小名浜防衛

 植田の戦いが始まる前に幾つかの行動を起こそうとしていた男がいた。名を桑原重左衛門くわばらしげざえもん、当時五十六歳。前線にでるには少しばかり年が行っているが、四月の終わりには砲兵の編成を許されている。その石高は八十俵と言われているが、これは概ね八十石相当と考えてよいだろう。


 話は少し遡るが、平潟より北にある小名浜港、それより僅かに北にある中ノ作にて奇妙な蒸気船が発見されたのは六月十五日の夜半。六日より中ノ作の防衛に当たっていた重左衛門は、様子を見ていると船は北の方へと退散していく。まさか、新政府軍の船かと北の江名浜まで斥候を出すも上陸した形跡もなく、何とも言えない心地を覚えながら兵を戻していた。


 そして、六月十六日に齎された平潟ひらかた上陸の報。蒸気船三隻が平潟へ着き、小舟にて二十名ほど上陸したと言う報告を聞き、急ぎ斥候を放った。夕刻に戻った斥候が言うには、既に戦いが起こり、何処の藩かは分からないが一人戦死したと言う。また、三百人ほどが上陸している様だとも。


 この報告聞けば、重左衛門は十二日より共に中ノ作を防衛していた仙台藩士にして軍制方の壱岐一郎いきいちろうと軍議を行い、官軍が要地を固める前に夜打ちを掛ける必要性をとくと、壱岐はもっともと頷きまずは植田方面へと斥候を放っている。その斥候が戻って伝えるには、平潟守備の仙台藩も瓦解し、植田へと引き集まっていると言う事だった。


「……もう、か」


 その報告を聞き重左衛門は顎の髭を撫でやり、苦く呟く。敵が早い。それに、平潟を取られたと言う事は、白河への間道も容易く作られる。そうなれば、敵は白河の総督府と連携し、海陸共に攻撃を食わてくる可能性すらあった。そうなれば、平城を守る事は難しい。


 再び壱岐と軍議を行い、重左衛門は中ノ作の兵を分けて、白河への通路を取り切り、街道より人数を繰り出し、残った砲兵部隊で山を回り平潟の裏に出て、尚且つ浸透させた分隊に火を掛ければ勝機はあると説く。次々に語られる計略に僅かに驚く壱岐に重左衛門は言い切った。


「平潟の地形は、前は海、後ろは山。僅かに桟を用いた通路と致す場所。密集場所に火と砲弾が襲い掛かれば、まずは勝てましょう」

「確かにそうだ。急ぎ参謀古田山三郎ふるたやまさぶろう殿と相議致す」


 壱岐はその有用性を認め、仙台藩参謀が詰める湯本の地へと向かった。もし、古田がこの言葉を聞き入れて居れば、如何なっていただろうか? 新政府軍に各個撃破されただけか、或いは、何らかの打撃を与えられただろうか。ともあれ、この計画は実地されなかった。古田は、万が一中ノ作が奪われる事を恐れて、防衛に勤めよと命じただけであった。


 六月十七日、日中に響き渡る銃声や砲声が植田辺りから響く。物見が山を登って植田を見れば戦火が垣間見え、大きな争いが起きていると伝えた。急遽、重左衛門は斥候を植田へと放つ。砲声鳴り止まない時間をまんじりと過ごす重左衛門の元に斥候がある報告を持って帰ったのは八つ半、今で言えば十五時。小名浜に蒸気船一隻向かったとの報告が中ノ作防衛部隊にもたらされた。


 重左衛門は中ノ作の防衛も厳重に当たる様に部下に指示を出しながら、小名浜へと再び斥候を差し向ける。二人送り出したうちの一人が急ぎ戻れば、既に戦いは始まっていると言う。


「小名浜の防衛は、数が少なく難儀しておる。壱岐殿に相談し、小名浜に援軍を送らねば……」


 小名浜を守るのは大砲長である緒形善右衛門おがたぜんえもん。会津征伐では新政府軍の指揮の下で戦い、つい先日はフランス船用の砲弾の作成を行わせる等、砲の扱いに長けている。だが、如何に緒形が新政府軍と戦える能力があろうとも、その兵数はあくまで少数。急ぎ援軍に向かわねばと考えると同時に重左衛門は動き出していた。



 重左衛門が小名浜港の僅かに北、高台の在る神白かじろと呼ばれる場所に兵を進めた頃合いにも、蒸気船と砲兵隊の打ち合いは続いていた。緒形の砲兵達も、当初は三十間も船の手前に着弾させる等、不手際があったが、着弾は徐々に船に肉薄していた。だが、それは蒸気船側も同じようで、今の弾は緒形から畳数枚しか離れていない場所に着弾している。


「打てっ!」


 緒形の指示で弾が飛ぶ。少数ながら小名浜の防衛隊は必死に戦った。そして、別方面からの砲弾が蒸気船へと向かって飛び着水すれば、蒸気船は分が悪いと悟ったか、暫し打ち合ってから小名浜への上陸を諦めて撤退した。緒形が弾が放たれたであろう神白へと視線を向ければ、磐城平ののぼりが風に揺れているのが見えた。

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