第296話 あ、そうそうこの間……


 田村さんの護衛について一通り話し終えた俺は、香織と小夜、そしてなぜか杏奈に拉致られ自室で正座している。


 「悠人しゃん、話す事があると思うの」

 「そっすよお兄さん。あたしらは聞く権利を主張するっす!」

 「あの……悠人さんは香織たちを巻き込まないようにって考えて話さなかったと思うんです。でもどうすればいいか一緒に考えましょう?」


 どういう事でしょう? 一体俺に何を話せと……?


 「んもう! 北の国の事っすよ!」


 あ〜! さっきそれについて話さなかったから全員に話さないつもりと思われたのか。なら誤解は解かないとなぁ。


 「それなら話すつもりだったといいますか……特に小夜には頼らせてもらおうと思ってたというか……」


 こんな話し方になるのも仕方あるまい。何故なら今の俺は正座させられて三人から問い詰める空気を送られ続けているのだ。ログハウスで女性陣に逆らうのは得策ではないという事を、俺は毎日の食事時や喫茶店、エテメン・アンキの収支、クラン経営の諸々、さらにはみんなでゲームする時に常々感じている。まぁここでの生活全般だな。なので囲まれて萎縮しても何もおかしい事はないのだ。


 「ふふん! やっぱり悠人しゃんにはわたしがいないとダメなのよ」


 勝ち誇ったような小夜に香織は「そうだねぇ」と言い頭をよしよしとする。される小夜のドヤ顔が加速する。

 ……おや? 小夜は香織からそうされるのをちょっと前まで嫌がってたのに、今は当然のように受け入れてるな。仲良くなった、って事だろうか。


 「それであたしたちは何をすればいいっすか?」


 首を傾げる杏奈が聞いてくるが、正直なところ俺にもわからん。北の国軍はもう行動を開始しているらしいが、現状どの程度の戦果を得ているのかわからない。黒い半球に囲まれた場所は外部から見ることができず、衛星からも見えない。ならばエアリスがハッキングでもなんでもして情報を探ればとも思うが、一度領域内に入った北の国軍は領域から出るか出ないかの絶妙な位置に陣を張っていてそれもかなわない。まぁエアリスならエッセンスの消費を度外視すれば【転移】の通り道を無理矢理こじ開けられるらしいから直接行けばいいんだが、言い換えれば直接行くしか確認の方法がないということ。そもそもエアリスの転移よりも強固な道を繋げられる『空間超越の鍵』というものがある。俺に生えた能力みたいなものだが、今回は向こうに行った途端に戦闘開始となる可能性も否定できないため消耗は避けるべきで、その点空間超越の鍵ならば一日の回数制限はあるもののエッセンスの消費は気にするほどでもないため、それを使って向かうつもりだ。


 「直接っすか。そういえばまだ残ってる人っているんすかね? やっぱり国外かダンジョンに逃げ込んでるんすかね?」

 「んー。住み慣れた場所を離れるって難しいだろうし、どうだろう。案外大勢生き残ってたりして……っ! あ、足が……」

 「ど、どうしたんすか!?」

 「痺れて……」

 「……この足がっすか?」

 「ふぐぉ!? そ、そうそれだからやめて」

 「つんつーん」

 「あっ……やめ……」

 「こら杏奈! 大事な話中!」

 「ついつい出来心で……すんませんっす香織さん」


 北の国への対処を考えるのは状況を直接見て把握してからということになり、正座から解放された。いくらステータスが高かろうと関係ないとばかりに痺れが来る。ほんとなんなんだろうなこれ。正座してる間はそんなでもないのに、崩した途端に痺れだけが強まって他の感覚がなくなるんだよな。対人における【神言】の使い方として正座させてみるのは案外有効かもしれないな。いちいち羞恥心を煽るために銀刀で服を丁寧に斬るのも面倒だし、今度絡まれたらやってみよう。



 トントンとドアをノックする音がし、入室を許可するとドアノブが自動で下がり、ドアは小さく開く。そこから顔を覗かせたのはフェリシアだ。


 「悠人ちゃん、ちょっと話があるんだけど」

 「お、おぅ……は、入りたまえよ……」


 どうしたの? といまいち状況が理解できていないフェリシアに杏奈が楽しそうに説明する。要約すると、俺にも弱点があって嬉しいから楽しい、だそうだ。つまり普段弱点がないと思われているわけで、でもそれは買い被りが過ぎるとは思うし実際俺は弱点だらけなんじゃないだろうか。ちょっとステータスが一般人離れしすぎてるだけでそれを除けば普通の人だ。みんなには言ってないけど、先日のグレーテル戦で足だって捥げたしな。そもそもみんながいなきゃここでの文明的な生活も成り立たない。


 「で、どうしたんだ?」

 「あ、そうそう。この間ね、悠人ちゃんがいない間にラミアが来たんだけど」

 「ラミア? 生きてたのか?」

 「元気にやってるみたいだよ。今はとある階層の女王様してる」

 「じょ、女王?」


 女王様? なんのことやらさっぱりだが、まぁいいかと話を促す。


 「んとね、ラミアが悠人ちゃん達に負けた後にボク、ラミアにその階層を支配するように言ってたんだ。それで達成したからボクに連絡を取ろうとしたらしいんだよね。でもボクは“大いなる意志”を辞めたから、暫定的にこのダンジョンで最も広い範囲に根付いた存在に繋がったんだって」

 「ほー。そんでそんで?」

 「そしたら……バグったみたい」

 「バグった?」

 「うん。たぶんボクの予想だと、“ハフク・バベル”にある“曖昧な領域”に間違って繋がっちゃったと思うんだよね」


 “ハフク・バベル”ってのは大陸の国にあるプライベートダンジョン内にあった逆さまの塔の事だ。逆さまというのは地面からではなく空から塔が地面に向かって伸びてるからで、その入り口は塔の周囲に張り巡らされている結界を抜ければ内部に自動転送される。

 そのハフク・バベルの曖昧な領域っていうと、香織が鬼神化した妙な空間だ。何が曖昧かっていうと、それ自体が曖昧としか言えない。

 香織の鬼神化はたしか、鬼神化した時のみんなの記憶とか、おそらく俺の昔の記憶なんかを代償として支払ってクロノスが助けてくれたんだったよな。それ以来昔の事から最近の事まで所々記憶が曖昧な気がするし、まさにあの時の記憶も今になってみるとなんだか曖昧な部分がある。エアリスは覚えてるみたいだから何度か聞いたんだが、どうもしっくりこない。でも嘘は言ってないだろう。忘れてる事は多いが自分の分身みたいなのがいたのは覚えてるし、それをきっかけに能力が強まった気がする。それにカイトと再会したのもあそこだ。


 ともかくラミアとフェリシアの連絡手段は念話的なサムシングなんじゃないだろうか。俺ら人間だって精神感応素材を使った“通話のイヤーカフ”を使えば無言で意思疎通ができるわけだし、超常の存在や人外な存在ならそれくらいできてもおかしくなさそうだしな。それでラミアは念話で“大いなる意志”と念話を繋ごうとしたけど、当のフェリシアは電話番号が変わっていて、別のところに繋がったみたいな現象が起きたんだろう。たぶん。


 「そこでラミアは……悠人ちゃんの記憶を見たらしいんだ」

 「……記憶?」

 「ボ、ボクもそれを聞いた時は同じようなリアクションしたと思うよ? でも聞いてみるとなんだか……」

 「詳しく聞かせてくれ」

 「う、うん」


 それから小一時間、ラミアから聞いた事をフェリシアは話す。その話は断片的だったがそれはなにもフェリシアが忘れたとかそういう話ではない。ラミアが見た記憶というのは仮にも一人の人間の人生だ。ラミアにはその全てを記憶に残すのがそもそも不可能だったようで、いくら憑依したかのような視点から見ていたといっても無理だった。普通に考えてそりゃそうかと納得もしてしまう。


 内容として聞けば聞くほど今の俺とはかけ離れたものが多かった。その中で共通していたのは“ダンジョンが現れるまで”のもので、自分の憶えている限りの記憶と照らし合わせてもたぶん間違いない。俺自信が全て覚えているわけではなく、おそらくハフク・バベルで失った記憶もあるが、ラミアが見たというものは俺の記憶だと断定する。が、問題はダンジョン発生後だ。


 ダンジョンが発生した後の“俺”は場面が切り替わる度に、同じ人物だとはわかるが年齢や服装などの見た目、居場所も仲間も違っていたらしいのだ。それを“何度も繰り返し”ていたようだった、とラミアは言っていたらしい。


 繰り返すとは言っても大半はダンジョンに挑む無謀なただの人間だったが、話の後半になってくるとそれだけではなくなっていく。段々と誰かと一緒にいる事はなくなり、場面が切り替わると突然何かの研究をしていたりした。そして最後に近付いた時、ひとつの研究が完成する。その時の“俺”がこう言ったそうだ。


 『全ての記憶を記録するモノ』と。


 さらに繰り返した“俺”はその研究成果を引き継いでいた。研究成果と常に繋がっているらしく、俺にとってのエアリスのように頭の中で会話が成り立っていたのは同じなんだが、今ここにいる俺とは違ってダンジョンで腕輪を得た時に必要な“記憶の転写”もされたらしい。成果があり記憶も補完され、もう研究の必要はないはずだが、しかし何を思ったかまた研究を続けた。そして行き着いたのは……


 『これは俺が創ったわけじゃなかったのか』


 それから“全ての記憶を記録する者”……“リーン”と呼ぶ存在を改良し進化させ新たな存在を創り出していた。それに名前はなく、肉体もない。ホログラムによって投影された女の顔は下顎の部分しかなく言葉を発しない。しかし記憶の俺と感覚を共有していたラミアが言うには、話して聞かせる外の情報だけにとどまらず、“情報”という全ての刺激を解析しているように感じたという。

 そして最後の“俺”は何もない、まるで曇天の中のような“灰色”の空間にいた。そこではまるで空間に身体の半分以上を縛られているように見える女を前にして、これ以上ない優し気な声で言った。


 『次で最後だ』



 謎が謎を呼び一緒に聴いていた香織、小夜、杏奈は理解に難儀しているようだった。まぁそれも当然だろう。俺に関係する話なのに俺の頭がナゾナゾしてるくらいだからな。

 

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