光の果て

相沢唯愛

片田舎の山村

 ザクッ、ザクッと荒い氷のような積雪を踏みつけて少女は進む。長靴をズボッと踝の辺りまで埋め、足の甲の上に流れてきた雪を蹴り上げながら歩く姿を見た者は「彼女は苛立っている」と推察しただろう。

 何故推量の形を取っているのか、と問われれば簡単だ。彼女が苛立っている事をこの村の住民なら誰でも知っていたのだ。誰も彼女の心情を推し量る必要など無いのだから、仮定のものとして推量の形を取らざるを得ない。

 では、何故彼女は苛立っているのか。これに関しては彼女に問うてみなければ分からない。しかし、彼女も何に苛立っているのか分からない。どうしてこんな死んでいくだけの村を出て行くだけで、このような気持ちにならなければならないのか、少女は分からなかった。


 そう、この村は片田舎も片田舎−山奥の僅かな平地を切り開いただけの小さな村だ。昔は木材を切り出していてそれなりに賑わっていたらしいが、現在その面影を残すのは偶に汽車が止まる無人駅だけしか無い。畑や田を開墾し、自分達の食べる物分だけを作る自給自足の生活をする−前時代的な村だった。

 ひゅうひゅうと隙間風が吹き込むとしか思えない程歪んだ建具。風や雪ではなく、経年劣化が理由であろう。直さないのはそれを大工に頼む金が無いから。自分で直さないのは、そんな技術も時間も無いから。

 弱々しい犬の声が聞こえる。少女も知る老夫婦が飼っている犬の声だ。この犬はとにかく細い犬で、食べ物を持った人間の後を追う事で有名だった。十分な食事を与えられていないのだろうと皆同情的な視線を送るが、誰も食事は与えない。そんな余裕のある家など、この村には存在しない。

 あの老夫婦もこんな大きくなる犬ではなく、小さな犬を飼えばよかったのに。それならば彼らの与える食事で事足りただろう。雑種としか思えない程歪みのある体躯−大きさからして大型犬の血が流れていると予想される犬はもう、老夫婦の手に余る存在である。それでも手放さないのはどういう心境なのか、少女は聞いた事がない。

 ちらりと件の犬を視界に入れようとして、見慣れない物が視界に入ってきた。人である。全く見知らぬ人である。この小さな村において顔を知らぬ者などいないと言っても過言ではない。即ち、この人物はこの村の住人ではないという事だ。

 では、例の犬に食べ物を分け与えているこの人は一体誰なのか。

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