【第5回】お隣さんの先輩、鋭い。

 やまさんと料理のお裾分けをする仲になってから2週間がった頃だ。

 ちなみにお裾分けをする仲になった理由は簡単だ。

 唐揚げを一緒に作った次の日に山野さんが俺の部屋を訪れて来た。


『これ、昨日のお礼だよ。ほら、場所とかも提供して貰った上にご飯まで貰っちゃったから』


 タッパーに入っているのは炊き込みごはん

 鶏肉とごぼうと人参、キノコが入った美味しそうな一品。


『わざわざありがとうございます。今日はちくぜんを作ってみたんです。良かったら、少しお裾分けさせてください』

『良いの? なんか、また私が恩を受ける感じになっちゃうけど』

『じゃあ、また何か作ったらお裾分けをください」

『もちろん。んじゃ、筑前煮を有難く貰う。炊き込みご飯を作ったは良いけど、おかずはどうしようかなって感じで、もう一品おかずが欲しかったし』


 このような感じで俺と山野さんはお裾分けをする仲となったわけである。

 で、そんな関係になってから2週間が経ち、俺はとある事に気が付いた。

 最初でこそ、山野さんの事をおとなりさんで高校のせんぱいとしか思っておらず、仲が良い友達。

 そんな風に思っていたのだが、気が付けば山野さんの事が気になって気になって仕方がなくなっているのだ。

 まあ、気になるの正体をもっとはっきりと言えばこうだ。


「山野さんの事が好きだ」


 別に何か大きな出来事があったという訳ではない。

 お裾分けをしたり、一緒に料理したり、スーパーへ買い物に行く際、こうに行く。

 劇的な出来事があったわけでは無く、ありきたりの日常であった。

 でも、そのありきたりの日常の中で山野さんのりよくを知った。

 ちょっぴり年上風をかす。

 冗談で場を和ませる。

 決してじんな事でおこらない。

 何よりも、一緒に過ごしていていやじゃ無くて本当に楽しい。


「色んな魅力を知ってしまった」


 顔が可愛かわいいからとか、スタイルが良いからとか、絶対にそういうのが理由で好きになったわけでは無いと言い切れる。


「山野さん……、山野さん……、山野……ん?」


 そんな思いをせる相手の事で気になった点が一つ。


「あれ? 山野さんって山野さんで……山野……」


 出て来ない。

 山野さんの名前が出て来ないのだ。

 名字は山野。名前は……出て来ない。


「……まじか」


 下の名前も知らない相手を好きになったことにおどろきをかくせない。

 そして、いまさらになって山野さんの下の名前を聞こうにも聞けるようなふんではない。


「ど、どうすれば良いんだ?」


 もしもの話だ。山野さんに名前を聞いたらどうなるんだ?


みや君。私の名前を知らなかったんだ……ひどいね』


 げんめつされる? 今となって名前を知らないと打ち明ければ幻滅されるかもしれない。

 まあ、山野さんに限ってそんな事は無いとは思うのだが、好きな人に少しでも幻滅されるようなリスクのある行動は取りたくない。

 絶対にこの程度の事で山野さんに幻滅されたり、きらわれたりしないと分かっていてもだ。


「山野さんの名前を知らないことをバレずに知ろう」


 ひそかな戦いが今始まるのであった。




 名前を知ろうと思い始めた次の日。結局のところ、山野さんの名前を知る方法は思いついていない。


「山野さんの名前を知る方法……」


 学校までの歩き道。ちょっとした空き時間をなやみ事に費やす。


「あ、そういえば」


 名前を知ることのできる機会がある事を思い出す。

 賛否両論ではあるが俺達の通う高校では試験が行われた後、成績上位者を学校のけいばんに張り出すのだ。

 そろそろ期末試験が近く、結果が出れば成績上位者の名前が掲示板に張り出される。

 山野さんは成績が良いと言うか、トップクラスに頭が良いらしい。

 つまり、山野さんはまずちがいなく名前を張り出される。

 それを見れば下の名前を知ることができるという算段だ。


「よし、これでいける」


 無事に山野さんの下の名前を知らないという悩みの解決の糸口を見出した俺は、軽やかな足取りで今日も学校での生活を送ろうと歩く。

 学校に着く間際、クラスで一番仲良くしている友達、こうと出くわした。


「よ、幸喜」

「お、おう。今日はじようげんそうだが、なんかあったのか?」

「そうか? 普通だと思うが……」


 口ではそう言ってはいるが、山野さんの下の名前を知れるというちょっとしたわくわく感は明らかに上機嫌へと導いている。


「ま、普通なら良いんだがよ。そう言えば、期末試験が終わった後、どこに遊びに行くんだか決めようぜ」


 期末試験が終わった後は羽休めとしてみなが皆、遊びにり出す。特にこの時期では、試験が終わった後、皆でどこに遊びに行こうかと相談する季節でもあるのだ。

 道すがら幸喜以外の友達とも出会い、試験前なのに気楽な事でどこへ遊びに行こうかと相談する。


「どこでも良いんじゃないか? ま、カラオケとかボウリングとかそこら辺だろ」


 とあるやつが言う。


「だな。てか、女の子と遊びてえー」


 とある奴が続いて言った。


「おい、だれか。女の子をさそえるような奴はいねえのかよ」


 女の子と遊びたいおとしごろな高校生男子だが、遊びに誘えるような女の子は居ない。


「はあ……。モテてえな……」

「だな……」


 季節は夏前。

 彼女が欲しくなる季節だ。

 夏と言えばイベントがたくさん。夏祭りに花火大会、海、山、川、となんでもありだ。

 彼女が居れば、そういったイベントを楽しく過ごせるのは言わなくても分かる。

 モテない男諸君である俺達は、どこへ遊びに行く相談から、どうにか彼女が出来ないかと話題が変わった。

 ろうどものなげきに耳をかたむけているちょうどその時であった。


「なになに、モテたいの?」


 みっちゃんが話に割り込んでくる。

 男子がモテたいだの言っているのを面白がって近づいて来たのだろう。


「ん、そうだよ。俺達はモテたい。女の子とキャッキャウフフな青春を送りたい」


 幸喜がみっちゃんに言う。

 それにうなずく野郎ども。俺も同じく頷くと、


「ちなみに、みんなに交じって頷くりをしているけど、割と女の子と仲良くしている裏切り者が一人いるね」


 みっちゃんの一言で血気盛んになる男たち。

 一方、俺は血気盛んになるどころか血の気が引いてあせが止まらない。


「ちなみに、裏切り者はてつくんだよ! んじゃ、後は野郎どもでお話し合いだね!」


 ばくだんを残してみっちゃんは俺達の下から去って行き、同じく高校に向けて足を動かす他の友達の下へとけて行った。


「そう言えば、哲。お前。あの特大チーズパンをなぜか半分こにして持って帰って来た事があったよな?」


 友達である幸喜の間宮てつろう、あだ名は哲の俺へ送られる熱い視線。

 野郎の視線などまったくもってうれしくなどない。

 クラスメイトの大半からみっちゃんと呼び親しまれる仕切り屋である学級委員のせいで、俺はきゆうに立たされているとしか言いようがない。


「な、何のことだ?」


 幸喜どころか通学路で出会った他の友達にもねたましそうな目を向けられた俺は言いよどむ。

 ヤバイなあ……。こいつらに山野さんとの関係を知られたくない。

 山野さんとあわよくばとか思って、俺の家に訪れてきそうだし。


「洗いざらいけ」

「取り押さえろ」

「お前ら、裏切り者をがすな」


 これは、話さざるを得ない流れとしか言いようがないかもしれない。

 この学校に通う山野さんという女子生徒とお隣さんで、なんだかんだで仲良くしているという事を。

 だが、変にうわさされて山野さんにめいわくけたくないので俺は口を閉じる。


「話さないからな?」


 みっちゃん。貴様の事は許さん。

 そう思いながら、野郎どもから山野さんの事を隠し通すのであった。


    *


 朝、通学路で嫌というほど野郎どもの質問を受けつかれ気味な俺に、クラスメイトのみっちゃんが話しかけてきた。


「哲君。朝は災難だったでしょ?」

「みっちゃんが原因だろうが。あれか、お前は俺を困らせて楽しんでるのか? なあ、そうなんだろ、なあ」

「えー、だって、哲君が明らかに接点無さそうな女の子といつしよにスーパーでおかい」


 大きな声で周りに聞かせるがごとく口を開くので強引に手で口をふさぐ。


「んー、んー」


 話させろという熱い意志を感じる中、これ以上手で口を塞いでいる方が絵面的にヤバい気がしたので手を口から放す。


「ぷはあ。まったく、女の子の口を強引に閉じるなんて最低だね」

「お前がまた変に噂が立つようなことを言おうとしたのが悪い」


 文句を言い手についたえきぬぐいながらこうする。


「んで、んで、あれからたまに二人で歩いてるのを見るけどどうなってんのかな?」


 まだ続けるか……。


「いや、あの、他の人が居るからその話はやめてくれないか?」

「えー、だって。クラスにしか友達が居ないような男の子が年上のせんぱいと歩いているのをもくげきしたら気になって気になってしょうがないのは私だけじゃないはずだよ? あんなのを見せつけられたせいで私は夜しかねむれない体に……」

「夜眠れていれば十分だろうが」


 もうやめてくれ。

 本当にやめてくれと思いながら俺はみっちゃんにこう言った。


「お前、俺を困らせるような事をしてるが、何かうらみでもあるのか?」

「さあ? どうだろうね。それじゃあ、1限は体育だし私はそろそろえるためにこう室に行くね!」


 みっちゃんはそれなりに大きな声で話していたのだ。

 クラスの中で俺が女の人と歩いていたという噂は広まってしまう。

 本当に変にかんちがいされないことをいのるばかりだ。

 勘違いが進むようなら、しっかりと話しておかないとダメかもなとか思いながら、俺も1限の体育に向けて準備を進めるのであった。


    *


 野郎どもに加えてクラスの女子の一部にすら俺がこの高校の先輩と仲が良いと噂される。

 人間関係ができ、落ち着きを見せ始めた1年生の夏休み前、うきあしった話題が出れば当然食い物にされる。


「なあ、教えろよ。哲」


 幸喜からもしつこく、俺がどんな女の子と歩いていたのかを質問されまくる。

 もういっそのこと、山野さんの事をある程度打ち明けてしまっても良いかも知れない。

 もちろん話すとしたらある程度に留める。おとなりさんという格好のじきになるようなネタはせないとダメである。

 俺だけが迷惑をこうむるのは良いが、山野さんに迷惑は掛けられない。


「絶対に言わないからな。相手に迷惑が掛かったらどうすんだよ」

「っち、しけた野郎だぜ」


 とまあ、男子からはしつもんめ。

 女子からは噂がやくして『間宮って彼女がいるんだって』と言われ続ける。

 めんどうくさいなあと思いながら、家に帰るべく用意を始めると、みっちゃんが俺の下へやって来る。


「ねえねえ、哲君。実際問題、どんな関係なの?」

「教えないからな。いい加減しつこいぞ」


 うざったらしいので、話にあまり応じず帰りの準備を終え、校舎を出て歩き始める。


「哲君。今日はこの後どうするの?」

「スーパーに行く」

「へー、まだきちんとすいを続けてるんだ。えらいけど、哲君らしくないね」


 められているんだかあおられているんだか。

 そして、つうについて来ている。そんなに俺の浮足立った話が好きなのだろうか? と思いながらあしらい続けた。


「まさか、スーパーまでついて来るなんて思いもしなかったぞ?」

「ん? まあ、ほら私って家庭的な女の子だからお夕食のお買い物もあるし、別にスーパーだったらあとをつけても良いかな~なんてね」

「へー」


 適当に返事をしながら、スーパーの中に入った。

 入ると同時に、とある人物が居るのを目撃してしまう。


「こっちとこっちどっちが良いと思う?」


 手にはナスを持った山野さん。

 一人ではなく、みっちゃんの姉であるけい先輩と一緒だ。

 今日は俺が買い出しの日だが、自分の分は自分で買うから買って来なくて良いと言われたのはけい先輩とスーパーで買い物をするからだったんだな。


「あの~、お聞きしますが、間宮哲郎君とはどのようなご関係なんですか~?」


 俺の視界から消えたみっちゃんは山野さんに話しかけていた。

 さすがぐいぐい行く系女子。行動力がだんちがいだ。


「えっと。間宮君との関係?」


 俺の話題が出たせいか、近くに俺が居るのかもしれないと見回す山野さん。

 目が合い、二人して苦笑いをかべる。


「ずばり間宮哲郎君との関係がちょっと気になります! 結構前にスーパーで会った時から進展はあったんですか?」


 ぐいぐいめていく。

 それと同時にけい先輩がみっちゃんに同調し始める。


「みっちゃん。しつこくするのはやめなさいと言いたいけれども、私も少し気になっているのよね……という訳で、教えてちようだい? 哲郎君とどういう関係なのかをね?」


 みっちゃんの姉であるけい先輩もにやにやとしながら山野さんへめ寄る。

 一方山野さんはと言うと、


「んー、ないしよかな」

「あら、そう。なら、良いわ」


 みっちゃん同様にグイグイ来てうざったらしいかと思いきや、けい先輩はすんなりと身を引いて問い詰める事などしない。


「みっちゃん。姉を見習え。お前も聞かれて返事が無ければあきらめろ。な?」

「んー、まあ哲君次第で考えてあげても良いよ?」

「お前なあ……」


 みっちゃんとのやり取りを見てけい先輩がくすりと笑っている。


「けい先輩、少し笑ってますけどどうしたんですか?」

「いえ、まあ、みっちゃんに口止めされてるから言えないのよ。まあ、いて言うのならばみっちゃんは確かにしつこいわ。でもね、あなたには特別にしつこいの。理由は……」


 前にスーパーで会った時と同様に、また何かをかくしている感じで語るけい先輩。


「お姉ちゃん。言わないでよ?」

「分かってるわよ。あなたのささやかなふくしゆう劇については言わないわ」

「お姉ちゃん!」


 おこるみっちゃん。

 復讐劇だと? おい、みっちゃん。まさか、お前は本当に俺に恨みがあって山野さんとの噂を流したり、しつこかったり、しているのか?


「本当なのか? みっちゃん」

「んー、まあね。わざとではあるよ。でも、哲君が悪いんだからね」

「……で、理由は?」

「内緒かな。気が付くまで教えない。まあ、このままだと一生気が付かない気がするし、ヒントだけはあげる。私はクラスメイトです。これがヒントだよ」


 ……クラスメイトがヒントだと?


「分からん」

「まあ、良いよ。分からなくてもさ。私がしつこくうるさく哲君にうだけだし」


 俺とみっちゃんのいんねんについて山野さんは気になったのか、答えを知っているであろうけい先輩に教えてとたのんでいる。


「やまのん。耳を貸しなさい」


 けい先輩は山野さんの耳元で何やら発言した。もちろん、俺には聞こえないようにだ。


「あー、うん。間宮君……。まあ、これは仕方ないと言えば、仕方ないかもだけど、それでも忘れちゃダメでしょ」

「忘れちゃダメ?」

「復讐される理由だよ」

「そんなに俺が悪いんですか?」

「うん、結構悪いね」


 といった具合に色々と話しながらスーパーで買い物をする俺達であった。


    *


 レジを終えて店内から出る。


「そう言えば、やまのんと哲郎君はここら辺の近所に住んで居るのよね?」


 今しがた出たばかりのスーパーで買い物をするという事は、近くに住んで居ると言うのは明白な事実。

 なにせ、この都会で電車に乗ってスーパーまで行き買い物をするなんてよほどの事が無い限りあり得ないのだから。


「まあ、ここら辺ですね」

「うん、ここら辺だよ?」


 明らかにはぐらかしたような答えを二人して言った結果。


「その感じからして、二人はそれなりに近い場所で暮らしているみたいね」


 けい先輩に俺達がかなり近くに住んで居るとかんられてしまった。

 お隣さんだとバレればみっちゃんはうるさいのがさらにうるさくなり、クラスメイトに俺が同じ高校に通う先輩とお隣同士で仲良くやっていると言い振り回すにちがいない。

 となれば、することは一つ。お隣同士である事を隠す事のみだ。

 山野さんも俺と同じ考えらしく、明らかに目配せで話を合わせよ? という感じだ。


「うん、かなり近いね。だから、帰り道がいつしよで会う事が結構あって仲良くなったんだし」

「ですね」


 お隣同士である事をバレないように取りつくろう。


「やまのんの部屋の近くを捜し回れば哲郎君の部屋を見つけられるという事ね」

「けいせんぱいは山野さんの部屋があるアパートを知っているんですか?」

「ええ。でも、そう言えば……やまのんのアパート付近に……」


 言いよどむけい先輩。


「どうしたの? お姉ちゃん?」


 みっちゃんが言い淀んだけい先輩に聞く。


「やまのんのアパートの付近にはコンビニ以外は無いのよね……と思い返していただけよ」


 そんな言葉を言い切った後だ。

 めっちゃけい先輩はこっちを見つめてくる。

 無言でめっちゃ何かをうつたえて来ている。


「……どうしたんですか? なんか、すごくこっちを見ている気が……」

「そう言えば、みっちゃん。私はコンビニでつうはんはらいをしないとダメなことを思い出したわ。先に帰ってて頂戴?」


 ちょうどあった目の前のコンビニ。スーパーで買い物をするようになる前までは良く俺が通っていたコンビニである。

 なる程、俺じゃ無くてコンビニを見ていたのか。


「えー、スーパーで買ったたくさんの荷物を一人で持つのはだるいんだけど」

「お土産みやげにアイスを買ってあげると言っても?」

「それなら良し。んじゃ、先に帰ってるね。お姉ちゃん!」


 元気そうに走り去ったみっちゃん。

 それを見送った後、けい先輩は俺達に向けて口を開いた。


「安心しなさい。みっちゃんにはだまっておいてあげるわ」

「何をですか?」

「あなた達の事をよ。変に口裏を合わせてご近所に住んで居て、たまたま仲良くなったという風にそうとしていたじゃない?」

「さ、さあ? なんの事かな?」


 とぼける山野さんの表情をのがさないけい先輩。


「やまのん。あなたのアパートの近くには別のアパートと言えば、それなりにお高いような物件、もしくはファミリー層向けの広い物件しかない。この事を知らないあなたではないでしょう? 前に私を家に招いた時にこう言ったじゃない」

『このアパート以外だと割とお家賃が高いんだよね~。もし、このアパートが空いてなければ高校から少しはなれた駅の近くで探さないといけなかったんだよ』


 山野さんっぽい口調と声音で演じるけい先輩。

 語られた内容は事実上のけい宣告みたいなものである。


「……まあね。けい先輩が考えている通りで正解だよ」


 隠すことは不可能。

 未練がましくも、山野さんはけい先輩が考えていることを認める。


「まあ、安心しなさい。私はみっちゃんと違ってうるさくするつもりは無いわ。だから、あの子をこの場から追い出したんだもの。でもね、一つだけ忠告しておくわ」


 ごくりと息をむ俺。かたくるしい言い方とちょっとしたな顔つきで忠告と言われれば仕方がない。

 けい先輩は俺達に真面目な顔をして言い放つ。


らちうわさを立てられないように気を付けなさい。あなた達がおとなりさんだとバレれば、仲良くしているあなた達の事を周囲は不埒な事をしている関係。そう思うに違いないわ」

「……でしょうね」

「だろうね」

「そして、やまのん。あなたは指定校すいせんねらっているのでしょう? 確実にいつぱん受験で受ければ合格するのが難しい大学の指定校推薦を狙っているのなら、変に噂を立てられて教師じんの耳に入らないように」

「そうだね。けい先輩の言う通り、そこら辺は気を付けておかないとかな。指定校推薦をもらうために私は生徒会に入ったし、一般受験で狙っている指定校推薦の大学に通おうと思ったら予備校に行かなきゃ絶対に無理。さすがに予備校に通うお金は無い。ま、一人暮らしをして無かったら行けたんだろうけど」


 がらい話である。

 勉強さえすれば良い大学に行けるというのは本当にひとにぎりの天才のみ。

 難関大学受験に向けた対策を行っている予備校に通わなければ、合格など夢のまた夢。

 だからこそ、うちの高校では考えられない程のレベルの高い大学の指定校推薦を狙う。


おどしのような事を言ったけれども、安心なさい。やまのんがよっぽど変に噂されなければ平気よ。ただ少しだけ頭のすみに今言ったことを置いておきなさい。せっかく、成績上位で生徒会にも入って、指定校推薦を貰おうと努力しているのにもったいないじゃない」


 山野さんが良い大学の指定校推薦を狙っていると初めて知った。

 それにあたって、生徒会に入っているのも知った。

 そんな彼女の努力をにしたくない。確かに、けい先輩の言う通りよっぽど変に噂を立てられなければ平気だろう。

 だからこそ、指定校推薦を狙っている山野さんに対する教師陣の心証など周囲は気にせず噂するはずだ。


「山野さん。みっちゃんはうざったく言いふらしそうなんで特に気をつけます」


 みっちゃんはたかだか不純異性交遊の噂程度で教師陣の心証が悪くなるわけが無いと思うようなタイプだろう。

 山野さんにめいわくけてきらわれたくないのではっきりと宣言した。


「考えすぎだって。別にへーき、へーき。ほんとに少しだけ気にしとけば十分だよ」

「そうよ。哲郎君。別に気にし過ぎることは無いわ。それこそ、やまのんとのいろこいに関しては気にせずにガンガン行けば良いと思うわ」


 向けられる、お前ら本当は出来ているんでしょう的な視線に山野さんがいち早く反応した。


「勝手に間宮君が私の事を好きだと決めつけないの、けい先輩。ごめんね。けい先輩がうざくて。ほら、間宮君をからかわない。というか、間宮君こそ私なんかと噂を立てられたら女の子たちからモテなくなる。あいつは彼女が居ると知れわたれば、近づいて来る女の子が少なくなっちゃうもんね。よし、分かった。私もなるべく間宮君が変に噂されないように気を付けるね!」


 その様子を見てけい先輩はにこやかに言った。


「やたらと必死に哲郎君に迷惑を掛けまいと……ま、これ以上言うとおこられそうだから黙っておくわ。それじゃあ、私は本当にコンビニでアイスを買ってから帰るわね」


 手をひらひらと振りながらコンビニへと入って行くけい先輩であった。

 たがいに迷惑が掛かるのをおそれ、外ではお隣さんというのをかくす事になった。


「二人して秘密を隠し通すってわくわくというか楽しい気がする。全然、楽しいような事じゃ無いのにね」

「ですね。という訳で、これからはあんまり噂をされない程度に仲良くお願いします」

「そうだね。私も間宮君に迷惑を掛けないように気を付けるね!」

 

 互いに迷惑を掛けないようにと立ちいに気を付けよう。




 そんなことを言いあった俺達はつうにアパートへと帰って来た……はずだった。


「どうしたんですか?」


 困り顔でポケットをがさがさとあさる山野さんにどうしたのか聞く。


「間宮君。私、家のかぎを落としたみたい」


 青ざめた顔で山野さんが告げた。

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