三十、仲間外れ
ブリュノワ王国の使者として王太子の側近リオネル・ブルジェがダルトワ帝国の皇宮を訪れた。
謁見の間に同席することはないけれど、これからマルスラン殿下とエルネストと一緒に応接室でリオネルと会合をすることになっている。
そして会合で着用するようにとマルスラン殿下がドレスを準備してくれた。紺色のドレスの上に、丈の長い茜色の生地が前開きのロングコートのように重ねられている。シックな二色使いで、茜色の生地の縁には紺色の刺繍が施されている。襟は大きくスクエアに開いている。
(素敵……。上品なのにどことなく色っぽいわ)
夜会のドレスのような華やかさはないけれど、国賓との会見にはぴったりだ。
ハルとアンは会合には参加せずに、私たちに与えられた客間で留守番をすることになった。ハルは私の傍を離れるのを嫌がったけれど、この城に滞在している間は仕方がない。
謁見が終わって準備をしているマルスラン殿下を、エルネストと二人だけでエントランスで待つことになってしまった。昨日不機嫌に立ち去ってしまったエルネストの気持ちを慮ると、なんだか気まずい。
そんな居心地の悪い雰囲気の中、エルネストが突然私に向かってガバッと頭を下げる。
「クロエ、昨夜は急にあんな態度を取ってすまなかった」
そんなエルネストを見て、思わず驚いてしまう。私に怒っていたのではないのだろうか。
「ううん、いいの。ただ……」
「ただ?」
「私が何か気に障ることをしたんじゃないかと……。それでエルネストを怒らせてしまったんじゃないかと思って」
「違う!」
突然エルネストが身を乗り出して強く否定した。とても真剣な表情だ。
「違うんだ。クロエに怒ったわけじゃないんだ。その、マルス……殿下が君の……」
「私の……?」
エルネストが急に言葉を詰まらせて口を噤んでしまった。一体どうしたのだろう。
「いや、なんでもない。君に悪いところなんて一つもないから気にしないでくれ。ただ、あまり殿下に近付かないでくれると助かる」
「それは……」
私に悪いところがないと言ってくれたけれど、近付くなというのはやっぱり……
「私と殿下が友好関係を深めるのは好ましくないということ?」
「そうじゃなくて、ほら、年頃の男女だし、あまり近くに寄るのは……」
ん……? なんとなく噛み合ってない気がする。近寄るっていうのは距離感的な意味よね? 友人として親しくしすぎるなってことよね?
距離的な意味だったら、パーソナルスペースの狭いエルネストが言うのは変だと思うし。
「ごめんなさい、エルネスト。意味がよく分からない」
「……いや、その、近寄るっていうのは」
「物理的に近付くなってことだろう? エル」
しどろもどろに連ねるエルネストの言葉は、突然現れたマルスラン殿下によって遮られた。いつの間にか準備が済んだようだ。マルスラン殿下の言葉に対して、エルネストは、ばつが悪そうに顔を逸らす。
物理的にって……? マルスラン殿下の言葉の意味が分からず、思わず首を傾げた。
「口を出すつもりはなかったけど、どうも君たちは言葉が足りなくて、気持ちのすれ違いが大きい気がする。最初の出会いが悪かったから、仕方ないのかもしれないけどね」
「すれ、違い?」
「うん。このままだと今後の活動にいろいろと支障をきたすから、はっきり言っとく。エルは私と君が仲よさそうにしてたから嫉妬したんだよ」
「嫉妬、ですか? まさか」
私がそう言うと、マルスラン殿下は肩を竦めて苦笑した。エルネストは心なしか顔が赤くなっているような気がする。
「それは、エルネストさまの親しいご友人であるマルスラン殿下に、私が近付いたからでしょうか」
「ハハッ。クロエは面白いね。まあいいか。エルは自分だけ仲間外れにされたような気がしたんだよ、きっと。ねえ、エル?」
「……ええ、まあ」
ニコニコと話すマルスラン殿下に、エルネストが顔を逸らしたまま面白くなさそうに返事をした。
「まあ、そうだったのですか」
エルネストは仲間外れにされたような気がして拗ねていたのか。嫌われてなくてよかった……。やはりエルネストは面白くて可愛い人だ。
「大丈夫ですよ、エルネストさま。私はエルネストさまも大切な友人だと思っていますから」
「クロエ……」
「ブハッ」
何だろう。エルネストがあまり嬉しそうには見えないけれど、照れているのだろうか。そして、マルスラン殿下はどうして吹き出しているのだろうか。
首を傾げる私にエルネストが苦々しい表情で告げる。
「クロエ、いつものように話してくれ」
「え、でもマルスラン殿下の前ですし」
私の言葉に対して、マルスラン殿下が言葉を挟む。
「ああ、私なら構わないよ。あまり取り繕われると、今度は私が仲間外れにされたって拗ねるよ?」
「っ……!」
エルネストが忌々しげにマルスラン殿下を睨んだ。私は慌ててエルネストに声をかける。
「で、では、エルネスト、これからもよろしくね」
「ああ、よろしく、クロエ」
マルスラン殿下に仏頂面を向けていたエルネストが、私の言葉でようやく笑ってくれた。照れたような、少し嬉しそうな笑顔だ。またエルネストの新しい顔を見られた気がする。
「ああ、そろそろ会合へ向かわないと、ブルジェ殿が待ちくたびれてるかもしれないね」
「そうですね、そろそろ参りましょう。行こうか、クロエ」
「はい」
私たちはようやくリオネルの待つ応接室へと向かうことにした。
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