二十三、謁見

「ここが、ダルトワ帝国の帝都フォルバック……」


 外壁に囲まれた帝都の正門の前に立って門を見上げた。皇帝の住まう皇宮のある帝都ならではの物々しさがある。

 皆と一緒に外壁に囲まれた帝都の正門から中へ入る。エルネストが門の入口に立っている兵士に話しかけた。


「これはイベール副団長! お疲れさまです!」


 門番の兵士はエルネストの顔を見た途端、何やら緊張したように胸に手を当てて敬礼をした。もしかしてエルネストは有名人なのだろうか。


「ご苦労。異常はないか?」

「ありません!」

「そうか。この方たちは皇太子直々に招待されたクロエさまと侍従の方々だ。しばらく滞在されるので、粗相のないように対応を頼む」

「はっ! 承知しました!」


 敬礼をする兵士に見送られながら、エルネストを先頭に門をくぐった。するとそこにはブリュノワの王都モンルージュとは全く違う様相を呈する街の風景が広がっていた。

 華やかなブリュノワの王都とは対照的で、街並み全体が質実剛健といった感じだ。華やかさはないが区画がきちんと整備され、道幅も大きく交通の便もよさそうだ。実に効率的な配置がなされているように感じる。

 町の入口付近でエルネストが手配した馬車に乗って皇宮へと向かうことになった。六人乗りの馬車に四人で乗ったのに、中の空間は他者との距離が近くて落ち着かない。馬車の中でエルネストが行先について説明をする。


「十五分ほど走れば城に到着するはずだ」

「そう。それにしても帝都の街って華やかではないけど、清潔な感じね」


 私は馬車の窓から街並みを眺めながら感想を漏らした。


「ああ、王都に比べたら確かに……」

「ブリュノワの王都に来たことがあるの?」

「……前に一度ね。ああ、城が見えてきたよ」


 さらっと流された。あまり話したくないのだろうか。……まあ確かに殺されかけた国のことなど思い出したくはないか。


「おおっ、クロエさま。なんというか、ダルトワ帝国の城ってでーんと構えてて、まるで要塞って感じですねぇ」

「本当だ。街のイメージと調和してるわね」

「なかなか大きいのう。竜国カーンの城には敵わんがな」


 そりゃあ所構わず竜変化する竜が住む城ならば大きいに決まっている。

 しばらく走ったあと、ようやく城門の前に到着した。馬車を降りてエルネストに続く。

 門扉が開かれたあと城門から中へと入る。石畳の道の先にはいかにも頑強そうな大きな城がそびえ立っている。なんとも荘厳な佇まいだ。

 エルネストが私たちを振り返って気遣うように尋ねる。


「ここからはしばらく歩いてもらうことになるが、大丈夫か? 疲れていないか?」

「大丈夫よ。ありがとう。エルネストは帝国へ帰ることができてほっとしてるんじゃない?」

「どうだろうな。森は危険だったが悪くなかった」

「変な人間ですねぇ。黄泉の森に住むのが悪くないなんて~」


 ハルの突っ込みにエルネストがハハッと笑う。


「気楽だったからな。俺はクロエの気持ちが分かるよ」

「私の気持ち?」

「ああ。誰にも利用されずにしがらみがなく、気の合う仲間がいるから幸せだと言ってただろう? 俺もあの森にいる間そうだった。クロエがいたしな」

「え……」


 私がいたから……って、孤独じゃなかったからってことよね。もう少しで勘違いするところだった。危ない危ない。


「お主、今さらりと口説きおったのう? そういうのは二人だけのときにやってくれ」

「な……、俺はそんなつもりはっ……」


 アンはエルネストを弄るとき、実にいきいきと楽しそうだ。気持ちはよく分かる。弄られるときのエルネストは実に表情が豊かだ。

 城へと続く道を辿り、入口の扉をくぐった。中には大きなエントランスホールが広がっている。

 内装も外観と同じように華美な雰囲気はない。だが決して簡素なわけではなく、いかにも機能性を重視した感じの内装だ。柱と柱を結ぶ天井付近には随所にアーチの曲線が見受けられ、建物の頑強さを物語っている。

 ブリュノワの王城は所々に華奢な彫刻や細工が施されて華やかだけれど……


(華美なものより、こういう機能的な美しさのほうが好きだわ)


 エルネストが衛兵に用件を伝えたあと、入口付近でしばらく待っていると、二人の護衛騎士を従えた青年がエントランスの階段を下りてくるのが見えた。

 一見軍服のようにも見える藍色の礼服を身に着けた二十才前後の美丈夫……彼が私を招待したマルスラン皇太子殿下だろうか。

 肩くらいの長さの赤い髪を後ろに流し、切れ長の目にエメラルドグリーンの瞳が理知的な印象だ。エルネストと同じく長身で均整の取れた体つきをした、端正な顔立ちの青年だ。


「初めまして。貴女がルブラン公爵令嬢だね。我が国への招待に応じてくれてありがとう。私がダルトワ帝国の皇太子マルスランだ」


 皇太子殿下に差し出された右手を取って握手を交わす。


「初めまして、皇太子殿下。私はクロエと申します。お招きいただきありがとうございます。私は今は公爵家を追われた身ですので、どうかクロエとお呼びください」


 私が名乗ると、殿下は私の手を両手で包んだ。私が驚いて身構えるとニコリと笑う。


「承知した、クロエ嬢。それにしても遠いところを大変だったね。まずは陛下に謁見してもらいたいのだが、大丈夫かな?」

「勿論ですわ、殿下」

「どうかマルスランと呼んでくれ」

「……マルスラン殿下」


 何というか、予想していたよりも親しみやすい雰囲気の皇太子殿下だ。同じ次期指導者なのに国が変わるとこうも変わるものなのか。


「まあいいか。私についてきてくれ」


 笑みを絶やさないマルスラン殿下の後ろについて謁見の間へ案内される。私の後ろにはハルとアン、そして最後尾にエルネストがついてきている。

 謁見の間へ通され、多数配置されている衛兵の間を歩き、私たちは数段上の大きな玉座に黙座する皇帝陛下の前に膝をついた。座したまま私たちを見下ろす皇帝陛下の堂々とした佇まいからは、超然とした凄味が静かに伝わってくる。


「よくぞ参られた。魔導書グリモワールの使い手、クロエよ。私がダルトワの皇帝レオポルドだ。顔を上げられよ」

「はい、皇帝陛下」


 クロエは片膝をついたまま顔を上げて皇帝陛下の顔を見る。

 皇帝陛下はマルスラン殿下と同じ赤い髪と空のような青い瞳を持つ美丈夫だ。年齢は五十才ほどだろうか。

 年を重ね何度の戦を経てきたのか、頬にうっすらと傷が残っている。体つきにしても肩幅が広くがっちりと筋肉がついていて、まるで現役の戦士のようにも見える。


(皇帝陛下も皇太子殿下もブリュノワの王族とは違い過ぎる……)


 皇帝陛下は恐縮するクロエににこりと笑いながら告げる。


「挨拶はこのくらいにしてゆっくり休まれよ。マルスラン、客室へ案内して差し上げろ」

「承知しました。さあ、クロエ嬢、こちらへ」


 私は皇帝陛下の前を辞して、マルスラン殿下のあとについていく。謁見の間を出たところでマルスラン殿下がエルネストに話しかけた。


「そういえばエル、お前はラビヨン伯爵の屋敷には立ち寄ったのか?」

「いえ、真っ直ぐに城へ参りました。私がクロエ殿たちをお連れするべきだと思いましたので」

「そうか。あとは私が彼女たちを案内するからお前は顔を出してやれよ。お前がいない間、ラビヨンの娘がしょっちゅう城に来ててな。それはもうキャンキャン煩かったんだよ」

「あー……夜にでも顔を出します」


 エルネストが面倒臭そうに返事をした。

 ラビヨン伯爵家というのがエルネストの家なのだろうか。けれどエルネストのファミリーネームはイベールだったはず……。それに「ラビヨンの娘」ってエルネストとどんな関係なのだろう。何となく気になってしまう。

 エルネストの言葉を受けて、マルスラン殿下が面倒臭そうな表情を浮かべる。


「また城に怒鳴り込んでくるかもしれないよ? もうあの声を聞くのはうんざりなんだけど……」

「まあ……そのときは私が対応しますよ」


 エルネストが淡々と答えると、マルスラン殿下は肩を竦めて口を噤んだ。どうやら説得を諦めたようだ。

 私たちは客間へ案内された。できればハルとアンとは離れたくないのだけれど。そう伝えると、マルスラン殿下が微笑みながら答えてくれる。


「ああ、大丈夫だよ。この部屋と扉一枚を隔てた部屋に侍女の部屋がある。そこにベッドが四つ備えてあるからアンジェリク殿とハル殿にはそちらで休んでもらうといい」

「お心遣いありがとうございます。大変助かります」

「いや、こちらこそ来てくれてありがとう。夕食までゆっくり休んでくれ。疲れが取れたらディナーをご一緒していただけるかな?」


 クロエがニコリと微笑んで礼を告げると、マルスラン殿下は嬉しそうに破顔した。


「ええ、喜んで」

「そうか、ありがとう。それとディナーのあとで君に聞いてほしい話があるんだ。二人きりじゃないから安心してくれ。エルネストも同席させるから」

「お話……ですか」


 どんな話だろうか。十中八九グリモワールに関する話だろうけれど。エルネストも同席してくれるし、無茶な話ならばはっきりと断ろう。

 私はマルスラン殿下の話の内容を想像してきゅっと唇を結んだ。

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