深川花六軒太平記
濱口 佳和
序 花六軒の居候
その一 若様 二木倫太郎
夕暮れ迫る江戸は日本橋。太鼓橋の欄干際から、江戸の町並を見渡す二人連れがあった。
旅装の武家である。
ひとりは程よい背の高さに、すっと伸びた背筋。片手に脱いだ編笠を抱え、懐かしそうな目で、行き交う人波を眺めていた。
凛々しい面立ちではあるが、物見高さが優っている。行く道、来た道を振り返りながら、目を輝かせて雑多な往来を楽しんでいた。
やがて、花曇りに隠れた富士へそっと手を合わせ、おのれの侍者を振り返った。
「お里、これが江戸だよ」
「はい。ようやく着きましたね」
いま一人は、かなり若い。元服はしてはいるものの
やはり武家の拵えながら、余程儒者や学者が似合いそうな様子である。
「うん。やっと着いたね」
二人は山あり谷ありの道中を振り返り、思わず笑顔になる。
「わたしは江戸は初めてです。若様は以前」
「約束したね。若様ではなく」
「倫太郎様」
りんたろうさま、りんたろうさまと繰り返し、行き交う頭上のカラスの鳴き声にふと漏らす。
「
「姉上ひとり
今からでも、と
「いいえ」
と、
「わたしは、若様と共に参ると決めたのです。父上も賛成してくださいました」
「うん。すまないね」
どちらのお守りに、どちらを付けたのか。おそらく、綱をつけられたのは、おのれの方だろう──倫太郎は苦笑する。
「若様! 行きましょう! 天下一の江戸の町ですよ!」
駆けて行きそうな勢いだった。
これから待ち受けるものへの期待と、かすかな胸騒ぎと、背負ったものを振り払うように、倫太郎は背筋を伸ばした。
すべては、おのれ次第である。
そうして二人は、今夜の宿となる日本橋
(続く)
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