第295話 一方その頃
「くそっ! どうなってやがる!」
「……」
「この国の軍は壊滅したから楽勝って話だったよな!?」
「ここでドンパチやってるのに軍が出張らないところを見るに本当なんだろうが……」
「だけどよ! なんだあのバケモノどもはっ! しかもいつもより弾がとばねーぞ!?」
「上層部は情報を隠していたか……?」
「くそがっ! こんなんじゃ標的が現れる前にこっちがおっちんじまう!」
大陸の国北部にある崖上、斥候部隊に配属された狙撃手と観測手は上層部から降りてきた情報に不足がある事に悪態をつく。
話では、大陸の国に軍を使って侵犯し、そこに現れるであろう者……魔王、もしくは調停者などと呼ばれ調子に乗っている男を狙撃するだけの簡単な仕事だった。しかし蓋を開けてみれば簡単どころかただここで生存するという時点で困難を極める事がわかる。
「斥候が一人やられた。動かないバケモノの首を背後から獲りに行って返り討ちだ」
「単独行動か?」
「そうみたいだ」
「暗殺部隊が聞いて呆れる……ッ! そもそも今回は斥候役なんだから無駄な接敵は控えるべきだろーが!」
「お前の自慢のライフルも役立たずだしな」
「まったくだ! 援護しようにも減衰しすぎて撃ち抜けねぇし……上層部に対物ライフル要求するしかねーな! つーかアレ、ほんとなんなんだよ」
「さあてな。遠目で見れば人間の
正確には“人であったモノ”なのだが、普段から外の情報を必要な事以外遮断するよう強制された二人は知らない。
さらに日本のマグナ・ダンジョンと呼ばれる場所ではここよりも銃器の威力減衰は少ない。つまりここはマグナ・ダンジョンよりも“重い”状態になっているのだが、それもこの二人は知らない。
「ともかく撤退だろ?」
「そうだな。これ以上ここにいても何もできる事はない。戦車部隊に位置情報を届けるのが今回の仕事ということで良いだろう」
「よっしゃ! この距離で気付かれるとは思えねーが、あいつが喰われてる間に行くぞ!」
「あぁ」
狙撃手の言葉に頷いた観測手は去り際、先程返り討ちに遭った部隊員を一瞥する。
簡単には破れないはずの軍服は易々喰い破られ、頭は既に見当たらない。そして今なおバケモノの腹の中に納まっていっている同僚に一瞬瞑目した。
「あんな死に様はごめんだな……」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
一方その頃北の国首都。
アレクセイはクララの買い物に付き合わされていた。アレクセイにとって姪のクララは姉の忘れ形見、目に入れても痛くないほどの存在である。一時期上層部がプロパガンダに利用したため国内では戦乙女などと呼ばれ人気があるが、叔父としては浮いた話の気配すらない姪を心配していた。
無論浮いた話があった時点でアレクセイは血が滴るほどに拳を握りしめることになるだろうが。
クララがプライベートで男性と会話していた最も新しい記憶は、アレクセイの知る限りダンジョンで出会った日本人の御影悠人とのものが多く占める。とはいってもアレクセイが気に入ってしまった御影悠人以外のクララに近寄ろうとする男がいたとしても、アレクセイが睨みを利かせるため必然的に御影悠人以外が近寄れたものではない。もう一人、ペルソナという男がいる。彼に関しては御影悠人が所有権を持つとされるエテメン・アンキ内における戦闘中に少し会話した程度であり、アレクセイにとってはそれほど警戒対象にはなっていない。が、しかしその後『楽しめたわ』と言っていたクララの様子からして、もしかして気が合うのでは? などと思ってもいる。あの恐ろしくも美しい魔王と渡り合った男だ。アレクセイは少なからず好感を抱き、御影悠人とどちらが相応しいかなどと思っていたりする。
「ねえ叔父さん」
「どうした?」
「今回も外されたわね」
「そうだね。だけどはっきり言ってしまえば他人の土地を土足で踏み荒らさなければならないのが侵略だ。今回は外されて幸運だったと思うよ。クララもそうだろう?」
「それはそうだけど……それでも不満よ。プライベートでダンジョンに行ってもキャンプから遠いところまでは行くなって言われるし。……せっかく友達ができると思ったのに」
「御影悠人のことかい? それともペルソナかな?」
「ちっ、違うわよっ! 悠里とか香織の事よっ!」
「はっはっは! 我が姪は漸く色恋に目覚めたと見える」
「だから違うってばぁ!」
目に見えて焦るクララに思わず笑ってしまったアレクセイだったが、ふと二人の姿が重なった気がした。
「そういえば御影悠人とペルソナ……なんとなく似ている気がするな」
「え!? そ、そりゃ同じ日本人だから……?」
「ん? 上からの情報ではペルソナは国籍不明と聞いたが……」
しまった、と思ったクララだったが、喫茶・ゆーとぴあでの打ち上げの際に御影悠人とペルソナが同一人物であることを看破し話をしている。だからその時に少し聞いた事にし、話を濁し切り替える。
「それより久しぶりの休日なんだから付き合ってもらうんだからね!」
「わかっているさ」
御影悠人とペルソナが同一人物である事を悟られまいとしてか、クララは駆け足で……と言うには少々可愛げのない速さで次なるターゲットを探す。辺りを見回し、ふと目についたどこか見覚えのある佇まいの建物を前に目を輝かせた。
「アレク叔父さん! 次はあのカフェに行きましょう! 見た目は似てるけど、ゆーとぴあとどっちがおいしいか比べるわ!」
「わかったから走らないでくれ!」
アレクセイの注意など意に介さず、ダンジョンで鍛えられた健脚をもって街中に突風を巻き起こしながら遠ざかって行くクララを見つめる男は大きな溜息を吐く。
「お転婆姫は相変わらず元気過ぎる。姉さんに似たんだろうな。器量もいいしあの娘は並の男では釣り合わないだろう……御影悠人にペルソナ……どちらなら上手く手綱を握れるかな?」
どちらにも相手にされないかもしれないなどという不安はない。何故ならアレクセイにとってクララは世界一可愛い姪っ子だ。ただの叔父馬鹿ゆえにではあるが、本人に自覚はない。
アレクセイは空を仰ぐ。先程花を添えてきた姉をその青に映して。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
迷宮統括委員会統括室に二人の老人の姿があった。
「正直騙しているようで気が引ける」
「騙してはいないよ〜。全て事実だからねぇ。その上で彼がどう動くかは彼に任せた、といったところじゃないか」
この部屋の主である軽い雰囲気の老翁に、重い雰囲気の老翁は無責任だと思わざるを得なかった。しかし普段はどうあれ、今回は自らも無責任な側にいることから、それを口にすることはない。
「しかしなぁ、御影君はそれを承知の上で動くだろう?」
「そうだねぇ。彼、普段は全然そんな風に見えないのに、やる時はやるからね」
「深謀遠慮……魔王が現れた時を思い出すな」
「まさかペルソナなんていう男を見出して、戦車なんかじゃ到底太刀打ち出来ない魔王と交渉させちゃって、おまけに世界を黙らせちゃうんだからねぇ。助かったけど、もしかしたら自分達もそうなるように動かされていたのかもしれないと思うと……恐ろしい男だよ」
古くからの友人でもある統括が御影悠人とペルソナは同一人物であると気付いていない様子に、大泉純三郎日本国総理大臣はほっと胸を撫で下ろす。
「今回も頼り切りでいいんだろうか。こちらでも何かできる事は——」
「あると思うかい? 大泉くんは背負いすぎだね」
「ううむ……」
「それに僕の見立てではね、彼らや魔王がが手を下さずとも北の国は大陸の国だった場所の掌握は出来ないよ」
「確証は?」
「確証というほどではないけれどね。人の形をした化け物がいるって話だよ。向こうから流れて来た人を一部保護してるんだけど、そこからの情報さ。衛星からの映像は黒い半球の壁で使い物にならないからね」
「どの程度の強さなんだ? その化け物は」
「さぁねぇ。それを測ることすら困難だったようだから。でも車くらいなら簡単に壊しちゃうらしいし、数が多い」
「車を……それに数が多い?」
「魔王の一件で追い返された大陸の国の軍人が消えたって話、どうも本当みたいなんだよ。そしてその化け物の発生地点は軍人が消えたとされるダンジョンのすぐ近く……或いはそのダンジョンかもね。各地でも散発的に発生してもいるようだけど、やっぱり一番多いのは軍が通り道にしていたダンジョン付近だよ」
日本国総理大臣、大泉純三郎は悟った。その化け物は軍人たちが変異したものだ、と。
それに加え各地でも、となると数十万、もしかすると数百万という数も現実味を帯びてくる。そしてあの黒い半球。日本のマグナ・ダンジョンにはあのようなものは存在しない。
ある学者集団の説によるとマグナ・ダンジョンは半ダンジョン化状態にあるという。それと違う環境になっていると考えるなら、大陸の国はそれ以上にダンジョン寄り……むしろ全ダンジョン化もないとは言えない。そうであれば火薬類が十全に効力を発揮できないかもしれず、つまり現代兵器の殆どが大幅な弱体化を強いられるだろう。しかし核兵器となると未知数……そう考えている。
「ううむ……」
「いざとなればペルソナがなんとかしてくれそうじゃない? 僕たちは彼らの世界とは別の世界の住人ということにしてこっちの世界の事をやるしかないさ」
仮面で顔を隠すペルソナと言えど中身は普通の、ちょっと大きな力を持ったごく普通の青年だ。正体に気付いていないとはいえ、統括もそう思っているはずで、つまりそれは国内の情勢を安定させることが彼にとって悪いことではないということだ。総理は統括の発言をそう考えてのことだと理解している。
ペルソナの正体を知る人物はおそらくクラン・ログハウスの関係者数名、他には近頃勘付いていそうな冴島くらいだろう。これから増えるかもしれないが、なんであれ彼にとって悪い状況になる事は総理にとっても望ましいものではない。
思案し唸る総理を統括は楽しげに見つめている。本当に気付いていないのだろうか、もしかすると演技なのではないだろうかなどと思いながら、総理はこれから会議がある事を理由にボロが出る前に統括室から退散し議事堂へ向かう。
「はあ……すまない御影君。私にできる事はもうないのかもしれない。だが次の総理候補……育っていないのだよなあ……」
迷宮統括委員会統括である友人の影響か、もういっそ御影悠人が総理になればいいのに、などと丸投げしたい気分ではあった。しかし制度上不可能ということを思い出し項垂れる小さな背中がそこにあった。
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