第268話 釣り2


 「おぉ〜! 君、やるじゃないか!」


 立ちはだかるようにこちらを威嚇する熊型のモンスターを一閃、その血飛沫ごと黒いエッセンスに変換し腕輪に吸収すると、それを見ていたらしい体格の良いおっさんが声を掛けてくる。見たところ一人か。


 「いえいえそれほどでも。ところで良い斧ですね」


 おっさんが肩に担いだ、刃の部分が無駄に大きな両刃斧、バトルアックスには見覚えがあった。確かあれは柄の部分がミスリルと鉛を主成分とした合金、それに加えて刃の部分には鋼を使っている。俺の主武器である銀刀を少しずつ強化している過程で、日本刀の打ち方の練習として気晴らしに作った浪漫ロマン武器だ。どの部分が浪漫なのかというと、実は刃の部分の芯には指向性を持たせた“精神感応素材”が使われている。使用者のステータスに応じて武器自体が強化されるという、なかなかチートな性能なんだが、それを忘れてエテメン・アンキ送りにしてしまっていた。悪人の手に渡っていたら回収もやぶさかではなかったが、どうやら良い人に巡り会えたらしいな。


 「ああ、これかい? 実は息子から貰い物でな、君が倒した熊公も能力と併用して一撃さ! たしか……えてめんあんき? とかいう場所にこんなのがゴロゴロあるらしい。ところで君の刀も見事じゃないか。もしかしてそれも……?」

 「あっ、これはダンジョン素材で作った特注品なんですよ」

 「そうなのか! さぞ腕の良い刀匠が打ったんだろうなぁ……おっと、デートの邪魔をしてはいけないな。じゃあ気をつけるんだぞ」

 「はーい、そちらもお気をつけて〜」


 特級を含めたクリミナルたちが犯行を行なっていたのは10層よりも深い場所で、各ダンジョンにおいて探険者が少ない不人気スポットばかりだ。よって俺たちはそのダンジョンに合った階層に各々【転移】したわけだ。


 「親切そうな人でしたね」

 「そうだね。それにしてもまだ11層なのに人少ないんだなぁ」

 「このダンジョンは10層から14層にモンスターがあまりいないんですって。前回来た時も少なかったですよ?」

 「なるほどね。モンスターも群れが少ないから一人でいても不思議じゃないわけだ」


 前回はグレーテルの魅了に当てられてぼーっとしてたから気にならなかったな。


 「今の狭くなった【神眼】の範囲内にモンスターも人もほとんどいないや。さっきの斧振り回しおじさん、結構強そうだったから一人で狩り尽くしたのかと思ったよ」

 「ふふっ、悠人さんじゃないんですから〜」

 「……」


 俺の常識は非常識、俺の常識は非常識……しっかり意識しておかないとまたみんなに呆れられるような事をやらかしそうだ。ちなみにこの階層のモンスターを一時的に全滅させようと思えば出来ると思う。そのためには【神眼】をまともに使える状況が必要だから今は出来ないけどな。そもそも緊急時でもないのにそんな事をする意味はない。それどころかモンスターが少ないからこそ、ここに来ている探険者の狩りを邪魔してしまう可能性の方が高いかもしれない。


 「久しぶりの洞窟デートですね〜」

 「そうだね。こりゃカイトたちの事言えないなぁ」

 「カイトさんですか?」

 「うんうん。今、悠里と良い雰囲気」

 「そうなんですかぁ……」

 「え? どうしてそんな残念そうに……ま、まさか香織ちゃんはカイトの事を!?」

 「え? そんなわけないじゃないですか〜! 香織は悠人さん一筋ですよ?」

 「じゃ、じゃあどうして?」

 「香織は〜、悠里も一緒に悠人さんの傍にいれたらなぁって思ってただけですから!」


 傍に……? 同じログハウスで暮らす仲だ、傍といえば傍なんだけど、多分そういう意味ではないだろう。でもそうなると……


 「いやいや、ないない」

 「悠里と似たような反応ですよ?」

 「……さすがに付き合いだけは長いから、かな」


 それから何度か一人または少数のパーティと出会った。声を掛けてくる探険者もいたが、初めから疑ってかかっている俺にとってそのどれもが怪しい。


 「今の人、実は男だったりして」

 「もお! 悠人さん疑いすぎです!」

 「え〜。だってこんなところに女の人が一人でって、怪しくない?」

 「香織も時々一人でダンジョンにいますよ? 怪しいですか?」

 「怪しくないです」


 そうだな。最初から疑うのはダメだな! とはいえ、俺に人を見る目なんて期待できないし。そんな事より香織が一人でダンジョンにいることがある事実の方がよっぽど重要だ。こんな危険な場所に一人でなんて……


 ーー はあ〜…… ーー


 なんだよエアリス。


 ーー チビを連れていますし、ワタシの新たな分体も控えているのです。問題ありません。そもそも香織様、鬼神の如き処理速度ですよ ーー


 うーん、鬼神ねぇ。それでも心配なものは心配だ。でもいつも俺と一緒っていうのも……香織にとって負担になることもあるかもしれないしなぁ。


 ーー その心配はありませんが、よくナンパされてはいますね ーー


 よし、そういうやつらが何かしようとしたら……


 ーー お任せください。処します ーー


 脳内に響くエアリスの声から一瞬黒いものを感じたが……まぁ加減はするだろう。たぶん、きっと。

 以前のエアリスであれば人類に対しての愛着がなかったように思えるが近頃のエアリスは少しだけ丸くなった気がする。それでも残忍な発想もし、実行する場合躊躇いがないように思う。新たな分体というのがどういうものかわからないが……血が流れない解決をしてくれるように祈っておくべきか。


 しばらくのんびりと歩き仕事を忘れて香織とのお散歩デートを楽しんでいると、香織に抱かれたチビが鼻をヒクヒクとさせる。


 「どうしたの〜?」


 チビを背中から抱えている香織が覗き込むとチビは香織の顔を見上げ小さく「わふ」と声を発した。


 「変なの?」

 「わふっ」

 「え? 速い?」

 「わふぅ。わふっふ」

 「ふんふん……確かに変だね?」


  うーん。会話が成り立つとは思えないのに、会話が成り立ってるようにしか見えない。不思議。


 「ねぇ、いつも思うんだけど香織ちゃんってなんでチビの言ってる事わかるの?」

 「なんで……でしょうね?」

 「わふぅ?」


 香織とチビが同じ方向に揃って首を傾げる。うーん、ダブルかわいい。じゃなくて、なんか言ってるっぽかったな。


 「それでチビはなんて?」

 「えっと、二人組がものすごいスピードでこちらに近付いて来てるみたいです」

 「この先は次の階層だよね。もっと先に行くのかな?」

 「どうなんでしょう?」


 ん? 狭くなった【神眼】に意識を集中するとちょうど範囲内にその二人組が入ってきたんだが、あれは……


 二人は走っているだけなのに異常な速度で近付いてくる。少し広いが枝分かれした坑道のようなダンジョンを迷わずこちらへと。

 まず普通の、日本において現時点一般的とされている探検者の域を逸脱した速度だ。岩や土で囲まれた通路は、実家の近所にある公民館ダンジョンのように真っ直ぐではなく、少し下り坂になっていたり直角や鋭角の曲がり角も多くある。その上道幅も狭くなったり広くなっているところもある。だというのにその二人組の速度は一定に見えた。


 ーー やはりあの二人が…… ーー


 エアリスさんは何か確信めいた事を言う。俺としては意味がわからないんだが。

 思い返してみればエアリスは二人に会った時からなんか変だったよな。そろそろ理由を教えちゃくれませんかねぇ?


 ーー 三十分後に出直してください ーー


 え? 反抗期?


 ーー 接敵します ーー


 いやいや敵って。あの二人は敵じゃないだろ、何言ってんだよ。


 ーー ここで待ち構えましょう。接敵の際、できれば『来ることがわかっていたオーラ』を醸していただけますか? ーー


 なんですかそのオーラ。まぁでも実際ここに向かっている事は確かで、それを俺はわかっているわけで。普通に声を掛けるか。曲がり角を曲がったところにいるこちらに気付かずそのままの勢いで来られたら、ダンジョン内で交通事故が起きちゃうしな。


 「二人とも、奇遇だな」

 「ッ!! ユ、ユート?」

 「あ、あらぁ〜? こんなところで会うなんてすごい偶然……きっと運命よねぇ?」

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