【第6回】お隣さんと、一晩を共にします。

「あ、はい。分かりました。それでは失礼します……」


 結局のところ、やまさんの落とした鍵は見つからなかった。

 仕方がないので管理会社にれんらくをしているというのが今のじようきようである。


「で、どうでした?」

「スペアの鍵は管理会社が一応持ってるけど、今日はもう会社に人がいないから渡すのは無理だって言われた。どうしても、今日中に家に入りたければ、そこまで複雑な形の鍵じゃ無いから業者を呼んで開けてくれって」


 なんだかんだで、そこまでの事にはならない様子。

 しかしながら、山野さんはちょっとかない顔だ。


「取りえず良かったですね」

「うん、でもね……。お金が……。鍵を開けてくれる業者ってツケって利くと思う? 今月の仕送りがもう心もとなくてね」


 鍵を開けるため業者を呼ぼうにも手元にお金が無いらしい。

 俺がお金を貸そうにも残念なことに俺も仕送り前、お金はあまりない。


「……みや君。一晩だけめて貰えない? 無理ならファミレスで明日まで時間をつぶす。と言っても、多分ねんれい確認が厳しくてちゆうで追い出されるか補導される可能性が大だけど」

「直球ですね」

「まあね。私だって、正直に言うと泊めて? なんてたのむのはどうかと思ってるよ。お金は渡せないけどさ。何かでお返しする。だめ?」


 普通に山野さんを部屋に招き入れた経験がある。

 困っているりんじんいつしよに節約するうえで好きになってしまった相手のお願いだ。


「ま、仕方がありません。良いですよ。一晩くらい。ただ文句は言わないでくださいよ?」

「分かってるって」


 こうして、軽いノリと流れで一晩、山野さんを部屋に泊める事になった。

 ちょっと興奮してしまうのは言うまでもない。

 もちろん、顔になんて出すつもりは毛頭もないがな。


「おじやしますっと。からげを作った時以来だね」


 一度はお邪魔したとは言え、他人の部屋。恐る恐る山野さんは俺の部屋をわたしている。


「じろじろ見られるとずかしいんですけど。さてと、ゆっくりとくつろいでどうぞ」

「本当にありがと」


 そう言うと唐揚げを作った時にも使っていたクッションを手に取り、自分のおしりの下にいて座り込む山野さん。

 で、気が付けばスーパーで買い物をしてから2時間が経っている。

 もう夕食をるのには十分良い時間だ。


「さてと、夕食にしましょう。今日の夕食は……」

「あ、泊めて貰うんだから、私が作る。何食べよっか」


 二人で相談した結果、夕食はなべに。

 山野さんが鍵を無くしてテンションが低いのでそれがき飛ぶような美味おいしくて楽しい食事にしようという訳だ。

 座ったのも束の間、泊めて貰うので恩を返すべくお鍋の準備をする山野さん。

 俺は何もしなくて良いと言われたのだが、居ても立っても居られず普通に手伝う。

 ……なんだろう。女の子と一緒に料理とか得した気分である。

 それから、あくせんとうしながら俺と山野さんはお鍋用の野菜を切った。


「間宮君。ぶきっちょだね」

「ですね」


 俺が切った野菜ははしつながっている。

 料理に慣れて来たとは言え、包丁の使い方はまだまだである。

 で、端が繋がっていた野菜を切りはなしてお鍋にめ込む。

 たくじよう用のガスコンロなんて物はないのでキッチンについているコンロで加熱。

 ある程度したらお肉を入れて火を通す。

 鍋がえたぎると、机になべき代わりとして用意した要らない雑誌の上に鍋を置いた。


「うん、出来たね。美味しそう」

「本当に美味しそうですね」


 ぐつぐつと煮えたぎる鍋。

 今日のお味はシンプルにだけで、ポンやゴマダレで食べる方式だ。

 本当に美味しそうでえきが止まらない。


「食べましょうか。いただきます」

「いただきます」


 二人して鍋をつつく。

 出来合いのお弁当とか、おそうざいとかとは比べ物にならないぬくもりが広がる。


「はふっ、はふっ」


 口の中が熱い。

 でも、その熱さがたまらなく心地が良く、病みつきになる。

 あっという間によそった食材たちを食してしまった。


「うん、本当に美味しいね。間宮君、器によそう?」


 お鍋で代謝が良くなりおでこにあせが伝っている山野さんは気を利かせようと、俺の器が空になったので、よそってくれた。

 それからお鍋の中の具が空になるまで、もくもくと食べるのであった。


    *


「ふー、食べた。食べた」

「山野さん。シメのうどんを作ってきます」


 野菜の出汁と肉のうまけ出たお鍋を持ち、再びキッチンへ。

 買ってきたうどんを入れて温め、めんつゆで味を調節すればシメのうどんの完成。


「ダメ。こんな食事続けてたら絶対に太る」


 山野さんは自身のお腹をさすりながら、シメのうどんの出来栄えに太るとらす。


「意外と野菜が多いしカロリー自体は少ないのでだいじようですって」

「それでも太っちゃうよ」


 そんな適当なやり取りをしていたのも束の間。

 れいに食べ終えて大満足な食事を終える俺と山野さんであった。


「ごそうさまでした」

「ごちそうさまです。美味しかったですね、山野さん」

「うんうん、大満足。はー、すぐ横になりたい気分だよ」

「別に気にせずに横になっても良いですよ。何人かの友達が来た時にくつろげるよう、クッションはたくさん用意してあるので何個でも使ってどうぞ」


 部屋には座布団の代わりに用意したクッションがいくつかある。

 それを使って、敷いて横たわるなり色々として良いと言った。


「さすがに人様のお部屋、しかも、一応、こうはいだし。そんなだらしない姿は見せられないよ。と言うか本当にごめんね。夕食まで一緒にもらっちゃってさ」

「いえ、手伝って貰えたおかげでいつもより早く準備が終わったので全然気にしないどころか、人と一緒に食べるのは楽しいですから気にしませんよ」

「人と食べると何でも美味しく感じるよね。片付けは私に任せて。色々とお世話になるから私がしないと」


 有言実行。山野さんは俺の代わりに食器を洗ってくれる。


    *


 そして、訪れたで特にこれと言ってすべきことが無い時間。

 いまさらだけど、女の子と一晩を過ごすって本当に信じられない程ドキドキだ。

 食事という目的を失った俺達の間にちょっとしたちんもくが訪れてしまい、ドキドキはさらに加速していく。

 気まずさにえかねて、沈黙を先に破ったのは山野さん。


「私って本当に何をしてるんだろね。おとなりさんの男の子の部屋に上がり込むなんてさ。今思うと、相当あれかも……。加えて、間宮君がうわさされてめいわくけないようにするって言ったくせに、こんなバレたらヤバい感じで噂をされそうなことを……」

「全然気にしませんって。それに、アパートでの出来事なんてバレないに決まってるじゃ無いですか。あ、そう言えば、おを先にどうぞ」


 俺もだん通りにおうとした。

 しかし、どうもうまく行かずに急にお風呂を先にどうぞなんて口走ってしまう。


「え、あ、この季節だし、さすがに入らないと不味まずいかも。というか、もしかしてにおってないよね?」


 クンクンとまでは行かないが、ちょっと鼻を動かし自分の匂いを確かめる山野さん。

 あからさまではないが、明らかにしゆうしんに包まれた装いがたまらない。

 さりげなく着ている制服をちょこっと動かすことで風を作り、自分の匂いがひどくないかを確認している姿もりよくがある。


「全然ですよ。というか、俺の部屋こそ匂ってませんよね?」

「え、うん。くさくないよ。全然、本当に臭くないから」


 匂いというナイーブな話題にれあい気まずくなる。

 山野さんはさすがにお風呂に入らないのは不味いと思っているのか、意を決したかのような感じで俺に告げた。


「間宮君。有り難く、お風呂を借りるね」

「どうぞ、どうぞ。今、タオルとか用意します」


 すでに気まずいが、これ以上気まずくならないようにタオルとかを自然体で用意していく。

 あと、ねむる際に制服のままというのも、スカートに変なシワが付いたら困るだろうし別なのを用意してあげるべきなのだろうか?


「俺のジャージで良ければ着ますか?」

「え、良いの? 貸してくれるなら借りるけど……」

「じゃあ、どうぞ。シャンプーとかボディーソープとかもご自由に使ってください。後、ちょっとコンビニへ行ってきます。急に甘いものが食べたくなったんで」


 のぞかれるとかそういう心配をかけたくないので俺は外へ出る事にした。


「……ごめんね、気をつかわせちゃって」

「何のことですか? それじゃ、山野さん。ちょっくら行ってきます」

「行ってらっしゃい、間宮君」


 こうして、俺は山野さんを部屋に残してコンビニへと向かうのであった。

 女の子のお風呂は長いと聞く。

 ただコンビニで買い物をするだけでは時間が経たない。

 汗ばむ季節でじっとりとした汗が流れて不快でも、少しばかり遠回りしよう。

 だが意外と夜の道を歩くのは悪くなく、普段とちがった装いを見せる街中というのは意外とかんがい深く、気が付けばあっという間に時間が過ぎ去っていた。

 ある程度時間をつぶし、コンビニへと入る。

 スーパーと違い、徒歩5分という位置にあるこのコンビニは非常に使い勝手が良い。

 なんだかんだで、久しぶりという事もあり、多くの商品に目移りしてしまう。

 コンビニの優れているところは毎週のように新商品が分かりやすい位置に置いてあることだなとか思いながら買い物をした。

 二人きりで色々と気まずくなりそうだったので間を繋ぐためのおやら飲み物だ。

 コンビニに来る前に時間も潰して結構な時間が経っている。

 さすがに山野さんがお風呂から上がっていないという事は無かろう。

 という訳で、俺は部屋へともどる。


「ただいま戻りました」

「あ、お帰り」


 山野さんのかみの毛はかたに掛からない位だが、それでも男の俺からしてみれば長い方だ。

 かわかすのに時間が掛かっているのだろう、タオルでゴシゴシといている。

 貸したジャージなのだが着ている姿が非常に可愛かわいらしい。

 そでが長くて手がかくれてしまうあたり、俺の服を無理に着ている……という実感が込み上げてくるせいだ。


「ジャージの大きさは大丈夫でしたか?」

「うん、平気平気。それにしても、おも綺麗にしててすごいね。私の部屋のお風呂場の方が絶対に手入れが行き届いてない」

「たまに独り立ちしてる姉が俺の様子を見に来るんです。なので綺麗にしとかないとおづかいが減るという具合で綺麗になってるだけですよ」

「へー、そうなんだ。ねえ、間宮君。外に行って汗かいただろうし、お風呂に入ってきたらどうかな? こう、家主が汗びっしょりで私が綺麗さっぱりは気が引ける」


 気が付けば帰って来た俺の服はじっとりと汗で湿しめっている。

 他人の部屋で自分だけが綺麗になるのはえんりよで、俺を気遣っての事だ。


「じゃあ、そうさせて貰います」

「行ってらっしゃい」


 俺はお風呂場へ。

 普段は乾ききったお風呂場なのだが、そうした後でもないというのにすでにれている。

 いやでも、俺の前にだれかが使ったのだと実感してしまう。


「っく。ここで、山野さんがはだかになってたと思うとヤバい……」


 あまりの興奮にちょっとくらっと来た。

 そして、視界に入る長い髪の毛。


「俺の髪の毛からは想像できない長さの髪」


 普段はお風呂場に落ちている髪の毛なんてきたないとか思うのに、もしかしたらこの髪は山野さんのだと思うと本当にドキドキが止まらない。

 たぶん、こんなにもときめくのは山野さんだからだ。

 色々な気持ちを静めながら、俺は綺麗さっぱりと汗をながす。

 タオルを使い、体を拭き、として使っているそつかん性のシャツに袖を通した。

 そして、色々といだいてしまったれつじようを殺して、山野さんが待っている部屋へと戻るのだ。


「さっぱりしてきました」

「お帰り。急で悪いんだけど、けいたいじゆうでん器を良ければ貸して貰えないかな?」

「良いですよ」


 普段使っている充電器をわたす。おそらく、山野さんの携帯も充電できるはずだ。


「ありがと。遠慮なく使わせて貰うね。はー、今日は本当に助けて貰いっぱなしだよ」


 自分を情けなく思ってのため息。

 だらりと体がだつりよくしていくその姿にはづかれが見えている。


「気にしないでください。という訳で山野さん」


 先手必勝。二人きりの夜を気まずくならないための策を実行に移す。


「せっかくなので、映画でも見ましょうか。そのためにコンビニでお菓子やら飲み物を買ってきたんで」


 先ほどコンビニで買ってきたお菓子の入ったふくろを見せつけた。

 すると、山野さんは気疲れしている顔から一転。乗り気な顔へ。


「今日はかせないよ? 的な感じかな?」

「はい。今日は朝まで映画を見ましょう」


 俺は自分が使っている、入学祝いで買って貰ったノートパソコンを用意。

 月額サービスに入っているので、ある程度の映画は見放題だ。

 その中から、名作映画で無難なものを再生させれば良い。


「じゃあ、見ましょうか。横、失礼します」


 パソコンを机に置き、見るためには横に座らざるをえないので山野さんが座っている横にこしけた。

 ちょっときよを遠めに腰掛ける。


「そんなに気にしなくて良いよ」


 山野さんが見やすいようにパソコンを動かして、俺の座っている近くへ、くいくいっとおしりとクッションをすべらせて近づいて来た。

 距離にして30㎝くらいだろうか。

 それだというのに、なんかもういい匂いがする気がしてうずいてしまう。


「お菓子のお金は後ではらうから」

「このくらいはだいじようですよ。最近、節約してるので」

「ううん、気まずくならないようにわざわざ買ってきてくれたんだし、私がきちんと払う」


 お見通しだった。

 気まずさをすために俺が映画を見ようと言って、お菓子を用意したのなんてつうかされていた。

 まあ、誰だって気が付くか。


「分かりました。お金はもらいます。でも、きっちりと半分だけで」

「本当に間宮君は今日買ってきたお菓子代の全額は受け取らないだろうし、そうさせて貰うね。さてと、準備も終わったし見よっか」

「はい。最初は何から見ます?」

「うーん。笑えるのが良いかな。かぎを無くしてショックだし」


 そう言われたので、見放題のサービスの中から笑える作品を選ぶことに。

 二人して、これも捨てがたい、でも、こっちも良いよねとか言いながら、作品を選んだ。

 映画を再生する前だ。山野さんはこういう。


「せっかくだし、気分を盛り上げるためにも電気を消さない?」

「それも良いかも知れませんね。電気代の節約にもなりますし……。まあ、ほんの少しの節約な上に目が悪くなるかもというリスクはありますけどね」

「それでも、私は電気を消したいんだよ。鍵を無くしてショックな気分を明かりが消えた部屋でプチ映画館気分を味わって元気になるためにもね……」


 という訳で、明かりを消して、お菓子をお供に映画を見始めた俺達。

 だん一人で映画なんて見ている時は笑いもしないというのに、俺もそれにられて笑みがこぼれる。

 映画が流れている際に言葉なんて無いのに、ただいつしよに誰かと見ているだけでいつもよりもわくわくして面白い。


「面白いね。間宮君。それに、これは中々だよ」

「何がですか?」

「お菓子。だって、間宮君がいるおかげでいつもと同じ値段しか払ってないのに、違うお菓子も味わえるから」


 机にはポッキー、じゃがりこ、等々。

 確かに一人だと、同じ値段ではこんなに種類をそろえることは出来ない。


「一人よりも二人ですね」

「で、最後の一本のポッキーはどうする?」


 最後の一本のポッキーは遠慮のか二人とも手出しをしていないせいでずっと残っている。


「山野さんが食べて良いですよ。たかだか、最後の一本のポッキーをめぐって争うほど子供じゃないので」

「私も子供じゃないから、別に間宮君が食べちゃっても良いよ」

「いえいえ、山野さんがどうぞ」

「ううん。間宮君が食べちゃいなよ」


 それから少しの間、どっちが食べるのかを言い合う俺と山野さん。

 で、ちゆうめんどうくさくなった山野さんがポッキーを手に取り、俺の口元へ押し当てて来たので仕方がなく俺は口にくわえる。


「うん、これで良し。さてと映画もいいとこだしだまらせて貰うね」


 最後の一本のポッキーを巡るやり取りをり広げながらも、映画を楽しむのであった。


    *


 二本目が見終わり三本目の映画が流れる部屋。

 すっかりと夜もけてねむが体をおそいつつあり、映画に集中など出来ない。


「んんっ……」


 机にして、ちょっとしたいきを立てる山野さん。

 どうやら眠気には勝てなかったらしい。

 無防備にねむる姿、つややかな髪と整った顔が嫌でも目に入る。


「ほんと可愛いな……」


 見ていて可愛いとしか思えない。

 やわらかそうなっぺたをつんつんとしたい、髪の毛にれてみたい。

 寝ているからバレないだろうと軽い気持ちで手をばしかけてしまう。


「いいや、ダメだ」


 が、手を止める。

 これからの事を思うのなら、手を伸ばしてはいけない。

 山野さんにかれているのなら、今するべきことは手を伸ばす事じゃ無い。

 そっと俺は立ち上がり、いつも使っているタオルケットを手に取る。

 手にしたタオルケットを机に突っ伏して寝て居る山野さんにかぶせた。


「俺も寝るか」


 山野さんが寝てしまったので俺も取りえず眠ることにした。

 本当は山野さんに使わせてあげるつもりであった自分のベッドの上で。

 眠れないのでは? と思っていた。

 しかし、まりに溜まった眠気はもやもやとした感情を押しのけ俺を眠りへといざなった。

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