三十一、使者との会合
マルスラン殿下とエルネストとともに応接室へと到着すると、何やら難しげな表情を浮かべた端正な顔立ちの若者が座っていた。ブリュノワ王国の宰相子息でもあるリオネル・ブルジェだ。
リオネルは私たちが扉から入ってくるのを見て、立ち上がって軽く礼をとる。マルスラン殿下に座るよう促されて再び椅子に座り、私たちが席につくのを待った。
そのとき、マルスラン殿下の陰から現れた私を見て、一瞬だけリオネルが驚いたように目を瞠った。けれどすぐに視線をマルスラン殿下に戻した。そのあとも何度か私のことをちらちらと見る。
(もしかして私のことが分かったのかしら……)
それとも、なぜこの場に貴族令嬢が参加しているのだろうと不審に思ったのだろうか。
席についたマルスラン殿下が、にこやかな微笑みを浮かべつつ口を開いた。
「謁見の間で大まかには聞いたが、こちらで詳細を聞きたいと思う。私に伝えたい用件とは、レオナール王太子殿下とミレーヌ・ルブラン公爵令嬢との婚約披露パーティへの招待ということでよろしいのかな?」
マルスラン殿下の話す内容に驚いてしまった。リオネルの用件とは婚約披露パーティへの招待だったのか。
婚約披露パーティ――いよいよあの二人が正式に婚約をするのか。レオナール殿下にはすでに思い入れはないけれど、一度は歩み寄ろうと努めた相手だ。その殿下が私の妹と婚約すると思うと何とも感慨深い。
それにミレーヌは我が妹ながら、私に負けず劣らず性格が歪んでいる。ミレーヌが王妃になってブリュノワ王国は大丈夫なのかと、少々不安になる。
「左様でございます。……あの、殿下。お話の前に一つお願いしたいことがございます」
「うん、なんだい?」
「殿下のお隣にいらっしゃるご令嬢をご紹介いただけないでしょうか」
やはりリオネルは私の存在が気になっていたようだ。マルスラン殿下は薄く笑っているけれど、心の中では楽しんでいるのだろう。リオネルを驚かせたいと言っていたのを思い出す。
「ああ、まさか忘れてしまったのかな?」
「え……?」
リオネルが驚いたように大きく目を見開いた。それはそうだろう。リオネルは眼鏡をかけた凡庸だった私しか見たことがないのだから。
「彼女は君のよぉーく知る人物だよ。分からない?」
「恐れ入ります、殿下。しかしながら、一度でもこのように美しいご令嬢にお会いしていたら忘れるはずはございません。初対面かと存じます」
「フフッ」
「っ……!」
マルスラン殿下は戸惑うリオネルを前に、楽しくて仕方ないといったふうに笑みを溢した。
「ああ、ごめんごめん。君や君のお友だちがとても仲よくしているミレーヌ・ルブラン公爵令嬢の姉君、クロエだよ」
「え……」
リオネルは驚きのあまりに椅子を立ち上がって後ずさった。銀縁眼鏡の奥で、リオネルの目は零れんばかりに大きく見開かれている。
私は椅子から立ち上がって、混乱するリオネルに綺麗なカーテシーをして挨拶をする。
「ブルジェさま、お久しぶりでございます。クロエです。その節はお世話になりました」
「ク、ロエ嬢……? そんな馬鹿な……あり得ない」
愕然とするリオネルに対し、マルスラン殿下は椅子に座るよう促して再び口を開く。
「ブルジェ殿、まあ、落ち着いて。確かにクロエ嬢はどこから見ても、地味でも凡庸でも醜女でもないものねぇ」
「……」
言葉を失いながらも席につくリオネルを見て、私も再び椅子に座った。リオネルの顔を見ると心なしか蒼褪めて見える。
「まあいいや。それでは本題に入ろうか。まず招待状の日付は一か月後となっているがそれは間違いないかな?」
「……はい、間違いありません」
「それじゃ謹んで参加させていただくと王太子殿下に伝えてくれ」
「はい、承知しました」
「それと、君たちには感謝したいことがあるんだ」
「感謝、ですか?」
「ああ」
にこやかに告げるマルスラン殿下に、リオネルが訝しそうに聞き返した。
「君たちがクロエ嬢を手放してくれたことで、こうして我が国へ招いて親睦を深めることができたからね」
「そう、ですか。……その」
リオネルがちらちらとマルスラン殿下と私を交互に見ながら尋ねる。
「お二人はどういったご関係なんでしょうか」
「友人だよ。今はね」
「っ……そうですか」
「今は」とはどういう意味だろうか。これから先に敵対する可能性があるかもしれないということ?
ときどきマルスラン殿下の真意が分からなくなるときがある。今現在、悪意を感じるわけではないから気にしても仕方ないけれど。
「ところで、ブルジェ殿」
「はい」
「レオナール王太子殿下をはじめ側近の君たちが、殿下の婚約者だったクロエ嬢に対して随分な扱いをしたと聞いているが」
「そのようなことはっ……」
リオネルの顔がみるみる蒼褪めていく。リオネルには直接傷つけられたわけではないけれど、身に覚えのない罪を並べ立てられて反論の機会すら与えられなかったのを思い出す。
「ふぅん。魔道士による魔法攻撃、騎士による力づくの拘束で随分傷つけられたと聞いているけどね」
「それはっ。……そちらのクロエ嬢がミレーヌ嬢を虐待していたという事実を確認したからです。我が国ではグリモワールの正当な継承者は王家の庇護下にあり、傷つけるなどあってはならないことですので」
「虐待、ねぇ……。それは証拠があるの?」
マルスラン殿下が笑みを浮かべたままリオネルに尋ねた。それに対してリオネルがフフンと鼻で笑ったあとに得意げに答える。
「ミレーヌ嬢とルブラン公爵、そして公爵家の使用人たちの証言があります」
「でもやってないんだよね? クロエ嬢」
「ええ、身に覚えがございません」
「嘘を吐かないでくださいっ。現にミレーヌ嬢は貴女に虐められたと、涙を流して悲しんでいたんですよ!」
「ハハハッ」
「っ……!」
突然笑い出したマルスラン殿下にリオネルがびくりと肩を振るわせた。
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