第二章 ダルトワ帝国

二十二、帝国へ

 帝国へ行く当日、私は白のブラウスシャツにライトグレーのウエストを絞った短めのジャケットと膝下のフレアスカート、そして脛丈の編み上げブーツを身に着けた。

 そして頭にはクリーム色のフェルトハットを被り、胸元にはえんじ色のリボンを結ぶ。

 眼鏡とそばかすメイクは流石にやめておく。見栄えが悪すぎて悪目立ちしてもまずいと思ったからだ。

 私が身に着けた、落ち着いた色合いの装いにアンが苦言を呈す。


「地味じゃのう」

「いいのよ、これで。目立って得することなんて何一つないわ」

「まあそれもそうじゃな」


 今回の帝国行きで長く留守にすることで、折角エルネストから貰ったビッグホーンディアを腐らせては勿体ない。

 そこで時間停止効果のある亜空間収納に食材をしまい込むことにした。私だけがアクセスできる空間だ。しかもどこでも取り出しできる優れものだ。但し生き物をしまうことはできない。


(こんなに早く使うことになるとは思わなかった)


 今まで使わなかったのは必要性を感じなかったから。そしてハルとアンが中に入れたものを取り出せなくなってしまうからだ。けれどこれから魔道具の素材集めを始めたら使うことになるだろう。

 アンと会話をしていたら、入口をノックする音がした。訪問者を確認したらエルネストだった。どうやら迎えに来てくれたようだ。


「そろそろ行こうかと思う。準備はできているか?」

「ええ、大丈夫よ。ところでどうやって帝国へ向かうの?」

「俺の飛龍を呼ぼうかと思っていたんだが」


 エルネストがこの森へ来た移動手段がずっと分からなかったけれど、飛龍で来たのか。なるほど、ようやく謎が一つ解決した。


「四人乗れるの?」

「二人なら余裕なんだが……」

「そう……。じゃあ私のペガサスも出しましょうか」


 私がそう言うと、突然アンが横から口を開く。


「まあ待て。ちんたら移動するのは我慢ならぬ。儂が全員乗せていくから任せよ」

「「「えっ!?」」」


 乗せていくって、まさか……。


「昨夜こっそり試したんじゃが取りあえず戻れるようになったようじゃ。力はまだ四割程度しか戻っておらんがな」

「おお、アンさま、よかったですねぇ」


 ハルが祝福の声をあげた。私もつい嬉しくてはしゃいでしまう。


「まあ、戻れるようになったのね! よかったわ! おめでとう、アン!」

「うむ、お主のお陰じゃ。礼を言うぞ、クロエ」


 とはいえ、竜に戻ったら私の幻獣でないことがエルネストにばれてしまうのではないだろうか。

 エルネストはというと、会話の内容が理解できなかったからか、何やら不思議そうに首を傾げている。私はちらりとエルネストを見て小さな声でアンに囁く。


「竜の姿に戻ったら正体がばれるんじゃ?」

「ああ、どうせ向こうにエヴラールの奴がおるなら誤魔化せぬ」

「竜族の占術師の?」

「うむ。じゃから儂が今からエル蔵に打ち明ける。ただし女王であることは伏せておく」


 そう言ってアンはエルネストのほうを向いて告げる。


「エル蔵、実は儂は竜国カーンの竜じゃ」


 エルネストはアンの告白を聞いて驚いた。どうやら全く予想していなかったようで唖然としている。

 竜王ということは言わないでおくつもりらしい。確かに国を容易に滅ぼすほどの脅威だと認識させるのはやめておいたほうがいいだろう。招かれざる客・・・・・・になりかねない。


「なんと、アンジェリク殿が……! 確かに幻獣にしては随分偉そ……威厳があると思っていた。なるほど、そうだったのか」

「うむ。騙して悪かったな。クロエは儂のためを思うて黙っておいてくれたのじゃ。クロエを責めんでやってくれ」

「勿論だ」


 エルネストは両腕を組んで大きく頷いた。


「それで、帝国へは儂がお主らを乗せていこうと思うのじゃが。異存はあるか?」

「いや、助かる。アンジェリク殿、よろしく頼む」

「ただ、儂は飛ばすからな。振り落とされんように気を付けよ」


 飛ばすってどのくらい飛ばすのだろう。ペガサスでもかなりの速さだけど……想像するだに恐ろしい。ドロワ密林へもひとっ飛びって言ってたし……。

 ハルは冷や汗を流しながら弱気を見せる。


「うひゃぁ……アタシ自分で飛んでいこうかなぁ」

「が、頑張るわ」

「おお、それは楽しみだな」


 私はまあ、大丈夫……多分。けれどエルネストは意外にも喜んでいるようだ。よかった。

 私たちは出かける準備を終えて外に出た。


「少し待っておれ。フンッ……」


 アンが何やら集中している。アンの体が青い光に包まれて、光が強くなって見えなくなった。

 そして光が大きくなったあとにゆっくりと消え、実態を現す。

 光の中から現れたのは……


「待たせたな」

「わぁ、すごい……綺麗……」


 高さ五メートルはあろうかという美しい瑠璃色の鱗に覆われた竜の姿だった。声は少し低くなった程度であまり変わらない。大きな翼を背中に生やし、目はアンと同じ金色だ。

 私は神々しいまでに美しい瑠璃色の竜を見上げながら、あまりの変化に思わず問いかけてしまう。


「アン……だよね?」

「うむ、儂じゃ。このくらいの大きさがあれば三人は乗れるじゃろう。本来ならばもっと大きくなれるのじゃが、今は無理じゃな」

「凄いですねぇ、アンさまは」

「これは美しいな……」

「とても荘厳な感じ……」

「そうじゃろう、そうじゃろう」


 皆が口々にアンを褒めたたえると、アンはまんざらでもなさそうに頷いた。

 まずはハルがアンの背中に乗り、次にエルネストが乗った。そしてエルネストが私に手を差し伸べてくれる。


「さあ、クロエ」

「ありがとう……」


 私はエルネストの手を取りアンの背中に乗った。これでいつでも出発できる。


「よし、それじゃあ行くぞ」


 いよいよ帝国へ出発だ。アンの背中に乗った皆を包むように、風の抵抗を避けるための結界を張る。

 アンが大きな翼を上下に動かして垂直に離陸した。今日はいい天気だ。黄泉の森の上空には大きな青空が広がっている。

 森の上まで高度を上げてから、アンが帝国の方角へと前進を始めた。

 空を飛び慣れているはずのハルが目をぱちくりさせる。


「うわっ、はっや!」

「これは、凄いな」

「凄いわね……」


 結界を張っているから風圧は分からないけれど、下を見下ろすと森の風景が恐ろしい速さで通り過ぎていく。きっと桁違いの速度で飛んでいるのだろう。

 三十分ほど飛んだところで帝都フォルバックが見えてきた。なんて早い……。こんなに早く到着するとは。

 帝都に竜で着陸するのは目立ちすぎる。帝都が遠くに見えた時点で、私はアンをはじめ全員に不可視魔法をかけた。


「これで大丈夫」

「ありがとうございまっす」

「ありがとう。大したものだな。これほど大きい竜にも不可視魔法をかけられるのか」

「ええ。……アン、帝都の手前のひと気のない所で下りて」

「承知した」


 私たちは帝都フォルバックの手前で地上へと降りた。そしてアンは竜から幼女の姿へと戻った。きちんと私の手作りの服を身に着けている。不思議だ。


「アンの服、元通りに着てるのね。不思議だわ」

「これはお主の亜空間収納と同じ原理じゃ。儂らは人と竜とに頻繁に変化するからの」

「そうなんだ」


 分かったような分からないような……。とりあえず今は帝都へと向かおう。

 私たちは降り立った場所から差して離れていない帝都の正門へと足を運ぶ。


「ここが、ダルトワ帝国の帝都フォルバック……」


 少し歩いたあと、外壁に囲まれた帝都の正門の前に到着した。外から見た感じはまるで要塞のようだ。

 私はこれから初めて目にするであろう街並みを想像して門を見上げた。

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