第298話 ししし新事実2


 そう言った香織は何やら白い棒のようなものを取り出しこちらに見せてくる。

 これなんだっけ。どっかで見たことあるような……。丸い枠が二つあって、その両方に線が一本浮き出ている。


 「これって……」


 水質によって色が変わる紙がふと頭をよぎる。リトマス試験紙だったか? 酸性とアルカリ性の判別ができるんだった……判別……試験……検査? 検査!?


 「こここ、これってぇ!?」


 床に這いつくばるようにまじまじと見ていた俺が視線を上げると、香織は未だ不安そうな表情の裏にどこかちょっと嬉しそうな気持ちを隠しているかのようだった。


 「ででできっ、でき……できっ!?」

 「かも、しれないです」


 瞬間、香織の膝の上からお腹のにおいを嗅いでいるおはぎを忘れ香織を包み込むように抱きしめた。


 「ぎぃぃぃにゃああああ」

 「あ、ごめんおはぎ忘れてた」

 「もう、悠人さんたら。おはぎちゃん大丈夫? 痛いところない?」

 「にゃーは液体だからへいきにゃー。そしてニャーはやさしいので、どいてあげるから仲良くしていいにゃ」

 「ありがとう!」


 おはぎはログハウスにおいて猫ポジだ。猫は液体、なんて言う人がいるとはいえ、おはぎはどこでそんな言葉を覚えたんだろう……とまぁそんな疑問は一瞬で霧散し、素直に感謝した。

 そうかぁ。俺も父親になるのかぁ。でも意識的に作ろうとしていたかといえば、そうとも言えるしそうでないとも言える。それだけ切り取れば最低かもだけど、そうなっていたのはエアリスから『できにくい』と聞いていたからというのもある。香織が積極的だったのは、最近になってようやく気付いた俺とは違いだいぶ前から知っていたからだろう。その香織に避妊具は亡きものにされていた。俺としてはそんな香織に流され……という言い訳に甘えていた面がないとはいえないが、できたらいいなという期待もなかったわけではない。

 結局のところ香織の掌の上というか計画通りというか、どうであれ嬉しみが強い。


 「そういえばいつから?」

 「月の物が来なくて、もしかしたらって」

 「そうだったんだ」

 「悠人さん」

 「うん?」

 「あの……このままでいいですか?」


 香織はそのつもりで敢えて避妊を避けていたようだが、実際にこうなると不安があるように思えた。

 一方の俺は表情が崩れそうになるのを【不可侵の壁】で固定しつつ真剣な表情を取り繕う。


 「だからってわけじゃないんだけど……香織ちゃん」

 「はい」

 「俺とずっと一緒にいてくれますか?」

 「はい、もちろん……!」


 そこで俺は気付く。香織のご両親に挨拶すらしていないことを。


 「ご挨拶、いかないとなぁ」

 「なるべく近いうちに行きましょう。予定空けておいてもらいますね」

 「うん、おねがいします」


 二人の空間を作っているとお腹いっぱいだったエアリスがむくりと起き上がり背中に抱きついてくる。


 「んお!? なにすんだエアリス」

 「最後まで気付きませんでしたね、ご主人様」

 「そういうエアリスは気付いて……ないわけがないか」

 「当然です。細胞レベルで全員の健康管理をしていますので。それでご主人様、香織様がご懐妊という事はつまり、産まれるまでは加減をしなければなりませんね? 今どんな気持ちですか?」

 「手を恋人にしてでも我慢するつもりだが?」

 「はぁ……ワタシ、思うのです」

 「何を?」

 「我慢は身体と心に良くない、と!」


 いや、まぁわからんでもないけどこの状況でそんな我儘言ってらんないだろうに。


 「悠人さん、香織はこれまで通りにはできないと思いますけど、足りない時は……ね?」

 「え?」


 その『ね?』は何の『ね?』なんだろう。もしかして香織がいろいろと特殊なお手伝いを……?


 「エアリスならいいですからね? 浮気カウントしないですよ?」

 「え?」

 「はい! またご奉仕致しますのでワタシを使ってください!」

 「お、おう? ……いらんぞ?」

 「ご主人様のいけずぅ……」


 まぁエアリスは人間じゃないからってのもあるのかもな。それならがんばればわかる気が——


 「あっ、杏奈とさくらも結構まんざらじゃないので……」

 「えぇ……?」


 うん。やっぱりわからなかったな。

 香織の手前もあっていつも以上に軽く袖にしたエアリスは鼻息荒く“また”と言っていた。過去にエアリスとそういう事があったのはエアリスに見せられた夢の中だ。こうやって実体化できるようになってからは一切ないし、むしろ香織と付き合い始めてからは香織一筋な俺である。とはいえ、男だからというのは言い訳に聞こえるかもしれないが、香織以外の女性相手に魅力的な面を感じてしまい目が行ってしまうのは仕方ない。それでも自信を持って一筋と言える……が、香織は違う考えを持っていそうに思う。


 「どうして香織ちゃんがそうさせたがるかわからないんだ」

 「どうしてなんでしょう?」

 「うーん、わからないね?」

 「わからないですね? ふふっ」


 可愛らしく首を傾げる香織だが、言ってることはなかなかロックだな。でも性に奔放ってわけでもないことくらいわかっているから余計にわからなくなる。ただ一つだけわかるのは、香織は俺の事を考えてくれている。言い方を変えれば俺に甘い。香織を見ているとそう思えてくるから不思議だ。でも実際、俺は禁欲もしくはおひとり様での発散で満足できるだろうか。少し冷静になった今になって……ちょっと考えただけで揺らぐくらいに自信はない気がしてくる。それをわかっているから香織は他の誰かとの関係を薦めるのか? いや、それだけではないような気がするが、詳しく聞くことはしなかった。


 ふと気になって、この事を他に誰が知っているのかをエアリスに聞いてみたところ……


 「悠里様、杏奈様、さくら様、リナ、クロ、フェリシア、クロノスもおそらく。あっ、小夜も知っていますね。それに山里菜々子様、狩り班三姉弟の姉二人。そうそう、アリサ様には香織様自ら相談していましたので、その際に居合わせたレイナ様も知ることになりました」

 「えぇ……」


 お子様組のミライ以外の女性陣全員が知っている件について。


 どうして教えてくれなかったんだという思いはあるが、それを言っても不毛だなと気付かれないように小さなため息を吐いた。

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