第269話 再会、再開。


 人間離れした速度で入り組んだ洞窟内を進み近付いて来た二人、ヘンゼルとグレーテルだ。二人が驚いた様子だった事から俺たちに気付かず近付いていたことがわかる。


 「もう体調はいいのかい?」

 「あぁ、うん。一応人間ドックも受けたけど病気は見つからなかったみたいだ」

 「人間ドックってそんなにすぐに受けられるものだったかな……?」

 「たまたま空いてみたいだから、そういうことじゃないか? 非営利企業ってわけでもないだろうしさ」


 入院した事になっているけど、実際は検査して高級レストランもびっくりな食事を体験しただけで体調はすこぶる快調だ。でも健康そのものというより少し不安があるくらいに言っておく。じゃないとズル休み扱いされそうだからな。

 四日間くらいの予定だった依頼は二日も経たず強制終了、依頼料は振り込まれていたらしいが、退院してから連絡がつかないでいた。つまり三千万ぼったくったことになるわけで、その点に関して罪悪感がある。


 「依頼、途中で放(ほお)ったみたいになってすまんかった」

 「気にしないでくれ。グレーテルが駄々をこねてただけだからさ」

 「グレーテルもごめんな」

 「気にしないでいいのよ〜? こうやって再会できたわけだし」


 ヘンゼルは困り顔で言い、グレーテルは嬉しそうに甘い匂いを振り撒いていた。

 やっぱこの魅了の香り、無意識なんじゃないか?


 ーー そうであるなら尚危険かと ーー


 まぁたしかに。これまで目立っていないだけで、その匂いのせいで苦い思い出が出来てしまった男女がいるかもしれない。だってせっかくのデート中に魅了の香りを振りまくグレーテルに出会ってしまったら、男は隣の彼女をほったらかしにしてそちらに目を奪われたり惹き寄せられたりするかもしれないよな。もしそんなことになっていたとするなら、今はまだいいとしても将来的にグレーテルはイザコザに巻き込まれるかもしれないわけだ。まぁ……自分で巻いた種みたいなところはあるし、巻き込まれるってのはおかしな表現かもしれないが。それはともかく二人は日本を出る予定じゃなかっただろうか。


 「ところで二人はどうしてダンジョンに?」


 今の俺は仕事中だ。機密事項だらけだし、それをポロッと言ってしまうのを防ぐため質問だけにしておく。何か聞かれたら……また調査という事にでもしておくか。


 「えっと……飛行機の日程を間違ってリザーブしてしまったから時間ができてね」

 「そうか。それでダンジョンに?」

 「そうそう。せっかくだからこの間より深いところに行ってみようってね」


 そう言ってヘンゼルはグレーテルに微笑みかけるが、グレーテルは蕩けそうな表情でこちらを見ていた。なんだか捕食されそうな気配を感じたが、気のせいだろう。


 「そうだユート。もし良かったら一緒に行かないかい?」

 「え? いや、でもなぁ」

 「ねえ、いいでしょ? 行きましょうよユート」


 ヘンゼルの提案に戸惑っていると、目を潤ませ頬を淡く染めたグレーテルが手を取って懇願してくる。ブロンド美女に迫られるってすごい体験だなぁ。


 「ユートがいなくなって、寂しかったのよ? だから、依頼の補填に護衛……じゃダメ?」

 「そう言われると弱いな……」


 香織に意見を求め視線を送ると不承不承といった表情ながら小さく頷き、通話のイヤーカフから『仕方ないですね』とオーケーが出た。報酬分働いてない事は事実だし、ここで断るような度胸はない。依頼の再開といきますか。


 「じゃあ一緒に行くか」

 「やったわ!」


 喜ぶグレーテルが腕に絡みつくとその整った顔が間近に迫る……あれ? グレーテルの唇がこの間よりぷっくり艶々しているような。まぁそういうリップクリーム的なものもあったような気がするし、今日はきっとそれを使ってるんだろう……などと思っていると、グレーテルに掴まれていた手を香織が攫っていく。


 なんだか女同士のバトルというか、その中心が俺なんじゃないかと思うと……悪くないな。俺のために争わないで〜! ってやつだ。まぁグレーテルが本気かどうかはわからないけどな……いや待てよ? エアリスの言う通りグレーテルは能力で俺を魅了しようとしていたかもしれないと考えると……本気だったりするのか? いやいやまさかな。だって今も甘い匂いが漂ってるし、俺の【超越者の覇気】みたいについつい漏れちゃう系なんだろう。だよな、エアリス?


 ーー えっ? ーー


 聞いてなかったのかよ。


 ーー いえ……どうでしょうね ーー


 うーん。まぁいいや。とりあえず二人は美醜で言えば美の側だろうし、男女関係なく襲うとはいえ、相手の容姿を気にしていると思われる特級クリミナルにとって標的となり得るかもしれない。二人の移動速度からして逃げ足は問題なさそうだし、もし特級クリミナルに遭遇してもなんとかなるだろう。


 「で、どこまで行くんだ?」

 「20層かな」

 「わかった。香織ちゃんも良い?」

 「えっ? あっ、はい」


 一応口頭でも確認を取っておく。通話のイヤーカフを着けているのは気付いているだろうが、近距離用の一般的な音声通信機器であり、声にしなくとも意思疎通できるものと思われないためでもある。

 それにしてもエアリスと香織ちゃんが他の事に気を取られているような。一体どうしたんだろうな。20層に満たないプライベートダンジョンの難易度は警戒にすら値しないと油断でもしているんだろうか。俺も二人のことを言えないくらい余裕ではあるけど、今回の目標はおそらく俺たちと同じようにこの階層程度のモンスターなら油断していても余裕があるであろう特級クリミナルだ。もしも今遭遇したらと考えると油断のしすぎはまずいかもしれない。人数が増えた事で接触してこない可能性もあるが、その場合は二人を20層に送ってからまた戻ればいいだろう。

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