植田の戦い、その顛末
新政府軍は約六百名の第二陣を待って待機中であったが、当然ながら周囲に斥候は放っていた。そればかりか、近隣の諸藩に従うようにと通告まで出していた。出来れば受け入れたいと言うのが諸藩の思惑であったが、磐城平藩は老公の安藤信正がそれを許すはずも無く。泉藩、
それほどまでに、仙台藩の兵力は恐ろしかったのだ。だが、その仙台藩の力、そして戦いぶりが思ったほどでは無かった事を思い知る事になろうとは、小藩でしかない三藩には思いもよらぬことだっただろう。
さて、新政府軍が放った斥候と列藩同盟側の斥候が関田の地で遭遇してしまい、銃撃戦となる。応援を請われた治左衛門は、配下の騎銃士隊から七・八人を関田に向かわせた。だが、早々に破れた。敗戦の報を聞いたとて、意気消沈などしていられない。新政府軍の新式銃の威力を全く知らぬ訳でもない。斥候同士の戦いのみで未来を決めるのは馬鹿げていると、早々に行われた軍議。
磐城平藩からは平藩士の隊長である
「あるいは、信じようとしたかだ」
「如何がなされた、外記殿」
「いえ……」
軍議が終わり、一人地図を眺めていた外記に声を掛けて来たのは、
「此度の進軍で林様と共に向かいますは、当藩の騎銃士隊を含めた精鋭。であれば、足を引っ張るような真似は無いかと思います」
「実の所、貴藩の士気に疑う余地は持ってはいない。どの様な小藩であれ、お家の危機に立ち向かうは武家の嗜み……ただ……」
「ただ?」
「この戦の要たる仙台の兵士たちは、何処か他所事のように思われる。如何にもピリッとしない」
その言葉に外記は返す言葉が無かった。実の所、仙台藩の兵士達から感じる緩みの様な物は外記も感じていた。如何に磐城平藩が抜かれれば、次は相馬、そして最後は仙台と言う経路であろう事は明白であったとしても。何故、他所の藩の防衛に心血を注がねばならないのか、とでも言うような緩みを感じずにはいられない。列藩同盟の成立は五月。一カ月が経った程度の現状で、一体どれだけの兵が本気で他藩を護る為に戦うのだろうか。徳川宗家の為と命を投げ出す者が無いでもないだろうが……。
外記の言葉に出来ぬ思惑を読み取ったのか、忠崇は元藩主としての鷹揚さからか、軽く肩を叩けば。
「想定通りの数であれば何とかなる。まずは我らが死力を尽くせば、仙兵も釣られて戦うだろう」
そう告げた。だが、それは何処か自分に言い聞かせているかのような響きだと外記は感じていた。想定通りの数の兵数であれば、或いはよい勝負が出来たかも知れない。しかし、新政府軍の派遣した兵数の第一陣は、実の所、三百を大きく上回る九百であったことを彼等はまだ知らなかった。
治左衛門や忠崇が進軍する先は
「同士討ちの計も無理であろう。ならば、完全に孤立する前に退くより他はない」
「……承知しました」
「――我らの奮戦、足らなかったか……」
忠崇の吐き出す様な重々しい一言が何を示していたのかは、治左衛門には分からない。ただ、何か思いつめた様な色を感じ取り、治左衛門は押し黙った。
結局、関田で負けた列藩同盟は、植田の戦いでも負けた。人見勝五郎は仙台藩の部隊が崩れた為の敗走であると告げていたと言うが、仙台藩の戦いぶりを記した文章には人見勝五郎らの敗走が先で在ったとする物がある。何方が本当かは今となっては分からないが、敗戦の責任が何方であるにせよ、その責任を擦り付け合うようでは連携が取れているとは言えない。治左衛門が密かに抱いていた危惧が、表層に浮かびあがるのを確認しただけの戦いであった。
とは言え、敗北したからとおめおめと引き下がる訳には行かないのが、磐城平藩、しいては神谷外記だ。六月とは旧暦の事、今で言えば八月の炎天下の中、山中で戦いを行った兵たちは疲労困ぱいの極みに在り。幾人かの戦死者を出しながら如何にか諸藩の兵は植田の陣に戻ったが、外記らの部隊は新田山にて防戦が可能か否かの軍議を始める。兵たちはその間に一時の休息を得ていたが、不意に響くドォンと言う大音声。海岸より蒸気船が追い打ちの砲弾を撃ち込んできたのだ。幸いなことに歩兵の追撃は無かったが、最早休息どころの騒ぎではなくなった。運良くこの攻撃ではけが人もなく、ひとしきり砲撃した後に蒸気船は小名浜方面へと去っていくと、物見が叫ぶ。
「小名浜港が落ちたら、事だぞ」
「防衛に当たるは砲兵。その指揮は緒形殿の筈、中ノ作の桑原殿も動きが速いお方、早々に落とされぬでしょう」
「……であれば良いが」
会津征伐に赴き、新政府軍の指揮下で戦った事もある緒形や、老練な戦略家ぶりを示す桑原が防衛に当たっていれば良いがと外記は小さく息を吐き出す。ともあれ、この緒戦は敗北。これを如何に挽回するべきかに頭を使わねばならなかった。
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