11/6当日券「音楽に物語はいらない」
今日のリープオーバーのライブは当日券が出るらしい。今まではチケットは即日ソールドアウト、当日券が出ることはほとんどないバンドだったのに。どうも昨年明らかになったボーカルのスキャンダルが影響しているらしい。
「でも不倫してようが何してようが、別に音楽には関係ないじゃん」
「確かにそうだけど、『一途に君を思うよ』とか言われても説得力はなくなるね」
「変なの。歌ってる人が本当にそんなこと考えてるとは限らないのに。悪役を演じてる俳優が悪人というわけではないのと同じでしょ?」
「それはそうだけど、そんな風には考えない人が多いんだよ」
当日券の受付ブースに何人か女の子たちが集まっている。ツアーグッズで全身をコーディネートしているところを見ると、おそらく熱狂的ファンが、当日券の情報を聞きつけて行く予定がなかった公演を増やしたのだろう。
不倫していようが何しようが音楽がよければ問題ない。何なら人殺しでもいい。そんな人が生み出したものであっても確かに人の心を打つならそれでいいと思うのに。
時々わからなくなる。世の中の人たちは本当に音楽を聴いているんだろうか。音楽の裏に見える物語を消費しているだけなのではないか。だから――物語を持たない僕の声はどこにも届かないんじゃないか、と。
思い上がりなのはわかっている。物語なんて関係ない。僕がここで燻っているのは僕の実力不足だ。でも、事故で死んだ母親の歌が話題になってメジャーの世界に飛び込んだあいつのことなんかを考えると、どうしてももやもやしてしまう。
「どうしたの? 早く入ろうよ」
イズミとは音楽の趣味が完全に一致したからこうして一緒に行動している。イズミはまだ高校を出たばかりで、ギター一本で上京して、路上やライブハウスで歌いつつ、ありがちな荒んだ生活を送っていた。不健康極まりない、夢なんてキラキラした言葉では言い表せない何かを抱える日々。でも、イズミは僕と違って、いずれはここから抜け出すだろう。
でもここから抜け出したとして、イズミは本当にイズミの音楽を聴いてもらえるんだろうか。イズミは暗い過去をヘーゼル色の瞳に隠す。その物語の方が消費されるくらいなら、ずっとこのままでいればいいのに。そんなことを考えてしまう。
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