第291話 トカゲ使いを匿うことになりました


 「ただいまー」

 「お帰りなさいませご主人様。ワタシにします? ワタシにします? それともワ・タ・シ?」

 「とりあえず他の選択肢をくれ」

 「いけずですね。さすがご主人様です。ところでそちらの方は?」


 「おぉぉ……メイドさんとかマジか……」などと若干引き気味の田村さんはひとまずほっとこう。ログハウスに入る直前、つい今しがたまで俺の中にいたエアリスが離れ、然もメイド服で待機していた事を装う。とりあえず迷宮統括委員会周りを調べてくれるように頼む。ソファーで座ったまま目を閉じネットの海に潜っていったのを見届けた俺は統括に電話をかけることにした。


 「御影君、さっきはすまなかったね〜。あんな事されたら引くよね〜」

 「まぁはい。偉い人たちに頭を下げられるのは慣れてないもんで」

 「でも考えといてね。それでどうしたんだい? 忘れ物?」

 「いえ、その……」

 「う〜ん?」


 どう切り出せばいいもんか。統括が田村さんに俺と接触するように言っていたなら、統括室で何も言わなかった理由として盗聴が現実的になってくるわけで。でもそれなら尚更察してくれるように聞かなきゃな。うーん。


 「えっと、さっき逆ナンされて喫茶店でお茶してきたんですよ」

 「うん? 自慢かな?」


 間違ったかもしれない。全然伝わってなさそうだな。さすがに不自然すぎるか……? でも急に違う話題に変えるのもなぁ……なんとか軌道修正してみるか。


 「初めてだったんでびっくりしましたよ。でも共通の話題で盛り上がって結構楽しかったです」

 「ふむ……なるほどなるほど。もしかして、ペットの話題かな? 近頃は犬猫だけじゃなく、爬虫類を飼ってる人も増えたみたいだね〜」


 おや? これは。


 「はい、そうですそうです。結構話し込んじゃいました。ところで以前言ってたあの件、ほんとなんですか? その人も同じようなこと言ってたんで」

 「あー、うんうん、それなんだけどね……そういえば君の家、部屋はまだ空いてるんだよね?」

 「空いてます」

 「それならその部屋を使ってみるといいよ。その“ペットの事になると話が止まらない彼女”もきっとそう言ってたでしょ?」


 うん。田村さんに指示を出したのは統括っぽい気がするな。


 「そうなんですか。あまり気は進まないんですけどね……あ、拒否権ってあります?」

 「……あると思うかい?」

 「ないですねわかります。家の寿命がかかってますもんね」

 「そういうこと。うちもまさに今そうなんだけど、シロアリは気付いた時には大変なことになってるから、気をつけないとね。じゃあいろいろ面倒だと思うけどがんばってね〜」


 不安だったけどたぶん伝わったんじゃないだろうか。統括が言ってたシロアリってのはやっぱ、迷宮統括委員会に何かが入り込んでるって事なのかなぁ。あと部屋を使えってのは田村さんを泊めて、もとい匿えってことか。ってことは田村さんはこっちで預かるのは決定事項で、そして拒否権は無し、と。

 良いように使われているとも言えるけど、俺も良いように使っているとこあるし、お互い様って事だな。まぁ個人やちょっとした集団が抱えるには少々物騒な気がするけど、実際都合いいもんな、ダンジョン。あと俺。

 小夜が扮する魔王によってどの国も領土を主張できない場所ってのは、パッと見では攻撃を仕掛けられやすいんだろう。だが実力でもって自領を宣言した魔王がいる限り下手には動けない。核やミサイルによる爆撃は規模がある程度予測できるけど、現代兵器を指先一つで無力化して見せた魔王の報復となると未知数だもんな。


 ひとまず田村さんは統括の指示で接触してきたようで安心していると、背後に気配が。うーん、ひんやり。


 「悠人さん? 逆ナンされたんですか?」


 ギギギと音をさせながら振り向くととても笑顔の香織がいた。女性陣の中に男は俺だけがぽつんといるログハウス生活。うっかりプライベートを見てしまわないように普段は周囲を探らないようにしていた事が仇になるとは。いやまぁこういうの全然初めてじゃなくて常習犯なんだけど、それでも控えるようにしてるのは念のためってやつだ。うっかり服の下を見ちゃったりすると俺は顔に出ちゃうらしくみんなにバレる。怒られるわけではないんだけど、杏奈やさくらなんかは『溜まってんの?』的な事を言ってくるからなんだか居心地が悪いんだ。

 ともかく盗聴されても問題ない会話で統括の確認を取ったが、こっちでは明らかに問題ある内容だった。でもしょうがないじゃない。高度な暗号会話なんてできない一般ピーポーですもん。とりあえず堂々と言い訳を……


 「楽しくて盛り上がっちゃったんですか?」

 「いや違うんだ香織ちゃん!」


 うん、無理。まるで現行犯が見つかった時の第一声みたいな供述しちゃったし。もうこうなったら頼れるのはエアリスだけだ。


 「あっ、エアリス結果は?」

 「ご主人様、どうやら懸念は現実のようです」

 「懸念、ですか? 何かあったんですか?」

 「香織様、実はですね……」


 よくやったエアリス! 香織はその話に興味が移ったし、俺はエアリスが説明しているのを聞いておけばおーけーだな。



 「とりあえずエアリスはこれからギルドに行って盗聴器とかを処分してきてくれ」

 「内通者はどうしますか?」

 「そっちは統括がなんとかするだろうし、事情だけ話しといて」

 「わかりました。では行ってまいります」


 わざとらしく微風を起こしつつ消えるエアリスに田村さんは口を開けて目を擦っていた。夢か幻みたいに見えるんだろうな。


 「あの、悠人さん」

 「あっ、香織ちゃんは田村さんに部屋案内してあげてくれる?」

 「わかりました。じゃあお風呂も案内してきますね?」

 「うん、お願い」


 香織が田村さんを連れて行くと廊下から二人の自己紹介が耳に入る。そういえば忘れてたけど、大丈夫そうだ。入れ替わるようにキッチンから悠里と杏奈が待ってましたとばかりにやってくる。


 「それで悠人、何か厄介事?」

 「厄介事なんすか? あー、たしかに厄介事かもしれないっすよねー。いやー、おにーさんったら香織さんの他にあたしというものがありながら節操ないんすから〜!」

 「杏奈は香織ちゃんと同枠じゃないんだが?」

 「ひどいっす〜! いつになったらあたしをオンナとして見てくれるんすか〜」

 「まぁまぁ。そんなことより悠人」

 「うん、んとな……」

 「そんな事!? うわぁ〜ん! このままじゃさくらお姉さんみたいに婚期逃しちゃうっすよー!」


 そういうこと言っちゃいけない。使われなかった【空間把握】が泣いてるぞ。ほら、後ろ見てみ?


 「杏奈ちゃん? お姉さんと、少しオハナシしよっか?」

 「さ、さくらお姉さん!? そ、それはご勘弁を!」

 「はいはい二人とも。まずは悠人の話聞こうよ」

 「さすが悠里さんっす! 救いの女神!」

 「……さくらからの話はその後でいいよね?」

 「うふふ〜。いいわよ〜?」

 「鬼! 悪魔! 悠里さんの裏切り者ぉ〜!」


 とまぁ騒がしい。女三人寄らば姦し、なんて言葉の通りだなぁ。でもログハウスじゃいつもの事だし、今更だな。


 「そういえばリナとクロは? あとフェリたちも」

 「リナはさっきフィンランドから戻ってきて部屋で寝てると思うからあとで話しておくよ。クロはたぶんエテメン・アンキにいるんじゃないかな。最近、もう少しでセクレト越えの探検者が出てきそうだし。フェリとクロノスさんもエテメン・アンキのコアルームにいるよ。二人でなにかしてるみたい」


 小夜は御影家にいるだろうけど、今回鍵になりそうだからあとで直接話しておくか。カイトたちパーティ・鎌鼬と、一応傘下に収まっているパーティ・ケモミミ団、そこに入り浸っている玖内もその時でいいな。


 「ニャーにも聞かせるにゃー」

 「おはぎちゃん、こっちにおいで〜? オヤツもあるわよ〜?」

 「さくらのお膝がおやつ大盛り大特価にゃー」

 「うふふ〜」


 まぁともかく、集まれば集まるほど収拾つかなくなりそうだからさっさと話すか。

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