11/12並行「交わらない」

 同じ道を一緒に走っているつもりだった。おれたちは音楽で名を上げたくて、がむしゃらにやってきたはずだった。でもそれは俺の勘違いだった。

「どうしようもないんだよ。お前には才能があって俺にはない。それだけのことだ」

「そんなことない! おれはお前がいなきゃ――」

「お前は一人でもやっていけるさ。もう気付いてるんじゃないのか」

 おれたちはこの音大の寮で出会って、妙に馬が合うところから始まって、試しにやってみた連弾が評価されて、もしかしたら二人なら難関の演奏家への道だって開けるんじゃないかと思っていた。いや、思っていたのはおれだけだったのか。

「お前には才能があったけど、その才能を全然生かせてなかった。俺はそれを補う技術に長けていたから上手く行ってた」

「そうだよ。お前はおれの悪いところを埋めてくれる。おれはお前の悪いところを埋めてやれる。それで完璧なはずだっただろ」

「……お前の演奏にもう埋めるところなんてないんだ」

 そんなことはない。おれの演奏は正直自由すぎるきらいがある。その日の気分にかなり引きずられてしまう。そんなおれを上手く乗せてくれたり、逆に落ち着かせてくれたりして補ってくれたからこそ今までやって来れたのだ。

「お前は残酷だ。目を逸らしてるだけなんだよ」

 そんなことない、と言おうとして、おれは口をつぐんだ。そんなことない――それはおれがおれに言い聞かせているだけじゃないのか。よく思い出してみろ。最近、おれはひとりでいてもこれまでみたいにその日の感情に引きずられすぎることはなくなった。補い合うことでそれぞれの良さを引き出していたけれど、ここ暫くそれがうまくいっていないと感じてはいなかったか。同じ道を一緒に走っていたはずなのに、実はおれたちの距離は静かに開いていたのではないか。

「でも、おれは――」

「これ以上はお前の足を引っ張るだけだ。お前はもう一人でも大丈夫だ。でも俺は――一人では、演奏家にはなれない」

 演奏家になれるのは本当に一握りだ。ただ上手いだけではどうにもならない。人をどうしようもなく惹きつける何かが必要だ。それを彼が持ち合わせているかと問われれば――おそらくは。

「音楽をやめるわけじゃない。道はたくさんあるんだ。お前とは違う道かもしれないけど、いい音楽を目指すという意味では、俺たちの道は並んでる」

 同じ道を一緒に走るのではなく、並行していくんだ。これからのことを彼は語る。でも、おれは知っている。おれたちの歩む道は、もう決して交わらない。

 それならいっそ、全く違う道だったらよかったのに。そうすれば道をずっとずっと伸ばしていけば、いつかもう一度交わるかもしれないと思えたのに。

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