第292話 偉い人は裏でコソコソするものらしい


 「はぁー。そういうことっすかー」

 「相変わらずね〜、悠人君は」

 「おっとーは外に出たらだめにゃぁ。ニャーと一緒にずっとおうちでゴロゴロするにゃ?」

 「なんでやねん」


 今日あったことを話すと杏奈、さくら、おはぎから感想やら要望が漏れてくる。香織と悠里は思案顔だ。

 ってか俺、何もしてないんだけど。ほんとなんでやねん。


 「その顔は『何もしてない』って顔っすね? おにーさん」

 「ねぇ悠人、ステータスのLUK下げた方がいいんじゃない?」

 「いやいや悠里さん、そんな事してもおにーさんの厄介事ホイホイは止まらないっすよ」

 「うふふ〜。今更よねぇ〜」


 ステータスのLUKは『確率の低い事象との遭遇率が上昇する』とエアリスは言っていた。どこか抜けてるエアリスのことだからそれが正解かどうか怪しいがな。とはいえ初めの頃……上げられるだけ上げた当初は何故か下着が降ってきたりしていたが、最近じゃそれもなくなっている。一生分以上に下着が降ってきた気がするから、確率が高いものと認識されたんだろうか? だとしたら認識してるのは……誰、もしくは何だろうか。

 一方でモンスターからのドロップは相変わらず。普通と比べて引かれるくらい肉や素材がよく手に入る。それはそもそもそのモンスターは一度きりの存在で、存在に連続性がない、だったか? エアリスがよくわからん仮説を立てていた。俺としては出るものは出るってことで深く考えない事にしている。


 「やや、厄介ですよね……! すすすみません、厄介な女でっ……!」

 「杏奈はそういうつもりで言ったわけじゃないから大丈夫だよ」

 「かか、香織さぁ〜ん!」


 香織と田村さんは話の途中に戻ってきて聞いていた。杏奈が言う『厄介事』に過剰反応した田村さんは頭を下げ香織に慰められている。案内している間に少し仲良くなったみたいで、香織のコミュ力の高さを思い知らされる。まぁともかく香織の言う通り田村さんが謝ることじゃないな。強いて言えば察する難易度の高いお題を出してきた統括だろう。

 LUK云々についても実際関係ないと思うしなぁ。それに田村さんが何かに巻き込まれそうになっているのも田村さんのせいじゃないだろうから尚更謝る必要はないよな。


 「とにかく今はギルドの問題を秘密裏に解決……とまではいかなくても、その手助けよね。それと北の国の件もね」


 悠里が言った今回のお題、一般人のやる事じゃないよな。でもそんな俺たちに頼まなきゃならない、表立って他国と衝突したくない人たちもいるわけで。良く言えば信頼、悪く言えば捨て駒なんだよなぁ。


 「なーんか裏でコソコソしてばっかりっすね、国とか偉い人って」

 「立場のある人が表立ってやったら問題にしかならないからそういうもんなんだろうな」

 「裏でコソコソといえば、“ろぐはうすチャンネル”のゴーストって結局見つかったんすか?」


 MyTubeという動画投稿サイトで俺たち、というか主に俺がダンジョン内のモンスターの攻略方法やら風景を映した散歩動画なんかを上げているチャンネルだ。その動画のコメント欄は一時期、本気か面白半分か知らないが悪意のあるコメントで埋まった事があった。まるで号令のもとに足並みを揃えたかのように見えたそれは、結局はっきりとした原因はわからないままだった。扇動した人物が見つからない以上、稀によくある不思議のひとつということで落ち着いた。いろんな理由で同じ結果に収束する事って実際よくあって、まぁつまりそういう時期や雰囲気だったんだろう。


 「いんや、見つかってないよ。ってかそもそもいなかったんじゃないかって。空気っていうかな、そういう流れになったって事っぽい」

 「見えない力が働いてるのって、まさに“ゴースト”って感じっすね」

 「たしかに」


 杏奈が脱線させた話を軌道に戻そう。

 今回の依頼というか要求は、田村さんの保護と北の国の侵攻を邪魔する事だ。なんだか陰謀やら謀略やら、暗部に引き込まれているような感じがするな。

 田村さんの保護については護衛依頼と似たようなものだが、北の国の侵攻に関しては話が別だ。ペルソナという存在はある意味治外法権に似たような面があるとはいえ、公になっている所属は一般のクラン・ログハウスだからな。


 「正直今回の件は手に余るというか、そもそも俺たちが関わるような事じゃないと思うんだよなぁ」


 ボヤいてみればみんな一様に真剣な目で頷きを返してくる。

 北の国の侵攻に対してお偉方の話では、日本は自衛隊のような他国から“戦力”と見做される人員を、戦闘行為を主目的として送り出す事はできないと言っていた。まぁその辺はいくら一般人でも知ってはいるが、だからといって戦場ジャーナリストみたいな扱いでペルソナが勝手に行った事にすれば……なんてのはなかなか、いやかなり強引だ。でも放っておくというのもまずいんだろう。国、世界、パワーバランスなんてものを考えれば、たしかに頷ける事ではある。


 「でも悠人さんはなんとかしたいって思ってますよね?」

 「香織ちゃんの言う通りかもしれないなぁ。俺からペルソナに頼んでくれって言われた時、断ろうと思えば断れたかもしれないんだけど、はっきり断れなかったし」

 「じゃあ北の国の件も受ける方向でいいの?」

 「うーん。悠里は受けた方が良いと思う?」

 「社長としては、リスクが大きすぎるから避けたいけど……」

 「だよなぁ」


 田村さんがいるので俺とペルソナは別人という扱いで話を進める。その辺の秘匿事項についての扱いはかなりしっかりしていると思う。一番うっかりがありそうなのはクロやおはぎではなくペルソナ本人、つまり俺である。

 その俺としては、今回の北の国侵攻の件に一枚くらい噛んでおこうかな、という方に傾いている。田村さんもいるこの場ではそこまで話さないが、個人的に侵攻とかそういうのやめてほしいってのが最も大きなところだ。なにせ俺は平和主義の一般市民。


 「まぁ北の国の方は侵攻がどの程度うまくいくかとか、うまくいきそうならペルソナ次第だし俺じゃどうしようもないんだけど。田村さんについては地上よりダンジョンにいた方が安全かもだから、俺らに匿わせようっていう統括の考えは正解かもね」

 「どの国の領土でもないから一見無法地帯に思えますけど、実際はそうじゃないから、ですね?」

 「香織ちゃん正解! いざとなったら魔王様がいるからね」

 「やった!」


 国政に関わる錚々たる面々が頭を下げてくるという圧力はあったものの、北の国の件は一般人的に断るべき案件だっただろう。でもなぁ……ぶっちゃけやろうと思えばなんとかできそうっていうのがどこかにあって、返事に詰まってる間に対応する方向になった感も無きにしも非ず。即答できなかった理由の中には単純に侵攻が気に入らないってのと、クラン・ログハウスに対してじゃなくペルソナ個人に対してのお願いだったからってのもあるな。クランに対してなら間違いなく断ってた。みんなを危険に晒せって事だしな。まぁここで話しちゃってる時点でそうなってるわけだし、そもそもペルソナ個人で動いたとしてもはたから見ればクラン・ログハウスが動いたって受け取るだろう。だから不安はあるが、そこは魔王様である小夜の御威光にあやかりたい所存。


 一方田村さんが誰かに狙われているらしい件については、自衛官であり特務としてはペルソナの相棒であるさくらが直接の護衛となってログハウスで匿うことになった。理由としては香織が言った通りダンジョン内は無法地帯というわけではなく、相手が人間なら地上よりも守りやすいからだ。なにせここは魔王様が目を光らせていることになってるからな。つまり各国の法的に問題がないから攻めやすいけど、現実的に守り切れるだけの戦力がある自治体……それも超過激で超強力な魔王様という名の御威光である。諜報やら暗殺といった目的で潜入している人間がいても自称神々がいるから怪しい奴はマークしてくれるだろうしな。探検者たちにも居場所や飯の種であるダンジョンを荒らされたくないって人が多いらしく、わざわざ喫茶・ゆーとぴあに情報を流してくれたりする。見返りとして飲み物やら一品サービスしたりしているようだが、その甲斐あって味方は多い。


 しかしまぁ、受けるかどうか悩む依頼と重なったからか、悩んでた方も受ける流れになったなぁ。


 ふと、狸爺のしたり顔が過ぎる。


 「まさか田村さんをダシにしてみんなに今回の件について話させた……?」

 「どうかしたんですか、悠人さん?」

 「あぁいや、どこかの狸爺がこういう話をしっかりさせるきっかけを送り込んだような気がしたけど、たぶん気のせいだよね」

 「どうでしょうね? でも無いとは言えないですよね」


 出来事が重なると邪推しちゃうな。実際田村さんが何者かに狙われる状況を故意に作り出したわけじゃなく本当にたまたま重なったんだろうけど、その偶然を今日の会議に参加した、国政における上層の誰かが利用した可能性も無きにしも非ずって事は覚えておこう。

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