第293話 社長はいろいろ大変そうだなー(棒


 「あああの! 私がいるのにそんな大事な話をしてしまっていいんですかっ!?」

 「大丈夫っすよ〜! だって田村さんは言いふらさないっすもんね?」


 笑顔で圧を放つ杏奈に対し、だんだん悠里とか香織に似てきた気がする。

 実際のところ共同生活をしていて仕事仲間という関係上、みんながカバーしあえるのが理想だ。それぞれが特化しているならそれは強みとして比類ないものとなるだろうが、極論を言えばそれでは何をするにも全員一緒に行動する必要性が出てくる。そして俺たちが普段活動しているのはダンジョンという時折超常現象にも似た“非日常”が発生し得る場所。そんな場所で極力“日常”を過ごそうとしているんだから、意識的か無意識的かは別としてそうなっていくのかもしれない。

 まぁ一言で言えば、頼りになるなぁという感覚があるってことだ。


 「ももももちろんですよっ! 言えるわけがありませんよ! 言う友達いませんし……あっ、ゴンさんはソウルメイトなんで!」


 ゴンさんが田村さんの大きめの旅行カバンから顔を出し、肯定するような表情を杏奈に向け長い舌をチロチロとする。

 ほんとこのトカ……ゴンさん、田村さんのだけじゃなく普通にみんなの言葉わかってねぇか?


 「ほほぉソウルメイトっすか。じゃあハウスメイトになるあたしたちはもう仲間っすね! ゴンさんもよろしくっす!」

 「なな、仲間……っ!」


 杏奈の胡散臭い言葉に田村さんは何やら感動している様子だが……香織も悠里もさくらまでもが、こっそり「上手くいった」と視線を送ってくる杏奈を一瞥した後、生暖かい目で田村さんを見ている。

 女ってこえーなー。


 そもそもこの話は俺たちログハウスの秘密と言うより迷宮統括委員会の、ひいては国の秘密だ。これからどのくらいの期間かはわからないが一緒に生活する事になるから、爆弾を共有する事によって仲間意識を持たせ、俺たちの秘密を多少知った場合に漏らさないようにさせるための布石……かもしれない。恐ろしいけど頼もしいログハウス女性陣である。そしてその頼もしい筆頭である悠里が、田村さんを囲む輪から抜け出して来る。嫌な予感しかしない。


 「ところでさ悠人、他にもいろいろ困った事になってるんだけど」

 「聞きたくないなぁ」


 とは言っても俺に拒否権があるわけもなく。


 「そういわずに。20層からの道周辺がテント街になってて、喫茶・ゆーとぴあの周りも賑やかになってる件について」


 賑やかと言っても楽しげなものでは決してない。

 海外での規模は知らないが、日本では最近まで個人が動画を撮影して動画サイトにアップすることはあった。しかしテレビや新聞などでは一種の情報統制が敷かれていたため放送内容は国に事前申請する必要があり、ネットで得られる情報と比べると上辺だけのものだった。俺がダンジョン産の肉を卸している関係上、店や客は多少知っている部類にあたるが、口コミやネット等を駆使し積極的に調べない限り、探検者やそれに付随する仕事をしていない人に新鮮な詳しい情報は表向き与えられていないことになっている。例外は自宅にダンジョンが発生した場合で、迷宮統括委員会から多少の知識と政府を代行しての避難要請があるくらいか。

 最近になって制限が緩和され、それまでダンジョンに関わりの無かった人たちは情報に触れる機会が多くなった。それによって世間はダンジョンをこれまでより知ることになり、ダンジョンで得られる肉や素材についての認知度は以前の比ではなくなった。

 俺たちのような探検者にとって肉や素材の価値が上がるのは歓迎すべき事だったが、報道番組や、ドキュメンタリーといったものも万能ではない。漠然と、急速に広く周知され、偏った理解が進む事による弊害も生まれている。そのひとつが“ダンジョン内定住者”である。俺たちがそのハシリではあるんだが。


 「聞かなかったし気付いてない事にしちゃダメ?」

 「ダメ」


 ダメか。まぁうん、わかるけどさ。住むところくらいならなんとでもできるんだけど、そういうことでもないんだろうなぁ。


 「いやまぁ俺らも勝手に住んでるしなぁ」

 「問題なのは、その人たちってほとんど自分達じゃ何もしないんだよ」

 「自称神な四人が結構そこに行ってるって聞いたな。金にならんらしいけど」


 存在する事に金のかからない四人だから出来ることで、普通の人間にとってお金にならないっていうのは結構大きな問題だったりする。

 菲菲フェイフェイが以前住んでいた街から避難させた人たちは、緊急とはいえ俺が連れてきたようなものだから、大部分を俺個人が支援するのは仕方ない。とはいえ最近じゃ自立する人も増えてきて、北の国の侵攻も遠い空と言える大陸の国中央付近に故郷を持つ彼らの中には地上に戻る人もいる。それにより負担はだいぶ減ってきた。聞けば20層草原まで来る必要なくダンジョン内で肉が手に入るし、地上で危険があればダンジョンに逃げ込めるっていうのも後押しになっているようだ。菲菲も喫茶・ゆーとぴあの警備バイトが休みの日は彼らの自立支援として戦う術を教えたりしている。俺が貸している住居から出ていった人たちの多くが菲菲から指導を受けた人たちということもあり、俺たちの中で最近の菲菲は評価が高い。

 余談として、菲菲にペルソナの姿で偶然遭遇した際、『そんなに立派な成果を出すならうちの御影が給料払うと言い出しかねない』と言ってやったことがある。それでもっと頑張ってくれればいいなという下心があったからだ。しかしそれをなぜか断られ、その代わりに週一くらいでペルソナとして短時間だが話を聞きに行く約束をさせられた。警備バイトの不満とかだったら嫌だなぁと香織に話した俺の背筋が一瞬凍った気がしたが、気のせいだろう。ログハウスの建っている場所は朝と夜の違いはあれど過ごしやすい気候だからな。

 近頃20層や喫茶・ゆーとぴあ周辺で増えているテントの民は殆どが日本人なんだが、元がそれなりの生活水準だった故に、自分から難民のようになっているのにもかかわらず、探検者や自衛官たちへ求めるものが大きい。プレハブを用意してくれだとかトイレに風呂に満足に食えるだけの食糧と娯楽、さらに安全を最大限確保するために付近に常駐しろだの……そんなの聞いてたらきりがないし、それなら地上に帰れとも思う。日本は仕事が減りはしても以前と変わらず平和なんだから。


 「事情はあるんだろうけどなぁ。せめて普通に探検者としてやってきたなら違ったんだろうけどな」

 「せめて熊くらいは斃せなきゃね」

 「悠里はダンジョン病か」


 熊くらい、悠里はそう言うが、普通は無理だ。実のところテントの民は殆どがただの一般人で、探検者登録すらしていない。だから探検者のようにやろうとしても何もできないが近い。


 「悠人だって人のこと言えないでしょ。ここで生活するには最低限があるでしょ?」

 「熊のモンスターとか狼は地上の獣より殺意高めで怖いだろうから見かけたら逃げた方がいいけど、金策するなら亀くらい狩れないとな」

 「金策って。ゲーム脳か」

 「まぁな」

 「褒めてないからね?」

 「でもそういう感覚っていうか、ロジック的なものを流用すると不思議とうまくいくからなぁ」


 少し前にミスリルのような一般的に希少なもの以外、肉や素材が出回る量が増えたことでそれらの価値が暴落とまでは言わないが下がった。

 その際、護衛依頼によってなんとか食い繋いだ探検者が多くいて、その護衛対象がそのまま住み着いたなんて事が多いらしい。きっと偏った情報を得たことで、ダンジョン内は何不自由なく過ごせる新天地とでも解釈したのかもしれない。


 「片道だけの観光護衛って有りなのか?」

 「ギルド……迷宮統括委員会は認めてないね。探検者としても依頼達成が認められない場合が多いから引き摺ってでも連れ帰るのが普通だったみたい。でも——」

 「依頼達成にならなくても金さえ貰えれば途中で放棄ってのもあるのか」

 「ギルドを通さない代わりに高額報酬の護衛依頼も多かったみたいだしね」

 「そもそも護衛が必要な人が20層に住もうとしてもなぁ」


 本来20層に繋がる洞窟のようなダンジョンで、ある程度戦えるようになってから……せめて逃げ足くらいは持ち合わせていないと話にならない。大型肉食獣や亀といったモンスター、時々草原にやってくるワイバーンにとって逃げる事すらできない人間は恰好の餌でしかないからだ。

 住み着いた人たちはその現実を知らず、そんなつもりではなかったかもしれない。地上ではダンジョン発生の際に起きた世界的災害によって働く先は減ったし、一部を除いて食糧問題も生活に少なからず影響している。だからテレビ、インターネット等で見た情報を頼りに、ここで新たな一歩を踏み出そうとしたのかもしれない。


 でも現実はテレビの中とは違う。初めてのダンジョンでいきなり20層にやってきて簡単にモンスターを倒せる人間はほとんどいない。そもそも情報とは、「生きて帰った人」からの情報であって、帰らなかった人のものはない。良い面しか見ることができないという事情が、そういった人たちの誤解を招いたのかもしれない。


 狩猟系ではなく生産系を目的としていたとしてもなかなか難しいようだ。ダンジョンは地上の植生を少しずつ模倣している過程にあるとエアリスは言うが、今のところ地上の野菜の種を普通に埋めても基本的に芽は出ないし、苗を植えてもすぐ枯れる。地上の土を持ってきてのプランター栽培なら一ヶ月くらいはもつが、その短期間では食べられるまで育つ野菜の方が珍しい。ダンジョン内に草は自生しているがそれは遺伝子すら確認されていない謎の草だし、木だってそうだ。木は建材として優秀だが、森から切り出して輸送するとなると一筋縄ではいかない。テレビで“風景”として映された映像だけを見て漠然とした思考……からの都合の良い情報だけを信じてやってきても、その数倍都合の悪い現実が存在する、それがダンジョンだ。

 俺がこうしていられるのはエアリスというチートを初期装備として、おそらくダンジョンから与えられたからであって、それがなかったら地上とダンジョンを行ったり来たりしていただろうし、お金なんてなかっただろう。下手をすれば生き残れたかすら怪しい。


 「全員送り返すとか?」

 「国にそんな強制力ないから」

 「だよなー」


 エアリスによると現時点日本人だけでおよそ二千人強、別の場所にいる外国人を合わせると数万にも及ぶ。発展途上国や災害による被害が大きい国ほどダンジョン内に住み着きやすい傾向にあるようだ。


 「他の国の人たちは自分でなんとかできたり、20層に住んではいても洞窟に戻って狩りをしてる人も多いみたい。だからわざわざこっちまで来る人は生活に必要なものを取引しに来るか密入国目的みたいだね」

 「家がなくなったり国がなくなったりしてる人たちの生き残りって考えると当然か」


 結局のところ問題が大きすぎて俺たちが何を考えても意味はないように思う。みんながそうではないと思うけど、そもそも勝手に来て勝手に迷惑かけてるだけの人をすすんで助けたいとは思わない。


 「んで悠里社長は一体俺にどうしろと?」

 「悠人会長ならお国にも少しくらい意見できるんじゃないかなって思ったんですが?」


 悠里なら俺に言わなくても自分でできる事はやるだろう。でも言ったって事は、悠里が国に陳情しても聞き入れてもらえなかったか、先延ばしにされてる可能性も無きにしも非ず、か。国が何も考慮していないとは思えないが、必要な決断ほど遅いと言わざるを得ない。まったく腰の重い国である。直接総理である大泉さんに言って良案を閃いても、周囲は足を引っ張るだろうしな。


 「一応聞くけど、国には言ったのか?」

 「言ったよ。でも返事も寄越さないんだよね。簡単なことならなんとかなるんだろうけど、テントの民は要求が身勝手過ぎるんだよ。喫茶・ゆーとぴあのお客さんがテントの民から集(たか)られて困ってるみたいだし、昨日なんて店にも押し掛けて来たんだよ」


 エアリスが俺に『こんな事もあろうかと』なんて言いつつその時の映像を見せる。『探検者は困窮者を見捨てるのか?』『ログハウスは利益を還元しろ』なんて書かれた木製プラカードを持ってワーワーやってる。デモかよ。ってかそんなもん作る余裕はあるんだな。

 その映像を見た悠里は怒りが再燃したらしく、珍しく険しい表情だった。


 俺たち、クラン・ログハウスの利益はそれなりにある。依頼を受けたりモンスターを狩って得た素材を売り、エテメン・アンキの入場料や喫茶・ゆーとぴあの宿泊、飲食代。それに俺が溜め込んでいるミスリル他モンスターからのドロップ品も少量ずつ市場に流しているからだ。しかしそれは正当な対価であり、縁もゆかりもない身勝手な人を養うためのものではない。


 「なるほどなぁ。たしかに身勝手すぎるわ」

 「でしょ? 今回は小夜ちゃんがいない時だったけど、見ちゃったらどうなると思う?」

 「あー……小夜は人間もモンスターも関係ないからなぁ。血が流れそうだな、それも大量に」

 「そうなんだよね。そんな事になったら喫茶店どころじゃないし、日本としても立場的に敵対せざるを得なくない?」

 「そりゃまずいな」

 「北の国の件は下手に国が動ける問題じゃないし悠人次第だけどさ、こういう人たちくらいなんとかしてほしいと思わない?」

 「たしかにな……」


 ペルソナとして北の国への対処、考えてみるかぁ。テントの民への対処を条件に加えれば……いや待てよ。まさか悠里はそれも折り込み済みで俺に話したのか? だったとしても俺に手札は無いし……。ともかくこういうことを嫌いそうな小夜には我慢するように言っておかなきゃな。

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