十一、魔女狩り

 私の顎を支えるエルネストの腕を、ハルが横からグッと掴む。まるで射殺さんばかりの鋭い目つきだ。


「いい加減にしてもらえませんかねぇ。クロエさまは魔女なんかじゃありませんよ。これ以上無礼を働くならアタシがあんたの命を貰いますよ」

「全く失礼な男よのう。礼儀がなっとらん。初対面のレディーに対する態度じゃないのう」


 アンは両手を腰に当てて、エルネストを戒めるかのように毅然と言い放った。ハルもアンも私のために腹を立ててくれているようだ。その言葉から憤りが伝わってくる。

 エルネストはハルの言葉に特に反応することもなく、私の目を見つめたまま視線を逸らさない。


「この手を離してください、エルネストさん。私が悪しき魔女かどうか、その目で存分に見極めればいいでしょう」


 エルネストは私の顔からようやく手を離して、無表情のままハルとアンを順に見て告げる。


「現に君はこうして魔物を飼っているじゃないか。それでも魔女じゃないと?」

「彼女たちは魔物ではありません。撤回してください」


 私はどうにか怒りを堪えてエルネストに魔物扱いの撤回を求めた。相手が誰であれ、ハルとアンを侮辱するのは許せない。


「どうだかな……」

「なぜ貴方はそれほどまでに……」


 ――魔女を憎んでいるの?

 私がそう言いかけたところで、エルネストの冷たい声によって遮られる。


「まあいい。君が悪しき魔女なら私が殺す。それだけだ」


 エルネストは全く感情を表さない低い声でそう答えた。そしてそのまま踵を返して立ち去った。

 私は扉を閉じたあと、そのままぎゅっと瞼を閉じて俯いた。エルネストの私を見つめる氷のような眼差しと『私が殺す』という言葉が脳裏に蘇り、苦々しい感情が胸に押し寄せてくる。怒りなのか悲しみなのか分からない。

 ただ、どうして知らない人にまであんな憎悪を向けられなければならないのかという悔しさが、どうしようもなく感情を揺さぶる。


(私が何をしたというの……)


 波立つ感情をどうにか落ち着かせようとしていると、ハルも私の感情の揺れを感じ取ったのか、苛立ちを顕わに言い放つ。


「クロエさまぁ、あのエルネストとかいう男、殺しちゃっていいですかぁ? あいつが近くにいると思うと胃のとこがムカムカするんですけどぉ」


 本来人間らしい感情を表に出さない幻獣であるハルが、私の気持ちに共鳴して憤ってくれている。そのことが嬉しい。そしてハルの物騒な言葉のお陰で少し頭が冷えた。


「ハル、落ち着いて。私のために怒ってくれているのは嬉しいけれど、こちらから手を出せば彼は私を魔女だと決めつけてくるでしょう。悔しいけれどしばらくは様子を見ましょう」

「それがいいかもしれんのう。儂も腸が煮えくり返る思いじゃが、戦うにしてもあの強大な魔力から察するにあの男はかなりの強さじゃろう。恐らくハルと今の儂じゃ歯が立たん」


 ハルが「チッ」と舌打ちをしてふて腐れたような表情を浮かべた。恐らく実力の差を認識してはいるのだろう。

 アンの言う通りだ。私自身は魔力そのものは感じ取れないけれど、エルネストの体の動きや纏う空気から、かなり戦い慣れていることが窺い知れる。ハルと、呪いに抑制されたアンでは歯が立たないというのも分かる。


「クロエさまならあんな奴ひと捻りでしょう? 殺っちゃいましょうよぉ」

「駄目よ、ハル。それに私だって彼に勝てるかは分からないわ。そして、もしも人を殺めたら私は本当に悪しき魔女になってしまう。私が魔女じゃないと分かれば、あの人はきっと引き上げるでしょう」

「本当にそうなりますかねぇ……」


 ハルが不満げに顔を顰めた。私だって腹が立つ。初対面でいきなり謂れのない憎悪の感情をぶつけられたのだから。

 けれど一番腹が立ったのはハルとアンを魔物扱いされたことだ。私はいつの間にかハルとアンを友人のように思い始めていたようだ。

 それにしてもエルネストの魔女に対する並々ならぬ憎悪は何に起因しているのだろう。勿論私には心当たりなど全くないけれど。


(彼は一体何者なのかしら……。どうしてあんなにも魔女を憎んでいるの?)


 エルネストに関しては分からないことだらけだ。しばらくこの近辺に拠点を置くと言っていた。周辺にこの家以外の建物などないというのに、どこに住まうつもりだろうか。

 行動の予測のつかない存在が近くにいるという不安が、ことの外大きくのしかかる。寝込みを襲われたり、問答無用で攻撃されたりということはないと思うけれど。


「それにしてもあの男の纏っておった冷気……。恐らく感情が昂って魔力が漏れておったんじゃの」

「感情が昂って……? そんなふうには見えなかったけど」


 エルネストの表情からは感情が昂っているようには見えなかった。心の奥にある憎悪を感じ取ることはできたけれど、上手く隠していたように思う。


「人間は、相手の感情を顔の表情や体の動きや言葉で推測することしかできぬからのう。あの男はこの家の近くに来る直前まで魔力を抑えておったんじゃろう」

「ああ、それで気付かなかったんですねぇ。不覚でした」


 ようやく落ち着きを取り戻したハルが入口の扉のほうへ目を向けて口を開いた。


「ただでさえ魔力が漏れ始めておったのに、クロエと対面して、さらに気が昂ったのじゃろう」

「あー、クロエさま、魅力的ですからねぇ」

「……?」


 エルネストの魔力漏れと私は関係ないと思うのだけれど。

 もしかして私は、森に隠れていても遠くから魔力を感知できる者には見つかってしまうのではないだろうか。

 普段私が感情の昂りを抑えようとするのは、魔力を抑えるためでもある。感情のままに魔力で他者を傷つけてしまわないように感情を律さなければと、常に心している。これまでもそう努力してきたつもりだったのだけれど……


「アンに気付かれたということは、私は魔力を上手く抑えられていないのかしら」

「そんなことはないぞ。お主は魔力そのものはちゃんと抑えられておる。いざ戦いに臨むとなれば、その限りではないじゃろうが」

「えっ、でも……」

「勘違いさせてしもうてすまん。昨日は魔力と言うてしもうたが、厳密に言うと違うのじゃ」

「魔力とは違う……?」


 アンの言っている内容の意味が掴めず、思わず首を傾げてしまった。

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