♡Q

The Queen of Heart

「ジョーカーに勝てる方法、知りたいですか?」

唐突に現れたクイーンは、これまた突然こんなことを言い出した。

「ジョーカーのことなんて忘れていたよ」

「ま、消えちゃう問題はでかすぎですもんねぇ。僕だって嫌ですよ、そんなの。でもこれとそれとは別。僕は僕なりに……あー、んで先生? ジョーカーは?」

詰め寄ってきたクイーンから、なんとなく一歩下がった。何というか彼は圧が強い。

「ジョーカーの話なんてしばらく出ていなかっただろう。干渉してこないんだから、気にしたって無駄だよ」

「そんなことないですよ。皆の体の中はぎっちりとジョーカーのことで埋め尽くされています。ぎちぎちぎちぎち……ああ、今でも聞こえてくるなあ! 彼の言葉が……っ、ほら……僕に言ってる。ハートのクイーンなんだから美しくあれってさ。なんだい? ケイトに負けてるって。エースに負けてるって、何が? 具体的に何が? ドレスでも着ろっての? 先生ドレスの作り方はご存知?」

「クイーン、落ち着いて。一回口を閉じてみて」

「先生は悔しくないんですか! 僕がジョーカーに理不尽なことを言われて! どうしてですか、協力してくれたっていいのにっ」

前にも増してしつこくなっている。何かあったのだろうか。

「……あれ? ダメだ。僕なりに考えてみたんですけど。僕が勝つ方法」

そういえば前に、ハートのクイーンが勝てるゲームはなんだと聞かれた気がする。

「ああ、なるほど。それで思いついたのがジョーカーの話題というわけか。え、何のゲームなの?」

「あーこれ、あれだあ。あれあれ。あれですよ。鈍感さん! 先生は鈍感さんだ! あはは!」

「……大丈夫? クイーン」

ゲラゲラと笑っていたクイーンは、くるりと半回転してこちらに近寄ってきた。指先を首元に近づけ、ボタンを指でいじっている。

「先生、キスしましょう」

「どうしてそうなったのかな」

クイーンの思考回路はなかなかめちゃくちゃだと思う。特に数字後半組は皆どこかアクが強い。

「したくないんですか? しましょうよ」

「突然すぎて冷静になってきた。しないよ」

「嫌なの?」

「嫌っていうか、理解できないよ」

「理解? そんなの必要ですか? したいか、したくないかの簡単な二択でしょ。それ以外なんてない」

ぐいぐい体を近づけてくるクイーンの体を押さえる。動物を躾けているような気分になってきた。

「えー、これもダメ? 結構考えたんだけどなぁ」

「何を考えてきたんだい」

「だから、勝つ方法」

「何に勝つの?」

「そりゃ……みんな」

「皆って、どうして」

「男なら常に戦い。勝ちたいでしょ。上に立って見下ろしたいでしょ。僕は優しいからふんぞり返ったりはしない。僕なりに統治してみせる」

「リーダーになりたいの?」

トップに立ちたい人間が行う行動とは思えないが。

「違う。リーダーは一番ってことじゃない。一番になりたいの。ハートのクイーンを最強にしたい」

「いまいちよく分からないけど」

だから! と叫んだクイーンの声は今までで一番大きかった。

「みんなの一番は先生なの。それは僕にとってもそうだから、それでいいの。で、その先生の一番になりたいの」

「私の……一番?」

「そう。僕調べで今一番好感度が高いのは恐らくエース。次にサイスやエイトらへん。地味にジャックもお気に入り。デュースも好きなのかな。僕の順位は下下下! 下位! どうして! あ、あれですか。あの子達が良い子だからですか。僕もデュースの子守をして、時にはこんなシリアスな顔をしながら先生に話しかければいいですか!」

むっと言いながら眉間に皺を寄せるクイーンに思わず笑ってしまった。顎に指までつけて、完璧だ。

「僕は真剣なのに。お笑い要員ですか」

「まぁ面白すぎるけどね。あはは、うーん……気持ちは分からなくもないけど。君から見て、彼らを贔屓してるように見えたか。私はあまり気にしていなかったけど……彼らと話す機会が多かっただけだと思うよ。確かに頼りになるけど、それだけが判断基準じゃない。というかクイーン、君が私に好かれたいと思っていたなんて、驚きだよ」

「先生の一番のお気に入り。これがどれだけ名誉なことか、貴方には分かりませんよ。あーあ、そもそも生まれた時から差があるんですよ。よく言うでしょ、最初の子が一番可愛いって。そりゃエースが強いですよ。十二番目なんて勝てません。あとのあとのあーと!」

「でもその数字は自分達でつけたんでしょ? あんまり関係ないんじゃないの」

「先生! この数字をくじで決めたとでもお思いですか! やれやれ……大事な数字なんですよ。もう何時間話し合いをしたんでしょうかね……そりゃもう気が狂うほどの時間をかけて……たんだっけ? 忘れちゃった。まぁでも、エースは最初からエースですよ。一番を他に背負える子なんていませんから。仕方ないんですよ。一番以外は流れで決まった感ありますけど、エースは特別です。僕は名乗る時確かに恥ずかしいけど、ハートのクイーンという名前は結構気に入っている。僕にこそ相応しいと思うほど、しっくり来ている。別にクイーンとかハートっぽくないけど、どこも」

「私は誰かを一番と決める気はないよ」

クイーンは悩ましげに頭を抱えた。彼の苦難をいまいち分かってあげられない。

「じゃあしてください! 僕を一番に! 本気で思ってなくてもいいから、クイーンが一番好きだと! さぁさぁさぁ!」

「それで満足なの、君は」

「満足です!」

「ジョーカーの話やキスも、一番だと言われる為の作戦だったの?」

「もちろん」

「……じゃあクイーン、君が一番だよ」

ひゃっほうと飛び上がったクイーンだったが、すぐに表情を戻した。

「全然気持ちがこもってなぁーーい! もっと愛して! 世界中にこの愛を叫びきって!」

「君はハートのクイーンに相応しいよ、とてもね」

「あああ、ダメです。そんな冷めた目をしては! 違います違います、もっと情熱的に!」

からかったらどうなるかと頭に過ったが、もっと面倒になる未来が見えたのでやめる。私が黙っていても、クイーンは一人で喋り続けた。

「あれぇー僕ってこんなキャラじゃなかったような? もっと冷静で俯瞰的に見てて、こいついざという時に何かやってくれそうな、秘蔵的な、そういうクールなレアキャラだった、はずなのに」

つい堪えきれなくて笑ってしまうと、クイーンはやっと黙った。

「君は間違いなくお気に入りではあるよ。順位をつける気はないけど、相性というのはあるからね。君が私といるのが苦痛でないのなら、もっと話そう。私が自分でも気づかないうちに君といるのが心地良いと、君が一番だと思う時が来るかもしれない」

一応は納得したようで、完全に大人しくなった。

「じゃあ先生一つだけ、簡単なお願いが」

「とりあえず聞かせて」

「僕にも服を作って。これもう飽きちゃったから」

「ああ。ハートのクイーンに相応しいドレスを君に送るよ」

手を取って、甲に恭しく口付ける。それで満足したのか、下から見る彼は本当に女王様のようだった。

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