第299話 裏切り者は常に傍にいる……!


 俺にまつわるらしい新事実よりも重要な香織懐妊という新事実が、少しの間俺を田村さんスタイルの話し方に変えてしまった。


 まぁそれはそうとして、香織のご両親に挨拶に行く日取りが決まった。その日というのは四月一日、俗に言うエイプリルフールである。嘘みたいな本当の話だから混乱するかな、と香織は悪戯っぽく笑っていた。俺としてはその前日が良かったんだが、エアリスが北の国が動く事を突き止め、それに合わせて日程を組んだため予定がずれた。だが問題ない。サクッと偵察してサクッと帰り心の準備をして挨拶に向かう、それだけだ。きっと問題ない……はず。


 大陸の国にはエアリスだけを連れて秘密裏に【空間超越の鍵】で扉を開いて向かい、情報を持ち帰る。エアリス以外の誰かと行くと寄り道が多くなるかもしれないし、正直なところ俺の移動速度について来れるのは香織だけ、その香織には無理をさせたくないからだ。

 現地では北の国軍との戦闘はもちろんのこと、いるであろうダークストーカーや野生動物が変異したモンスターとの戦闘も可能な限り避けるつもりだからそれほど危険はなく時間的にも長くはかからないはずだ。ふっ、完璧な計画だ。


 「それでお兄さん、偵察にはあたしも連れてってくださいっす」

 「えー。杏奈かぁ。また腕とか脚とか無くしそうだから不安だし俺だけで行くよ。エアリスは連れてくけど」


 頭ごなしに言ってもダメだろうからな。理由も完璧だ。ふはは。


 「香織はついて行きますからね!」

 「え!? 香織ちゃんは身体大事にしないと……だからダメです!」


 ぐっ……海外デートは惜しいが無理をさせるわけにはいかない。挨拶の際に『大事な娘の大事な時に危険な場所を連れ回すとはけしからん! 帰れ!』と言われないためにも強い意志で我慢するのだ。ふはは……。


 「じゃあお姉さんが行こうかしら? ペルソナとして行くんでしょう? それなら私がいた方が自然よね? うふふ〜」

 「たしかにさくらならペルソナと一緒にいるのは自然っちゃ自然だけど……いやいや、さくらは田村さん守備隊の責任者でしょうよ」

 「仕方ないわねぇ」


 さくらはわかって言ってそうな気配があるな。田村さんの警護はクランとしても大事だと理解しているさくらはあっさりと引き下がる。大人の余裕を感じるなぁ。


 「じゃあ私が行きますよ! ユートさん!」

 「リナはログハウスに構ってられないくらいフィンランドでの仕事多いでしょ?」

 「で、ですけど〜」


 リナまでってのは珍しい。地元とダンジョン漬けで多忙だから他のところにも行きたいのかもな。でもすまん。


 「じゃあじゃあ楽しそうだしボクが」

 「フェリもかよ……クロノスが寂しがるだろ?」

 「母様、寂しい?」

 「……(コクコク)」


 クロノスはこちらを一瞥し、フェリシアに頷き意思表示する。初めの頃と比べると随分な進歩だ。


 しかしまぁどうしてみんな付いてきたがるんだ。一応戦争地域かもしれないんだぞ。ダンジョンの影響で人間離れした人たちが現れたこのご時世、もしかするとそこそこ上位だろうと自覚している俺が敵わない相手がいるかもしれないし、そういう人材がいるから北の国軍は侵攻なんて考えたのかもしれないんだぞ。だから遊び半分で行こうってわけにもいかないんだ。旅行がしたいなら別の日に安全そうなところに行こうぜ。などと思いつつも声には出さない。今回は単独行動がベストだと思っている。でも思っていることを全て口にした結果『一人より二人』みたいになっていくのは避けたいところ。民主主義なログハウスでは多数派が圧倒的に強いからなぁ。


 実際、今回の目的は偵察であって、それをもとにその後の行動を決めるつもりだ。北の国軍を撤退させてほしいというのがクライアントである日本の偉い人の意向ではあろうが、そのためにどうするかっていうのは行き当たりばったりでどうにかなるとは限らないから慎重に。

 まぁ侵攻の足を遅らせられそうなら秘密裏になにかしらの小細工はしようと思うが、北の国は現場の判断より上層部の理想が優先されるイメージがある。だから行軍能力を完全に奪う、つまり壊滅させてしまい現場から軍を撤退させてしまった結果、核ミサイルのボタンが軽くなってしまうのではという懸念もある。ヤケを起こさずにできるだけ穏便に終幕してくれる妥協点といえる選択をしてくれるように仕向けたいところ。


 とはいえ実際のところどういった状況になればそうなってくれるんだろうな。壊滅や全滅には程遠いが、これ以上はリスクが大きく、それに見合うリターンが見込めないとなれば諦めて退くだろうか。国の威信にかけて目的は達成しなければならないって考えてるなら無理を押し通そうとするかもしれないけど……少なくとも自国軍がいる場所に戦略級兵器なんて使わないだろ。つかわないよな? 


 迷宮統括委員会本部で国の偉いさんが頭を下げてきた時は『ぶっちゃけ核ミサイルさえ使われないなら成功』みたいな雰囲気というか圧のようなものを言葉尻に感じた事から察するに、『簡単に核を撃つかもしれない国』と思われていそうだったから俺みたいな一般人の浅知恵やら感覚が通用するかは不安だが……まぁともかくそうなったらあとは国やら世界規模の話だ。そうなるかどうかのところに関わるとはいえ一般人的にはそこまで責任は持てないな。そんな後の事より今の事だ。今は偵察が済めば速やかな撤退が必要であり、俺だけの方が逃げやすいはずだから、単独行動がベストだ。頼むぞエアリス。みんなを煙にゲフンゲフン……説得するのだ。



 —— お任せください。見事断り切って見せましょう! ——


 おっ! すごい自信だな。まぁ俺よりは上手く納得させられるだろう。なにせ俺より頭良いし。


 それじゃここはエアリスに任せて俺はエテメン・アンキに行って、入れておいた物を自動で宝箱に補充するストレージに適当な装備を突っ込んでこよう。

 グレーテルを殺した後、なにもただ引きこもっていたわけではないという事を証明するかのように武具や変なアイテムを納品することにした。その量といったら一年は持つんじゃないかと思えてしまうほどだから、色々片付けば本当にのんびりできるかもしれないな。

 その後は久しぶりにカイトに稽古をつけてもらう予定だ。ステータス有りきなら負けないが、カイトは俺と違ってまともに剣術を納めているから学ぶことは多い。それに男同士で無駄話ってのも最近してなかったしな。


 そんなわけでエテメン・アンキにやってくると、最上階コアルームでスナック菓子とコーラをお供に監視映像を眺めているクロに出迎えられた。


 「あっ! おにーちゃんじゃーん! ここに来んのひさびさじゃね? レアじゃね? 何しに来たん? お菓子いる?」

 「あぁ、お邪魔するぞー。今日は宝箱の中身の補充にきただけだしお菓子はいらん。で、相変わらずか?」

 「あー、なる。最近さー、新しいヒトは増えてるんだケド、古参が箱開けまくって新参が開けられてないんだよネー。おにーちゃん的にナシよりのナシ的な?」

 「そうなのか。なるべくなら分散してくれた方がいいんだけどなぁ」

 「だよねー。でさ、宝箱の位置動かす権限、あーしにチョーダイ。うまくやるからさ!」


 宝箱の位置は通路の行き止まりや見えにくいところにランダム出現するものと、ボス扱いのモンスターを倒すと現れるものがある。クロが問題視している宝箱専門の探検者はボス箱は狙わず通路の行き止まりを目指して走り回っているようだ。

 一度開けられて次が出現するまでの時間、つまりリポップ間隔は一日から二日の間にランダムになっている。

 宝箱が置かれるのは三階からで、そこを徘徊しているのはゴブリンとオーク、そして馬面の巨体を誇るメズキというモンスターだ。近頃ここのラスボス、黒銀の神竜であるクロの前哨戦となるセクレトと良い勝負をする探検者パーティも増えてきていて、全体的にレベルが上がってきている。とはいえそんな探検者たちでもリポップし続ける徘徊モンスターの目を掻い潜って宝箱だけを狙って探し当てるのは簡単ではないはずだが……トレジャーハントに向いた能力持ちがいるんだろうか。もしそうであればクロに権限を与えておくことで、あまりにも度が過ぎると判断した場合、宝箱の配置をマニュアル操作にすることで対処ができる。あ、強いモンスターをピンポイントで送り込んでお帰りいただくのも悪くないか。あくまでエテメン・アンキは探検者の訓練所のつもりで開放しているんだから、そういった調整はあってもいいだろう。


 「システムコア」

 『ご用でしょうか、マイマスター』

 「クロに宝箱の取扱権限を与えてくれ」

 『エテメン・アンキ七階、黒銀の神竜クロに宝箱取扱権限を付与しました』


 「もう一声!」とクロが言い、それならばと追加で権限を与えることにする。


 「それと地下闘技場の各種モンスターに出動要請する権限も頼む」

 『黒銀の神竜クロに地下闘技場所属モンスター召喚権限を付与しました。尚、召喚に応じるかは任意となりますがよろしいですか?』

 「あぁ、それでいい」

 『他にご用はありますか?』


 そういえばマップ全然変えてないな。それも宝箱専門の探検者が増える要因になっているかもしれん。


 「俺がいない間、エテメン・アンキ内のマップも適当にいじってくれて良いぞ。ただし誰かと相談はしてくれ」

 『改修要請ですね。承りました』

 「今のところこんなとこかな」

 『ご利用ありがとうございました』


 実験的な意味でもクロがある程度好きに遊べるくらいにしておくのも悪くないだろう。


 「おにーちゃんアリアリ〜! で、地下のアイツら召喚していいの?」

 「言うこと聞くかは任意だけど、クロなら大丈夫だろ? 魔王城は小夜の管轄だしあっちはあっちで挑戦者来てるみたいだから、頼んでも良いけど無理は言うなよ?」

 「モチのロンだし! これでもあーし、地下闘技場にも顔利くかんね〜」

 「やりすぎないようにだけは気をつけてくれよ? 理不尽難易度のクソゲーはほんとクソだからな?」

 「イイカンジにやるからまっかせて〜!」


 以前なら任せようとは思えなかったが、ここ最近のクロは少し賢くなった気がする。エテメン・アンキが外よりも時間が早く進んでいるから相対的に成長しているのかもしれない。少し前にそろそろセクレトを突破されるかも、と言っていたが実際は未だに突破されていないから、クロが賢くなるための時間があったんだろう。

 それともう一つ。さっき俺が話しかけたシステムさんはいわばエアリスの分身だ。エアリスが言うには『溢れ出しそうなワタシを切り取って有効利用』なんだとか。よくわからんがそのシステムさんはエアリスの性格をなんとなく引き継いでいるような気がする。もしかするとクロをそれとなく誘導したのではないかという疑惑があるが、運営するにあたって必要という判断があってのことかもしれない。

 ともかく今のクロならそれこそ本人が自信を示す通り良い感じに遊べるだろうと期待できる。

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