十二、がーるずとーく
私はアンの言っていることの意味が分からず、思わず首を傾げてしまった。
「儂が感知したのは魔力そのものじゃなくて、グリモワール独特の力と言ったらいいじゃろうか。契約しておるお主の幻獣もグリモワールの力を感じておるはずじゃ」
ハルがアンの言葉を受けてニコリと微笑みながら頷いた。
「……そうだったの」
「ああ。しかも儂が感じ取れるグリモワールの力には色がついておるからの。お主の力は何色にも染まらぬ美しい黒。それはどんなに遠くにいても感じ取れる強い力じゃ。それにしてもあのエルネストとかいう男……」
アンが私の顔を見てニヤリと笑う。
「いい男じゃったのう。不躾な態度はいただけんが何といっても強そうじゃ。そう思わんか? ハル」
「ええ~? あんなの見た目だけの脳筋じゃないですかぁ」
ハルが納得いかないと言わんばかりに抗議した。やはりハルはエルネストさんのことが気に食わないらしい。
「男なぞ、心も体も強いほうがいいに決まっておる。勿論見た目も大事じゃがな」
「アタシはクロエさまのほうがよっぽど魅力的に見えますけどぉ。性的にもぉ」
「な……お主はそっちの気があるのかの?」
ハルの言葉を聞いたアンが目を丸くした。私も予想外の言葉に驚いてしまった。
「アタシはどっちもいけますよぉ」
「え……」
ハルの言葉を聞いて思わず怯んでしまう。
――どうしよう。ハルの側で着替えたりとかしないほうがいい? でも一緒に暮らしてるんだし、今さらよね。聞かなかったことにしよう。うん、そうしよう。きっと人間博愛主義者なだけよ。……なるべく気を付けよう。
「もうこの話はやめましょう? 彼のことは早く忘れたいし」
「むぅ……。『がーるずとーく』というやつをしてみたかったんじゃがのう。お主、もしかしてあの男のことがまんざらではないのではないか?」
「私に憎悪を向けてくる男性なんて論外です! ほら、アン。解呪の続きをするわよ。そこに座って」
私はアンを居間のソファーに追立てた。これから長時間集中しなければならない。ソファーならばアンもリラックスできるだろう。
けれどよく見るとアンが足をぷらぷらさせている。これでは疲れてしまうんじゃないだろうか。そこでアンの足元にフットレストを置いてみた。
「どう? 楽?」
「うむ、楽じゃ。礼を言う」
アンはニコニコと嬉しそうに笑ったあと、こてんと首を傾げて上目遣いに尋ねてくる。
「……解呪の間、話しかけたら駄目か?」
「死にたいならどうぞ」
「大人しくしておる……。よろしく頼む」
私の言葉を受けて、アンがしゅんと肩を落として諦めたように答えた。そして私たちが解呪に取りかかろうとしたところで、ハルが口を開く。
「それじゃあ、アタシは風魔法でサクッと外の草刈りをして、畑でも作りますかねぇ」
「ありがとう、ハル。お願いするわ」
「お任せあれぇ」
ハルが明るく笑いながら答えて、入口の扉から外へ出ていった。この家のことをハルがいろいろとやってくれるので、とても助かっている。
もしかして幻獣を家事手伝いに使うなんて罰当たりだろうか。
(まあ、本人が楽しそうだからいいか)
私は解呪の続きに取りかかることにした。先へ進めば進むほど、術式が目に見えて複雑になってくる。
一方アンは待っている間何もできずに見守るしかない。けれど、こればかりは我慢してもらうより仕方がない。気が散って破壊する術式を間違えたら大変なことになってしまうからだ。
十個の術式を破壊したところでようやく肩の力を抜いた。私もアンもこの辺が限界だろう。緊張でバキバキに固くなった肩の筋肉を回してときほぐした。
「お疲れさま、アン」
「おお、終わったのか。お主こそご苦労じゃったのう。体は大丈夫か?」
アンが気遣わしげな眼差しで私を見た。確かにかなり疲れている。
それに最初のときよりも解呪に時間がかかってしまっている。これからはもっとかかるかもしれない。解除すべき術式がだんだん複雑になってきているからだ。
アンに心配をかけないようにニコリと笑う。
「ええ、平気よ。ありがとう。これで大体二割程度は解呪できたと思うわ。少しは本来の力が戻るんじゃないかしら」
「……うむ、そのようじゃの。体が軽いし、力が湧いてくる。礼を言うぞ」
アンが嬉しそうに体を動かした。解呪前と比べれば随分と感覚が違うはずだ。
「恐れ入ります、陛下。でもこれは体の容器が少し元に戻っただけ。体力が戻ったわけじゃないから、しばらく休んだほうがいいわ」
「うむ。それじゃ儂は少し横にならせてもらうか」
アンは私の忠告にコクリと頷いて答えた。長時間じっと待っていたのでさぞかし疲れただろう。私の言いつけ通り、一切話しかけずに我慢して見守っていたのだから。
「ええ、ゆっくり休んで。私は気分転換に庭へ出てみる」
私はアンを客間のベッドで休ませて庭へ出てみることにした。そして入口の扉を開けて広がる外の風景を見て驚いてしまう。あんなに荒れ放題だった庭が綺麗に草刈りされているのだ。ハルが言っていた通り、風魔法でサクッと刈ったのだろう。
家の周辺を少し歩くと、ハルが南側の一角に座り込んでいるのを見つけた。私の存在に気付きもせずに、地面に向かって何やら集中しているようだ。
一体何をしているのだろう。うずうずと悪戯心が湧いてくる。急に声をかけたら驚くだろうか。こっそり近付いてみよう。
「……何してるの?」
「わわっ、クロエさまっ! ああ、びっくりしたぁ。ここを畑にしようと思って草を根っこから毟ってるんですよぉ」
「まあ、そうだったの……」
何と家事だけでなく農作業までこなしてしまうとは。ハルがスーパーメイドすぎて尊敬してしまう。私は手伝おうと思ってハルの横に屈み込んで一緒に草を毟り始めた。
「クロエさま。手が汚れますからやめてくださいなぁ。ほらぁ」
ハルが草毟りをしようとする私を制止した。
「え、でも……」
「さっきまで解呪してたんでしょぉ? えっらい疲れた顔してますよ。今は休んでください。それにアタシこういうの楽しいみたいなんでぇ」
「そ、そうなの……。ありがとう」
ハルに休むように言われたので、草毟りをやめて立ち上がった。仕方がないので家の周りを散歩することにする。
――そういえばまだゆっくりと家の周囲を探索したことがなかったんだっけ。
「一応、魔物が入れない程度の結界は張ってるけど、
だからといって、これ以上敷地に張っている結界の強度を上げれば、アンやハルの出入りにも支障が出る。だから仮に強化するとしてもいざというときにやればいい。
それにしてもエルネストさんはどこに拠点を構えたのだろう。寝込みを襲われることはないだろうけれど私に敵意を抱いている。できることなら現状を把握しておきたいところだ。
ハルにエルネストさんの居場所を探してもらおう。私は草毟りに没頭しているハルの所に戻って尋ねてみた。
「ここから南に三百メートルほど行った辺りに魔物の気配が感じられない場所があるんで、多分そこに……」
そこまで話したハルが急に険しい表情を浮かべて言葉を詰まらせた。そして何やら考え込んだあと、再び話し始める。
「……クロエさま。こいつぁ、やばいかもしれません。数百の魔物が南のその場所に一直線に向かっています」
「え……」
私はハルから聞いた状況の深刻さに思わず息を飲んだ。
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