三十三、パーティ同伴

 マルスラン殿下の言葉の内容があまりに信じられないもので、一瞬耳を疑ってしまった。


「私が殿下についてブリュノワ王国へ行くということですか?」

「うん」


 マルスラン殿下がニコニコと笑いながら頷いた。

 あの婚約破棄の日の屈辱的な体験を思い出し、思わず眉根を寄せてしまう。ある程度自分が仕向けた部分もあるけれど、魔法攻撃に力づくの拘束まで受けるとは思っていなかったし、あれは結構痛かったし……。

 何よりもレオナール殿下やミレーヌ、そして側近たちの顔を見るのは気が進まない。一体なぜマルスラン殿下は私を同伴したいのだろうか。


「理由をお伺いしてもよろしいですか?」

「うーん、そうだな。面白そうだから?」


 あー、なんだか既視感。段々このマルスラン殿下という人が分かってきた気がする。この人は私が思っているよりもかなりお腹が黒いのではないだろうか。


「同伴とはどういった形でですか?」

「勿論、親しい友人としてだ。何なら婚約者としてでも構わないけど?」

「おいっ!」

「マルスラン殿下。ご冗談が過ぎます」


 エルネストと私が同時に突っ込んでしまった。婚約者などとんでもない話だ。冗談にしても性質たちが悪い。


「あながち冗談というわけでもないんだけどなぁ。……まあいいか。それでどうだろう。承諾してくれるととても助かるんだけどな」


 マルスラン殿下が少しだけ首を傾げながら、私の顔を下から覗き込むように上目づかいで尋ねてくる。

 何だろう、この仔犬みたいな懇願の眼差しは。こんなふうに頼まれると断れない。マルスラン殿下は交渉の達人なのではないだろうか。

 けれど、元婚約者が婚約披露パーティに出席するなんて不穏な空気を生むのではないだろうかという懸念が、どうしても拭えない。

 それに、リオネルに正体を明かすよう言われたときにも思ったことだけれど、ブリュノワ王国のグリモワールの使い手である私が、ダルトワ帝国の皇太子殿下のパートナーとして同伴するとなると、帝国がブリュノワ王国に敵対の意思を持っていると捉えられてしまうのではないだろうか。

 まあ、私個人は能力のない役立たずだと思われているから、危険視はされないかもしれないけれど。


「わ、分かりました。ご一緒させていただきます。では眼鏡を……」

「嬉しいよ! ぜひとも一番美しい君を見せよう。いやあ、今の君を見たらあのアホ……失礼、頭の残念な王侯貴族たちは腰を抜かすだろうね。楽しみだなぁ。ワクワクするよ」

「は、はぁ……」


 マルスラン殿下はそれは嬉しそうに笑っている。何がそんなに楽しいというのか。

 眼鏡の出番はなさそうだ。着飾ったら王太子もミレーヌも私のことが分からないのではないだろうか。ああ、けれど分からないなら分からないほうがいいのか。

 マルスラン殿下は私を連れていくことを余興のように考えているようだ。仔犬のような態度に騙されたかもしれない。


「出発は一か月後だ。それまでは皇宮に滞在してくれると嬉しいんだけど」

「そうですね、少し考えさせていただきます」

「もし君が森に戻るならエルをつけさせるから」

「えっ!? 私はこの国への招待に応じましたし、エルネストが森に来る必要は、もうないのではないでしょうか」

「それなんだけどね、なんて言ったらいいんだろうか。勘違いしないでほしいんだけど監視とかじゃないんだ。護衛……はグリモワールの使い手である君には必要ないのかもしれないけど、君がどこにいても帝国が後ろ盾になるということを第三者に示しておきたいんだよね」

「それは……」


 森に第三者が来ることなんてまずない……とも限らないか。実際エルネストが来たし。でも訪問者が来る可能性は限りなく低い。

 それに、流石にエルネストが可哀想ではないだろうか。どこかの街なら兎も角、魔物の徘徊する森で命の危険に晒されながら暮らさないといけないというのに。


「エルネストに申しわけないです」

「俺なら構わないよ。むしろマルスがいないから羽が伸ばせる。森は楽しいし」

「森に行けば私という邪魔者がいないもんな、エル」

「……来たければ来ればいい」

「心にもないこと言うなよ」


 マルスラン殿下がニヤニヤと笑いながら、バシッとエルネストの背中を叩いた。エルネストはそんなマルスラン殿下を仏頂面で睨んでいる。どうやらエルネストがマルスラン殿下に弄られているようだ。


(うーん、どうしようかしら……)


 しばらくアンの解呪を進めてから魔道具の素材集めをしようと思っていたから、すぐに動くつもりはなかった。それにできることなら帝都フォルバックにある図書館も見ておきたい。

 アンの解呪は静かな場所ならどこでもできるから、皇宮で腕輪の解呪を進めながらしばらく図書館通いをするのがいいかもしれない。

 占術士のエヴラールさんは魔道具の素材に関する情報は持っていないだろうか。エヴラールさんに一度聞いてみようか。

 よし、決めた。


「分かりました。お言葉に甘えて、しばらく皇宮に滞在させていただきます。ただ、行動の自由は認めていただきたいのですが、その点は大丈夫でしょうか?」

「ああ、構わないよ。ただ皇宮の外に出るときはエルと一緒に行動してほしいかな。護衛としてね。トラブルが起きても、なるべくグリモワールの力は使わないほうがいいだろうからね」


 確かに帝都の街中でグリモワールの行使はしたくない。通常の魔法でないのは見る人が見れば分かるし、誰が見ているかも分からない。


「お気遣いありがとうございます。ちなみに殿下、使者のブルジェさまも皇宮に滞在なさるのですか?」

「ああ。彼にも街の宿から皇宮のほうへ移ってもらうつもりだ。何か不都合があるかい?」

「いえ……」


 皇宮に滞在するのであればそのうち顔を合わせることもあるかもしれない。

 とりあえず部屋へ戻ろう。今日はなんだか疲れてしまった。早くハルとアンの顔が見たい。


「それでは少し疲れましたので、部屋に下がらせていただきます」

「ああ、お疲れさま。いろいろとすまなかったね」

「クロエ、大丈夫か?」

「ええ、大丈夫よ。それでは失礼します」


 エルネストも私のことを心配してくれたけれど、ちょっと休めば大丈夫だ。

 私は帝都散策の相談をすべく、足早にハルとアンの待つ部屋へと向かった。

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