夜半の火

 新政府軍が城下町に流れ込んでからも戦闘は続いている。遂には平城の外堀を突破し、田町たまちに侵入すると、事態が動き出す。六月二十九日に一度退避させた老公、安藤信正あんどうのぶまさを家臣団が説得し、再び退避する事になった。信正の退避には純義隊が護衛としてついた。


 が、そればかりではなく仙台藩参謀の古田山三郎ふるたやまさぶろうら仙台藩の兵力の大半も、信正を仙台まで護衛するために退避すると言い出した。彼等にとって、磐城平の戦いは一地方の戦いに過ぎない。城を枕に討ち死にまでする気はないし、その様な作戦は立てない。


 無論、要所をおめおめと敵に渡す気はないので仙台藩も相馬藩も援軍は派遣したかったのだが、平を巡る戦いで疲弊して、軍の再編成中であった為に援軍は送れなかった。また、四ツ倉に詰めていた米沢藩の江口大隊は、笠間藩の飛び地領である神谷かべや辺りまでくるも、笠間藩の砲撃を受けて戦意なく撤退していた。絶望的な状況下でありながら城に籠る磐城平藩の兵や相馬将監そうましょうげんを頭にした相馬兵、それに撤退命令を跳ね除けた一部仙台藩の兵士達の戦意は高かった。


 城の西に位置する六間門を守る相馬将監は奮戦した。何度となく押し寄せる新政府軍を押し返していた。だが、小勢の為、磐城平藩に援軍を要請する。急ぎ現れたのは、磐城平藩の神谷外記かみやがいき率いる一隊だ。一層激しさを増す六間門の戦いだったが、新政府軍の放った山砲の一撃が六間門の外張門である高麗門のかんぬきを破壊する。


 新政府軍は一瞬反応が遅れ、門の守備隊からは土俵を持って来いと言う声が上がった。それが分かれ目になった。土俵を用意できなかったが、守備隊は城内から米俵を持ってきて、急ぎ積み上げて弾避けとしたのだ。雪崩れ込む絶好の機会を逸した新政府軍は、六間門を突破できない内に夕刻を迎える。その頃に、磐城平藩の家老である上坂助太夫こうさかすけだゆうも兵を指揮して奮戦していた。六間門の守備兵の士気は下がらず、その対応に苦慮した新政府軍は、その後も攻勢を続けたが、結局六間門を突破する事は叶わなかった。


 一方、外堀の中にある城下町である田町から城内に攻め入ろうとしていた新政府軍だったが、此方も思うように突破できなかった。記録が残る薩摩藩の本府小銃九番隊を主軸に添えて見てみると、彼等は城を攻めるまでは特筆すべき苦労も無かった様だ。砲台を落として進軍を続けた彼等だったが、田町に入り込む為の第一の城門である才槌門の前にまず苦戦した。本府小銃九番隊も隊長が機転を利かせ、門の脇の塀を乗り越え、門を開け放って友軍を招き入れた。


 だが、続く第二の城門、これは田町外張門であろう。ここでも苦戦を強いられた。才槌門を抜ければ、そこは最早激戦区。磐城平藩や相馬中村藩、それに仙台藩の居残った者達の猛攻が待っていた。銃弾や砲弾を打ち込み、第二の城門に辿り着かせぬように抵抗した。この戦いで本府小銃九番隊の隊長も負傷している。だが、新政府軍はその猛攻を押し切り、数多の兵を討ち取って第二の城門である田町外張門を突破した。


 最終的には三つ目の城門、田町内張門を破ったのだが天主は未だに遠く高い。また、城の櫓からは守備隊の放つ砲弾や銃弾による攻撃が激しく、防御のしようがなかった。如何にか堀の土手に生える杉林を盾に戦うが、それ以上の全身が出来なかった。ただただ攻撃を続ける以外には道が無かったようである。


 そして夕刻が迫り夜が訪れる。平潟勢の参謀たちは一旦兵を退く決断をした。だが、本府小銃九番隊を含めた前線の兵士の思いは違った。今を落とさねば、この城は落ちないと口々に攻撃の続行を求めた。一説には三千対二百の戦いで在ったと言われる平城を巡る戦いは、優勢と思われていた攻め手側をも心理的に追い込む激戦だった。


 六間門を攻めていた部隊は兵を引いたが、本丸を目指していた薩摩藩所属の本府小銃九番隊や他藩の兵士は退くことなく夜通し攻撃を続けた。


 これが守備側には効いた。


 すでに弾が無い、砲弾など無く代りに石を打ち放つまでに物資に困窮していた。補給の当てすらない。既に小銃の弾も二千発があるかどうか。この段に及べば、これ以上の抵抗は無意味である。田町方面から銃声は響くが、抜かれないと判断した磐城平藩の主だった者達はそう決断を下した。だが、ここで一つの問題が起きる。


「では、全軍は退く準備に移れ。私は殿より城を預かる身、城を枕に討ち死にいたす」


 そう、城代家老の上坂助太夫が言い放ったのだ。


「馬鹿を申されますな!」

「この一戦で全てが終わった訳では無いのですぞ!」


 神谷外記も中村茂平なかむらもへいも共に退くように求めるが、上坂は一切聞く耳を待たなかった。軍議を打ち切ると、相馬中村藩の指揮官、相馬将監の元へと向かった。


「これ以上の戦闘は無意味、相馬殿もお退きなされ」

「うむ、こればかりは致し方ない。上坂殿も撤収の準備をなさるが良い」

「私は城に残り討ち死にいたす所存です」


 この言葉に相馬将監も諫めに掛かるが、如何にも上坂の意思は固かった。なれば仕方なしと相馬将監は言った。


「上坂殿の覚悟は相分かり申した。なれば、私も城に残り最後まで戦いましょう」

「そ、それは……」


 相馬中村藩の名前から分かる通り、大名に連なる者である相馬将監の、自分も討ち死にいたすとの言葉にはさすがに上坂も怯んだ。この年若い、最後まで磐城平の為に戦った相馬の武者をこの様な場所で死なせる訳には行かない。上坂は自身の意地を捨てる決意をした。


「そこまで仰せとあれば、私も城を去りましょう」

「それが良い、戦はこの一戦で終わりではない」


 そう告げた相馬将監に頷きを返して、上坂は支度の為にその場を後にした。


 夜四つ、現代で言う所の夜十時過ぎ、断続的になった守備隊の攻撃を訝しむ間もなく、新政府軍の兵士達は闇夜に煌々と灯る炎を見た。それは撤退に当たり、城を遣わせぬためと、進行を阻むために磐城平藩兵によって燃やされた磐城平城の本丸が燃え上がる光景であったのだ。


 かくして、新政府軍の平潟上陸から約一ヶ月にわたる磐城平での戦いは幕を閉じる。

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