疑惑の人
少女は家に帰って家族に見知らぬ人物の事を尋ねた。どうやらあの人物は旅をしながら絵を描いている男だと村で話題になっているようだ。この村を訪れる者など殆どいない。余所者がいればそれだけでも目立つが、それが絵描きともなれば奇異の目を向けるなと言う方が無理であった。絵描きなど奇妙奇天烈な人物しかいない、 そうみんな思っているのだ。例に漏れず、この少女もそう思っていた。
村社会というのは閉鎖的で、奇抜な人間は排除する傾向にある。勿論そのような所ばかりでないのだろうが、この村はその傾向に当てはまっている。詰まる所、あの絵描きを歓迎していないのだ。父親も母親も近づくなと注意するし、この少女も無闇に近づくつもりはない。
そんなつもりは、微塵も無かった。翌日、また絵描きを見つけた際も全く興味を持たずに直ぐに立ち去った。その翌る日も、その又翌る日も、絵描きを無視し続ける。
老夫婦の飼っている犬と同じだ。視界に入れても、気にしなければいい。簡単だった。どうして簡単だったのか、そんな事を考えるなんてしない程に簡単だった。
それが少し変化してしまったのは、偶々絵描きが森の方へ歩いて行くのを見てしまったからだ。そちらは墓地と御堂しか無いような場所で、余所者にとっても面白い場所では無いだろう。一体、何の目的があって行くと言うのか。
少女は暫し考えて、ある可能性に行き当たった。この絵描きは絵描きのフリをした泥棒なのでは無いか−そう考えたのであった。旅の絵描きならば色々な場所を巡って犯行を重ねることができる。自分自身の事を話さなければ、嘘がバレる事も無いだろう。絵が下手であれば疑いを持たれるかもしれないが、素人に絵の良し悪しは分からない。ただの落書きのような絵ですら「これが芸術なんだ!」と豪語すれば納得してしまう。
さて、墓地と御堂に金目の物は…ある。幾らになるのかは分からないが、仏像と掛け軸は売れるのかも知れない。多分、絵描きを名乗る人物は御堂に何があるかなど知らないであろう。村を探し歩いているのか、偶然か。そもそも泥棒かどうかも知らないが、疑惑がある以上注意を払う必要がある。
そんな子供じみた変な正義感に背中を押されて、少女は舗装されていない道を走った。一歩踏み出す度に土埃を上げ、地面が削れるジャリという音が重なっていく。追跡には向かない道だが、少女は気にも留めない。泥棒を追いかけているかも知れないという高揚感が彼女の想像力と判断力を鈍らせて、その足に推進力を与えていた。
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