四十一、教会へ

 竜化したアンに乗ってブランの町へ到着した。街に降り立ったあと、早速私たちは手分けしてベルゼビュート直轄の眷属を探すことにした。

 黒の書によると、ベルゼビュートを倒してもそのままでは眷属となった者が元に戻ることはない。だからベルゼビュートを倒すよりも先に直轄の眷属を倒したほうが早いと判断したのだ。

 直轄の眷属が最もベルゼビュートの意志を受け継ぎ、狡猾に計画的に行動をする。これらの性質を皆に伝えた上で、皆に注意を促す。


「もしかするとすでに眷属を増やしているかもしれない。眷属となった者は知能を奪われるわけではないから、普通の人間の振りをして近付いてくると思う。そして私たちを騙そうとするでしょう。くれぐれも慎重に、誰であろうと近づいてくる相手には注意してね」

「分かった。ところでもし悪魔の意志を酌むならまずはどこへ向かうだろうか」


 エルネストの疑問に、ほんの少し考えて答える。


「人の集まる場所、もしくは集団のリーダーかしら。自分が大勢を罹患させるよりは眷属を作って仲間を増やさせたほうが効率がいいから」

「学校、病院、酒場……くそっ、選択肢が多すぎて悩むな」

「私はクロエの護衛をするようにと命じられていますから、クロエを一人にするわけにはいきません。できることならクロエの側を離れたくはないのですが」


 表情を曇らせるフェリクスにエルネストが答える。


「フェリクス。ここだけの話だが、クロエは俺たちよりも強いから護衛は要らないんだ。だから今はクロエの指示に従ってほしい」

「そうなのですか……。では、私は学校を調べるとしましょう」


 フェリクスはエルネストの話を聞いて納得してくれたようだ。それを受けてエルネストが告げる。


「じゃあ、俺は酒場へ行ってみよう」

「アンは外見が幼いからちょっと目立つわね……どうしようかしら」

「大丈夫大丈夫。儂に任せておけ!」

「アン……」

「儂は病院に行ってみるぞ」

「……分かった。お願いするわ」


 アンは調査する気満々だけれど、派手に動かなければ大丈夫だろう。竜だから罹患はしないだろうし、街の中をうろうろされるよりは病院へ行ったほうが目立たないかもしれない。

 それに四割しか力が戻っていないとはいえ、アンは強大な力を持つ竜王だ。眷属に攻撃されても滅多なことで後れを取ることはないだろう。


「私は適当に人が集まりそうな場所へ行ってみるわ」


 皆と別れたあと、街を眺めながら眷属の向かいそうな場所を考えてみる。なるべく迅速に眷属を増やすなら集団のリーダーを狙うのが効率的だ。

 街を歩いてみても、特に異常な点は見当たらない。眷属の魔手はまだ伸びていないのだろうか。街の大通りを三十分ほど歩いたところで、存在感のある白壁の建物がふと視界に入る。


「教会か……。ミサがあれば信者は集まるわね」


 なんとなく気になったので目についた教会に入ってみることにした。扉を開けるとそこは礼拝堂になっていた。礼拝堂の長机に三人の信者が座っている。皆、両手を組んだまま神の像に向かって祈りを捧げているようだ。

 信者一人一人の顔を確認しながら前へと進む。特に異常な点は見当たらない。当てが外れたか。礼拝堂内に神父さまらしき人物はいないようだ。そのまま神の像の前まで歩いて跪き、祈りを捧げる。


「クロエ嬢」


 突然背後から声をかけられた。聞き覚えのある声だ。振り返ってみて驚いた。入口に立っていたのはリオネルだった。何やら切羽詰まったような表情を浮かべている。走ってきたのか肩が揺れて呼吸が荒いようだ。立ち上がってリオネルに近付いて尋ねる。


「ブルジェさま、なぜここに……」

「クロエ嬢がこの町へ向かったと聞いたので守りにきたのです。先ほどこの教会へ入っていく貴女を見かけたので」


 守りにって、なぜ急にそんな話になったのだろう。予想外の言葉に戸惑ってしまう。


「守りにって……ここは危険ですからすぐに帝都へ戻ってください」

「いいえ、そういうわけにはいきません。危険を承知でクロエ嬢を連れ戻しに来たのです。城で貴女の従者が倒れたと聞きました。貴女はグリモワール使いかもしれないが、その、か弱い女性なのですから」


 リオネルがいい淀みながらも懸命に訴えた。リオネルの表情からは真剣に心配してくれているというのが伝わってくる。

 ああ、そういえばリオネルは私を無能だと思っているのだった。女性だからと遠回しな物言いをしているけれど、要は無力なのだから危険だと言いたいのだろう。

 けれどよりにもよって単独でこの町に乗り込んでくるなんて危険すぎる。このまま連れて回るわけにもいかないし、困った。


「ブルジェさま、私は大丈夫です。どうかこのまますぐに帝都へ……」

「どうかしましたか?」


 礼拝堂の入口でリオネルと押し問答をしていたら、突然背後から声がかけられた。振り返ってみると壮年の男性が立っていた。とても優しそうな顔をしている。その装いから、この教会の神父さまなのだろうということが伺える。教会の入口で騒がしくしてしまって申しわけない。神父さまのほうを向いて挨拶をする。


「騒がしくしてしまって申しわけありません。この町に来てすぐに、この教会が目についたものですから、お祈りをさせていただこうと思って立ち寄ったのです」

「それはそれは。わざわざお祈りに来てくださるとはなんと信心深い方たちでしょう。さあ、お二人ともこちらへどうぞ」


 神父さまが柔らかい物腰で私たちを祭壇の前へといざなう。リオネルを追い返すタイミングを逃してしまった。一刻も早く帝都へ戻したいのだけれど。

 仕方がないので神父さまに促されるまま祭壇の前まで歩いた。そしてリオネルとともに神の像に向かって祈りを捧げる。

 私は念のために密かにリオネルに防御強化の魔法を使った。私自身はすでに防御強化済みだ。結界のようなものだけれど、以前森で張ったような卵の殻のような防御壁ではない。触れられるが外傷は受けない。

 私たちが祭壇の前で瞼を閉じて祈りを捧げていると、背後に数人の気配が近付いた。他の信者が来たのだろうと、瞼を開けて移動をするべく足を踏み出す。するとすぐ後ろにいた神父さまに声をかけられる。


「おや、もうお帰りになるのですか? よかったらもう少しゆっくりしていかれませんか?」

「いえ……」


 ずっと背後に感じていた嫌な感覚。背筋に感じる悪寒のようなもの。これは敵意だ。気付かぬふりをして笑みを浮かべたままゆっくりと振り返る。すると神父さまの横には先ほど長机で祈りを捧げていた信者たちが並んで立っていた。祈るでもなくただ無表情に私たちをじっと見ている。

 今目の前にいる神父さまと信者たちは間違いなく眷属だ。私はリオネルの手をギュッと握る。リオネルはというと全く状況を把握していないようだ。なぜ頬を染めているのだろう。それどころじゃないというのに。私はさり気なくリオネルの手を引いて後ずさりながら、目の前の神父さまたちに笑みを向けて答える。


「どうかお気になさらず。神が全てご覧になってらっしゃいますわ。この神聖な場所で神の教えに悖る行為をなさるべきではありませんよ」

「ええ、しかしながら今日より我々の神はさらなる崇高な存在の方へと変わったのですよ」


 神父さまがそう告げると、信者たちがよりにもよってリオネルのほうに襲いかかろうとした。私は握っていたリオネルの手を強く引いて背後に引っ張った。リオネルは目を白黒させている。眷属を増やすには血液中の病魔を体内に注ぎ込む必要がある。噛みつくか口づけかで媒介させるつもりだろう。

 リオネルには防御強化を施している。私はリオネルに掴みかかろうとしていた信者たちに向かって左手をかざし、衝撃波で吹き飛ばした。それを見たリオネルが目を大きく見開く。


「ブルジェさま、そこを動かないで」

「クロエ嬢、貴女は一体……」


 私の衝撃波を見て戸惑っているリオネルの周囲に結界を張り、背中に庇いながら神父さまたちと対峙した。

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