南十字発、北極星行
@fushigimizu
本文
周りに人影はない。当然のことだ。ここは天上の入り口、来る者はいても去る者はいない。使徒の鍵は来る者のためにしか使われない。そんな漠然とした考えが甲高いベルの音に掻き消される。発車の合図だ。男は列車に乗り込み、運転席に向かって挨拶を投げる。返事はない。そもそも、運転手がこの中にいるかどうかも、男は知らなかった。この列車は
男は車内を歩く。男は車掌であるから業務として当然だが、誰も乗ってはいないことは男にはわかっていた。故にこれは、業務に託けた暇つぶしというべきだろう。窓の外を星々が流れる。初めて見たならば感動もするが、男はそんな感性をどこかに置いてきてしまっていた。
嘗ては、この列車は常に客を乗せていた。それも生者を、だ。乗客の望む限り何処までも走っていた。それが
列車は走る。天の川を越え、太陽系を抜け、さらに走る。男と、居ないかもしれない運転手の他には誰も乗せないままに。走った末に、やがて
一通り取替が終わって周囲を見回した男は、プラットホームに人影を認める。確かめるまでもなく、皆死者であろう。それでも、居ないのに比べれば良いものかもしれないと、男は考え始めていた。いつかはこれが当然になり、生者を運んでいた時代は思い出からも消えていくのだろう。そんなことを考えながら、男はいつもの如く機関車の給油を眺めに行った。
南十字発、北極星行 @fushigimizu
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