十九、ランチタイム

 私たちは焚火の周りに置いてある丸太に腰かけて、一緒にバスケットのサンドイッチを食べることにした。

 バスケットの中からサンドイッチの皿を取り出した。そして蓋を閉じたバスケットに布をかけて皿を置いた。


「こっちにあるのが卵サンドで、真ん中がトマトとチーズ。そっちにあるのがポテトサラダよ」


 サンドイッチの中身を説明しているとき、エルネストはサンドイッチを食い入るように見ていた。もしかして結構飢えていた?


「これは美味そうだ。いただくよ」

「好きなだけどうぞ」


 私がそう言ったあと、エルネストはサンドイッチに手を伸ばす。トマトとチーズのバゲットサンドを取って一口齧り、モグモグと咀嚼してゴクンと飲み込んだ。そして驚いたように目を瞠る。


「ん……驚いた。これは、美味いな。この白いのがチーズなんだよな? 弾力があるんだが」

「それはハル特製のモッツァレラチーズよ。オリーブオイルと塩で和えてから挟んでみたの」

「この緑のは?」

「バジルの葉よ。いい香りでしょう?」

「ああ、バゲットの塩味とも合う。本当に美味いよ。ワインがないのが残念だ」


 エルネストの美味しそうな顔を見て嬉しくなってしまう。持ってきてよかった。

 いつまでここにいるつもりなのか分からないけれど、魔物の肉だけを食べていたらそのうち体を壊してしまいそうだ。

 次々にサンドイッチを手に取るエルネストを見守りながらクロエもゆっくりと食事をとる。

 あっという間にバスケットのサンドイッチが綺麗になくなってしまった。


「美味しかったよ。ご馳走さま」

「簡単なものだけど、喜んでもらえてよかった。苦手なものはなかった?」

「ああ、どれも美味かった。君は料理が上手いんだな」


 初めて料理の腕を褒められた。なんだか嬉しい。でも恥ずかしいので顔には出さないように応える。


「……普通よ。最近は私よりもハルのほうが上手いわ」

「これだけできれば大したものだよ。ありがとう、クロエ」


 礼を告げるエルネストの口元にバゲットの欠片がついているのに気付いた。まるで子どもみたいだ。


「バゲットの欠片……」

「なっ……!」


 バゲットの欠片を取ってあげたら、エルネストが急にたじろいで頬を赤く染めた。

 エルネストってなんだか可愛い。そういえばあのビッグホーンディアも……


「フフッ」


 山盛りの魔物の屍を置いていくエルネストの姿を想像して、思わず笑ってしまった。若い女性へのお礼に狩りの獲物なんて……。


「な、なんだ?」

「いえ、あのビッグホーンディアのことを思い出して……フフッ」

「何かおかしかっただろうか……」


 エルネストがきょとんとして呟いた。その表情は、本気で何がおかしいのか分からないといった感じだ。そんなところも可愛いなと思う。

 私がオジゾーサンのお礼を思い出して笑っているところで、突然エルネストが口を開く。


「言いたくなかったら言わなくてもいいんだが……」

「なに?」

「君はどうしてこんなに危険な森の奥に住んでいるんだ? 所作を見ているととても平民とは思えない。貴族の令嬢なのだろう?」


 聞いていいものか迷ったのか、言葉を詰まらせながら若干躊躇いがちに尋ねられた。

 エルネストに尋ねられたことは、特に秘密にしているわけではない。夜会のあの場にいた貴族、そしてルブラン公爵家の者なら皆知っていることだ。


 そこでこれまでに自分の身に起こった事実だけを、ありのままにエルネストに打ち明けることにした。そうすることで少しでもエルネストに信用してもらいたいという意図もあった。

 けれど目的のためにあえて、孤立無援になるように仕向けたことは言わないでおく。言わないだけだから嘘ではない。


「さしたる証拠もなく令嬢を寄ってたかって追い詰めるなんて……。卑劣な奴らだ」


 自分のことのように腹を立ててくれるエルネストの言葉が嬉しかった。私のことでこんなに怒ってくれるとは思わなかったからだ。


「それに君が地味で凡庸など、とてもそうは見えないんだが。そいつらは目が悪いんじゃないのか?」


 エルネストは不思議そうに首を傾げた。


「え……」


 ああ、そうか。今は特に小細工はしてないんだった。私は今の姿がかつての凡庸な少女の姿ではないことを思い出した。

 エルネストはそのまま言葉を続ける。


「華やかだが派手ではなくて上品で、その、俺がこれまで見てきた中で、クロエが一番美しいと思う。魔女は憎いが、君を知れば知るほど似ているとは思わなくなった。雰囲気が柔らかくて気遣いが細かくて……その、ン、ンンッ……可愛いと思うが」


 自分で言っていて恥ずかしくなったのだろうか。エルネストがほんの少し頬を赤らめながら告げた。咳払いのあとは声が小さくてよく聞こえなかったけれど。

 予想外の褒め言葉に恥ずかしくなってくる。そして魔女と似ていないと思ってくれるのが嬉しい。


「ブリュノワ王国は昔からグリモワールの力を利用していたの。私は卑劣な彼らに利用されたくなかった。だから幼いころからなるべく目立たないようにしてきたの。見た目も力も隠して」

「そう……だったのか……」


 エルネストは何やら険しい顔で考え込んでしまった。一体どうしたというのだろう。

 そう言えば私もエルネストについて知りたいことがある。


「エルネストはブリュノワの人間じゃないわよね?」

「……なぜそう思うんだ?」

「私は貴方が貴族じゃないかと思ってる。ブリュノワの貴族なら全員の顔と名前を知っているもの」

「そうか……」

「貴方はどこから来たの?」

「……俺は帝国の人間だ。ダルトワ帝国……知ってるか?」

「ええ、勿論」


 ダルトワ帝国……ブリュノワ王国の隣に位置する国だ。ブリュノワのグリモワール確保は、高い武力を持つダルトワ帝国を牽制する目的もあるのだ。

 この森はそのダルトワ帝国とブリュノワ王国の間に位置する、どちらにも属さない空白の森だ。


「俺はそこから来た」

「そう……」


 帝国で何をしている人なのかも聞いてみたかったけれど、もし要職に就いていて隠す必要がないなら、今の機会に告げたはずだ。言わなかったということは言いたくないのということだろう。


「それで君は……」

「え……?」


 エルネストが何やら言葉を詰まらせた。


「今の生活に満足なのか? 元の生活に戻りたいとは思わない?」


 元貴族令嬢だから、という意味だろうか? それなら答えは決まっている。


「全く。私は母が亡くなってから今までの中では今が一番幸せ。誰にも利用されず、煩わしいしがらみもない。だから……」


 ――目的を成し遂げるのに都合がいい。と言おうとして口を噤んだ。


「だから?」

「……いえ。私は今の生活にとても満足しているわ。気の合う仲間もいるし」

「ああ、君の従者たちのことか。彼女たちは何者なんだ? 人間ではないのだろう?」


 ハルが私が使役する幻獣であることは言っても構わないが、アンのことは黙っておくことにする。アンはあれでも竜の国カーンの竜王なのだ。

 取りあえず私の幻獣ということにしておけばいいだろう。


「彼女たちは私のグリモワールで使役した幻獣。だから信用できるの……人間よりも」


 エルネストは私の言葉に少し衝撃を受けたのか、困惑したように眉尻を下げた。けれど本当にそう思っているのだから仕方がない。


「そうか……。クロエ、近いうちに君の家を訪ねてもいいか?」

「え、ええ、構わないわ。彼女たちにもそう伝えておく」

「ああ、頼む」


 そう言ってエルネストはそれきり、腕を組んだままじっと一点を見つめて、何やら考え込んでしまった。

 気を悪くしてしまったのだろうか。何か私が余計なことでも言ってしまったのだろうか。

 そういえば、ちょっと一緒にお昼を食べるつもりだっただけなのに、随分長居をしてしまった。私はエルネストの「送る」という申し出を辞退して、不可視魔法をかけて拠点をあとにした。


「近いうちっていつだろう。エルネストが家に来るなら二人にもちゃんと話をしておかないと……」


 そんなことを考えながら、私は家路を辿った。

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