第297話 ししし新事実1


 「ラミアが見たのはここまでだって言ってたよ」

 「そのラミアは?」

 「ここにそれを伝えに来たのも相当無理をしてたみたい。だから領域で休んでるんじゃないかな」

 「そんなに遠いのか?」

 「近いよ。石碑から行けばすぐだし」

 「あぁ、支配者権限で支配地に行けるやつな」


 アウトポス層には広大な森が広がっていて、その森の一角を切り拓いて俺たちの居住空間であるログハウスを設置している。そして歩いて数分の場所に滾滾と湧き出る泉があって小さな池になっているんだが、その畔に黒い石碑がある。その石碑の材質は不明、どういったものかも不明だが、俺や悠里のように“支配者権限”というものを保有している場合、権限保有階層への通行が可能になっている。どうやらラミアは、石碑を使って自分が支配する階層との行き来が可能らしい。


 「嵐がどうとか言ってたけど、変なところを通ってきたのかもね」

 「嵐? この階層で嵐なんて起きそうにないけど……バグったってのと関係あるのか?」

 「どうだろう。わかんないや」


 実際のところその嵐は、散歩をするフェリシアとクロノスを関係者以外の探検者や友好的でないモンスターとの接触を避けるために嵐神が起こしたものだが、嵐神に護衛するように言ったのは悠人だ。しかしどうやって護衛していたかの報告を聞いていない悠人達は知る由もない。


 部屋はなんだか、それこそ曇天のような鬱屈した空気に満ちている。それは俺とフェリシアだけでなく、香織と小夜と杏奈もいたからその相乗効果かもしれない。


 「お兄さん、香織さんはともかくとして、あたしと小夜ちゃんが聴いてていい話だったんすか?」

 「杏奈も小夜も、むしろいてくれてよかったよ。もちろん香織ちゃんもね」

 「ふっふっふ……必要とされし妹君、なの!」

 「あの、悠人さん」

 「うん?」

 「その話が本当なら、もしかすると悠人さんは……何度も繰り返してるんですか?」


 どうなんだろうな。たしかにダンジョン発生以前の部分は俺だと思うけど、その後は繰り返しているとも、枝分かれしているとも取れる。どっちにしてもラミアが見たビジョンの中の俺はダンジョン発生から記憶を引き継いでたらしいが、俺自身にその記憶はないからなぁ。


 「わからない、かなぁ。まるで実感ないよ。話の中じゃ俺は知識やら記憶を植え付けられてたみたいだけど、そういう自覚もないし」


 「繰り返す悪夢……」


 小夜が呟いた言葉がどうにもしっくりくる。でもそのワード、どっかで聴いたような気がするなぁ。


 「ん? たしかに悪夢みたいな話だよな」

 「そ、そうなのよ。私もそう思ったのよ」

 「繰り返す悪夢か……そういやエテメン・アンキでシグマが言ってたような……」


 シグマと対峙した俺たちは、確かその言葉を聞いたと思ったら別々の空間に分断されてたんだった。その空間を破れなければ延々とゾンビと追いかけっこを繰り返していたかもしれないと思うと流石に身震いしてしまう。そのシグマは結局逃げたままだが、今頃どこにいるんだろうか。案外心を入れ替えて探検者に混じってモンスターを狩ってたりしてな。


 「ってゆーかお兄さん、落ち着きすぎじゃないっすか? そこはもっとこう、ぐああ! 俺に隠された記憶がー! とか、俺の暗黒面……! ってなる場面じゃないっすか? 邪眼を開眼するなら今っすよ!」


 ある意味開眼してるしなぁ。邪眼じゃなくて“神眼”だけど。

 それは置いといて杏奈の言うことは頷ける部分がある。たしかに一人で聞いていたら取り乱していたかもしれない。でもフェリシアが話していく中、三人はなぜか正座になっていて、俺もなぜか正座に戻って聞いていた。そのおかげで生まれた妙な連帯感のようなものがあったからか、割と冷静でいられるのかもしれない。


 「そりゃまぁ一人で聞いたなら違ったかもしれないけど、正座の効果もあるかも」

 「正座ってそんな効果あったんすか!? 精神集中には座禅より正座っすか!?」

 「いや精神集中はわからんけど、実は……“まだ”というか“また”というか、足が痺れててそれどころじゃない」

 「あっ……そっすか」


 まぁそんなわけで残念なものを見るような目はスルーするに限る。香織と小夜と杏奈、フェリシアまでもが正座してたはずなのになんともなさそうだから、そういう目で見られるのもわからんでもないけど。そういえば女子って正座しても足が痺れにくい印象があるな。不公平ダナー。



 夕食後、部屋には俺と香織、俺たちの背もたれになっているチビと膝の上に乗るおはぎがいる。あとついでに異常な量を平らげて満足したエアリスが俺のベッドで大の字になっている。なんだか遠慮のかけらも感じなくなったが、こいつこれでも俺のことをマスターとかご主人様とか呼ぶんだぜ? 信じられるか? 俺は信じられない。


 「さっきの話、香織ちゃんも一緒に聞いてくれて助かったよ」

 「そうでしょうか。むしろ聞いてよかったんでしょうか……」

 「いてくれなかったら、隠された記憶で俺のどっちかの目が疼いちゃったかも。そしたら年中花粉症みたいに痒くなって大変だったよ、きっと」

 「ふふっ、それは大変ですね」


 肩を触れさせて手を重ねる。少し照れくさくなって熱くなった頬にチビがゆらゆらと揺らす尻尾の風があたる。俺はこういうのんびりとした時間が好きだ。

 そんなことを思っていると、何かに気付いたようにおはぎが体の割に重そうな頭をもたげ言う。


 「んにゃぁ〜? かおりぃ〜、太ったにゃ?」

 「ほ、ほんとに? おはぎちゃん」

 「うにゃ〜……でもちょっと変にゃ気がするにゃ〜」

 「そっか……そっかぁ」


 おはぎの純粋さが残酷な一面を見せている! 女の子に“太った”は禁句だ……ここはアレだな、俺がフォローしないとな!


 「お、俺は香織ちゃんにちょっと柔らかいところが増えたくらい気にしないからね!? むしろ柔らかいの好きだから!」

 「えっと……あの」


 正直、香織は胸がとても大きい割に腰は細めだ。服を着ているとその大きな胸基準の服になるからゆったりに見えるけど、実際はそんなことはない。

 完璧なフォローだと心の中で自画自賛していると香織が困ったように言う。


 「無理にフォローするより、何も言わない方がいいかもしれないです」

 「……はい」


 どうやら俺にフォローする才能はないようだ。香織の言うことは尤もだな。下手に言葉にするより態度で示せって事だな。じゃあ俺ができるのはこれしか思いつかないな。

 重ねていた手の指を動かして、香織の指を撫でる。それにお返しをするように香織の指も俺の指を撫でた。


 「ふふっ。いい感じです」

 「ぃよっし!」


 今度は大成功だ。香織にもらったヒントで香織が望むようにする……うん、しっかり手綱握られてるな。でも嫌な気は全くしなくて、むしろ心地良い。

 ふと香織の視線に不安が混じったように感じ、目でどうしたのかと問いかける。こういうのも香織のおかげでできるようになったかもしれない。


 「えっとですね……太ったのは多分本当のことで……」

 「そうなの? それでも俺は全然——」

 「そうじゃないんです! そうじゃ、なくてですね……へへ」


 なんだろう。期待と不安が混じったようなそんな感じだ。こういう時、何を考えてるか俺にはさっぱりだ。少しマシになったかもしれない程度の俺では、どちらにせよ修行が足りないってことだな。


 「香織ちゃん、教えてください」


 何はともあれ正座からの土下座懇願。なんだか今日は帰ってからずっと正座してる気がするな。


 香織はすぅーっとゆっくり大きく息を吸い、吐く。

 なんだろう、緊張する。実は今まで言えなかった不満を言おうとしてたり? などと身構えてしまう。


 「悠人さん実はですね……」

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