれを聞いた瞬間、右腕を振り上げようとするが、マサコが私の右腕を抱きしめるように掴んできた。マサコも私が何をしようとしたのか理解できたのかもしれない。

「このことは先生にお伝えすればいいのでしょうか。それともお父様?」

 マサコは私に胸ぐらを掴まれたままのリリナにそう告げた。マサコは有名な貴族のお嬢さんでボンボンであるのは事実である。確かマサコのお父さんがここの学舎を作ったんだっけ。この件がマサコからマサコのお父さんに告げられればリリナはマサコのお父さんによってよくて退学…。最悪は独房入りだろうか。

「好きにすればいいでしょ。」

 リリナはそう言って胸倉を掴んでいた私の手を振り解き、先生が帰って行った方に向かって行った。彼女は泣いているようにも見えたが、反省しているようにも見えない。というより泣きたいのはこっちの方だって言うのに。

「叩かれたところ痛くはないですか?」

 まだマサコは私の腕から離れず上目遣いで聞いてくる。

「うん、何もない。何もない…よ。」

 私は胸の内にモヤモヤを潜めたままそう返事した。

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