♣︎3

階段を降りる。不思議と暗闇でも難なく歩けた。躓くことはせず、真っ直ぐと足を動かす。

「……そこにいるのは」

一階まで降りた時だった。そこだけぼんやりと明るくなったかのように、姿が見える。

壁に背をつけて、膝を抱えていた。

「トレイか」

彼は何も答えないが、ゆっくりと顔をこちらに向けた。

「……何しに来たんだ」

少しだけ敵意のようなものを感じたが、トレイの目はほとんど力をなくしていた。

「良かった。トレイは襲われたりはしていないみたいだね」

姿が見えて安心したと言うと、呆れたように息を吐いた。

「なぁ……なんでなんだ?」

「え?」

「どうして……あいつらだったんだ」

シンク、ケイト、ナインのことか。それは私も知りたいことだ。

「何度考えても理由が思い浮かばない。ということは、理由なんかないのかもしれないよ」

「……っ」

それはトレイの求めている答えではないだろうけど、そう言うしかなかった。

「シンクはなんとなく分かる。ずっと疑ってたからだ。でも他の二人は? ケイトやナインは疑うどころか、自分を犠牲にしてでも皆を守る奴らだろ」

「シンクが疑っていた?」

「……あー、その疑うっていうか。信じてないんだよ、誰も。自分自身でさえ信じていなかっただろうね。それを邪魔に思う奴がいても不思議じゃない。この発言をした後で言っても意味ないかもしれないけど、俺はシンクのそういうとこ嫌いじゃなかったんだ。でもそれが理由だとすると、残りの二人に当てはまらない。いや、それぞれに理由があるのかもしれない。ケイトはケイトで何かが邪魔になった……」

「トレイは犯人が人だと思っているの?」

「多分な。オバケとか、イメージできない」

「それは……知ってる人ってこと?」

「やりそうな奴……っていうか、やってもおかしくない奴は数人浮かぶけど、消す方法が分からないからな。そうなると誰も当てはまらない」

「こんなに暗い空間だから、どこかに隠し通路や部屋があってもおかしくはないけどね。彼らが素直に従うかな」

「その場合、二人を力づくでなんとかできる奴か、二人が従う人間……」

「……エース?」

「ああ、可能性が高い一人だな。シンクが消えてるっていう点が特に。そうだった場合エースと二人きりにならなければいいのか? エースと二人にして消えたら確実か?」

「いや、エースといなくても、伝えるだけでいいだろう。目印を決めて、そこから何歩歩くとか伝えておけば……ここまで見つからないということは、もっと複雑なのかな。何か合言葉みたいなものが必要とか」

「本を決まった順番で動かせば本棚が動いて、秘密の部屋が現れるとかな。あーそう考えると、いくらでも可能性がありそうに思えてきた。ここってただの学校に見えて、もっと面白い空間なのかも」

トレイはゲームをやっていた時のような顔に戻っていた。

「俺も探してみようかな。ナインより先に消えたら、そいつの目的を崩せるだろ」

「私も一緒に探してみようかな」

「先生はやめろって言うと思ったけど」

「攻撃だよ。防御ばかりじゃ勝てないってね。力では勝てなくても、頭脳でなら……勝てなくても、知っているのと知らないのではやっぱり変わるだろう」

「……ダメだよ、先生は。今消えちゃダメだ。最後まで守ってくれよ、皆のこと」

「トレイ……」

「最後の一人が残って、その時点で無理だと思ったら、そいつと二人で終わらせて。一人にはならなくていいから」

「トレイは最後まで残る気はないの?」

からかうように聞いてみたら、想像よりも柔らかく微笑んだ。

「俺はじっとしていらんないんでね。ゲームならとことんやりたいんだ。そういうタイプは大抵早めにゲームオーバーする。分かってるけど、奇跡を願ってもいるから。一発逆転に賭けてるんだ。一か八かって奴だな」

「頼もしいんだけどな、君がいると」

「そうかぁ?」

伸ばした手は自然と頭に向かっていた。トレイの、他の子より短い髪に指が通る。

「はは、もちろん」

つんつんとはしているが、髪質は思っていたよりも柔らかい。まるでトレイのようだ。いや、この表現の仕方は正しいのか?

「先生……もし俺が秘密の部屋を見つけたら教えにいくよ、絶対に。だから消えた時に俺から何かしら……声が聞こえればいいんだけど。まぁメッセージを伝えようと努力すると思う。それがなかったら、できない環境にいると思ってくれ」

「ありがとうトレイ。でも君が消えたら困るんだからね、それは覚えておいてよ」

手を軽くぶつけ合って、誓いを交わした。

「君がリーダーでも良かったんじゃないの」

「めんどいから、絶対おことわり」

暗い室内には似合わない笑い声が、しばらく響いていた。

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