八十一、ソルセリアへ
目の前で何かを考え込むように一点を見つめているエルネストに向かって尋ねる。
「大丈夫?」
「あ、ああ。その、ソルセリアがあった場所へ同行するのは構わない。クロエと俺の二人で、ということだよな?」
「ええ、そうなるわね」
「二人だけ……」
何か問題があるのだろうか。エルネストが片手で口を覆って何事かを呟いているけれど。
「……もし何か予定があるのなら私一人でも大丈夫よ。無理はしないで」
「まさか! そうじゃなくて、その、クロエはいいのか?」
「……? ええ、もちろん。エルネストが一緒に来てくれれば心強いわ」
「ぜひともに行こう。何も心配は要らない。俺が君を守る」
グッと力強く拳を握るエルネストを見てホッとした。気を悪くしたわけではなかったようでよかった。
「ありがとう。頼りにしてるわ」
「っ……! 任せてくれ」
礼を告げるとエルネストがフッと顔を逸らして答えた。耳がほんの少し赤くなってる気がする。
「甘酸っぱいのう」
「まったくですねぇ。アンさま、アタシらもそろそろ帝国行きの準備を始めましょうか」
「そうじゃな」
この大陸の遥か西に連なる険しく広大な人跡未踏の山々――アヴィニョン山地。その山間部に僅かに開かれた平原に、かつて繁栄を極めたソルセリアがあったといわれている。
滅多に人間が足を踏み入れないこの黄泉の森もある意味陸の孤島といえるけれど、アヴィニョン山地はさらにその上を行く。
そもそもなぜそんな険しい場所に国家が造られたのか。他の国の侵入を阻む目的があったのか、あるいは何か別の目的があったのか、今となっては知るすべがない。
多くの謎に包まれたソルセリア――私に宿るグリモワールが最初に作られたかもしれない国……。
「あの山地の上空には乱気流があるというが、君の防御結界があるなら恐らく大丈夫だろう。俺の飛龍で行くか?」
「いえ、私のペガサスで行きましょう。幻獣なら目的地に到着したあと幻界へと戻ることができるから。飛龍だと用事を済ませるまで待たせるのが可哀想だわ」
「分かった」
今回はアンの背に乗ってひとっ飛びというわけにはいかない。目的地に到着するまで多少長めの時間を要するのは仕方がなかった。
§
出発の準備を済ませてアンたちと別れて、ペガサスでアヴィニョン山地へと向かった。
予想通り一日で到着というわけにはいかず、途中で降りてアヴィニョンの手前にある町で宿を取った。かなり小さな町であまり多くの人が住んでいるようには見えない。
「エルネスト、ちょっといい?」
隣り合った部屋をそれぞれ取ってひと息ついたあと、エルネストの部屋を訪ねて声をかけた。
「どうした?」
「入っても?」
「あ、ああ。どうぞ」
「ありがとう」
部屋に置いてあった椅子に促されて座り、エルネストは荷解きを始めたばかりと思われる鞄を置いたままのベッドに腰かけた。
「ごめんなさい、荷解きの途中だったのね。実はさっきアンから連絡があったのよ」
「ああ、そうだったのか。それで?」
膝の上で両手を組んだまま身を乗り出すエルネストに、アンから伝えられた内容を伝える。
「アンによると、ロートスの木のことはエヴラールさんも知らなかったらしいのだけれど、ソルセリアの聖地については興味深い事実が分かったの。まずソルセリアのあったといわれる場所は私たちが向かっているアヴィニョン山地の山間部で間違いないみたい。現地には神殿の遺跡があって、そこから発見された文献をエヴラールさんが所持していたの」
文献はところどころ朽ちていて全てを読み解いているわけではないという。現時点で判明している記載によると神殿の中庭だったらしい場所に木が生い茂る場所があって、文献が発見された当初――五十年ほど前にはまだその林が存在していたらしい。
「中庭に林か……。今もあるのだろうか」
「分からないわ。でもここまで来たのですもの。行って確かめてみる価値はあると思うの」
「そうだな」
「中庭に林って何となく不自然……。人工的に植樹されていたんじゃないかしら」
「確かに匂うな。目的地はもうそんなに遠くない。十分に休養を取って明日の朝出発しよう。今もその林があるかどうか、明日中には確かめられるだろう」
「ええ、そうね」
部屋へ戻るために椅子から立ち上がって扉へ向かおうとしたところで、もう一度エルネストの方を向いて口を開いた。
「エルネスト」
「うん?」
「こんな遠くまで一緒に来てくれて、ありがとう……」
私の言葉を聞いたエルネストが少しだけ首を傾げて静かに立ち上がった。こちらへ歩み寄り私の左手を取る。そしてゆっくりと自分の口元へと持っていって指先に口づけた。
ほんの少し驚いて思わず目を見開いた。
「クロエ……。俺は君を守ると誓った」
「ええ」
「君を害するもの全てからだ。だけど俺は……」
私に向かって真っ直ぐに向けられていた目が優しく細められた。
「守るだけじゃなくて一緒に君の目的を成し遂げる手伝いがしたいんだ。だから礼なんて要らない。俺がやりたいからやってるだけだからね」
「エルネスト……」
「俺こそ君に感謝しているよ。君が近くにいると胸が温かくなるんだ。俺の側にいてくれてありがとう」
エルネストはそう言って触れるのを躊躇うかのように恐る恐る私の背中に腕を回し、そっと抱き寄せる。そんなエルネストが愛おしくなって目を瞑ってエルネストの胸にコテンと頭を凭せ掛けた。
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