第267話 釣り1


 【転移】を終えると手の中でモンスターからドロップする星石を加工した“転移の珠”が風化するように消えていく。少し遅れて空中に小型化したチビが【転移】してくると、そのまま香織に吸い込まれるように抱かれた。周囲を見回すが誰も居ない。エアリスが時間を知らせて移動を促してきたのは、転移の珠に登録された場所に誰も居ないタイミングだったからだろう。あらかじめエアリスの眼によって監視していただろうからこそ成せる技だな。


 「にしてもよくこんな薄暗いところに潜ろうと思うよな、探検者って」

 「悠人さんに言われたくないと思いますよ?」

 「たしかに。真っ先に探検したもんね、俺」


 香織が応え、俺はごもっともだなぁと思った。最初は危険かもしれないとは思ったがそれでも潜ったし、散々肉集めや支配者の称号集め、エッセンス補充のためにとモンスターを乱獲しに来ているんだから反論の余地はない。


 「ふふっ。『探検』って、なんだかかわいらしいですよね」

 「『探索』の方が真面目そうっていうか大人っぽい感じはあるよね」

 「誰が『探検者』にしたんでしょう?」

 「んー、わからないけど、子供心を忘れない、いい大人がつけたのかも」


 ーー ワタシの予想では、『探索』よりも『探検』というコミカルにも受け取れる表現にする事で身近に感じさせようとしたのではないかと。ゆるキャラのようなものですね ーー


 「「なるほどー」」


 そんな話をしている間にみんな準備ができたようだ。



 ーー 皆様、【転移】完了しました ーー


 「あーあー、テステス。カイト、玖内、さくら、問題ない?」

 『こちらカイト、異常なし』

 『玖内です。こっちも異常なしです』

 『さくらから御影、異常なし。送れ』


 他のみんなとも問題なく連絡が取れた。通話のイヤーカフの通信状態は良好、転移先には誰もいないことが脳内に映像として表れ、エアリスの眼も問題なく動作している。

 玖内はいつも通り、いや、少し緊張してるか。カイトは演技モードだな、少し男前な声が返ってきた。さくらに至っては完全にお仕事モードというか、プロっぽい。いや、実際プロなんだけどさ。プライベートダンジョン内ではよっぽどのことがない限り通信機器は使えず、当然通常の無線機などは壁に遮られるためほぼ無意味だ。でも俺たちには謎素材である精神感応素材を使いエアリスが作ったこのイヤーカフがある。これは無線と違い交互に話す必要などなく同時に話しても聞こえるし、その事はさくらも知っているはずだ。それなのに陸上自衛隊が無線通信の際、自分の発言の終わりと相手の返事を待つ意味で付け足す“送れ”、それが出てきたのは癖なんだろう。正直言うと、なんだかそれっぽくてかっこいいな。


 『緊急時は別として一応付けた方がわかりやすいのよ?』

 「なるほど、たしかに」


 考えあってのことだったらしい。ところで今回さくらは一応“護衛される側”だ。でもさくらを護衛する軍曹たちには通話のイヤーカフを渡していないからな。


 『合流したぞい』

 『悠人っくーん! 来ちゃった!』

 『悠人よォ、このまま姿を見せなくて良いんだよなァ?』


 飲んだくれの自称神々には通話のイヤーカフを渡していない。でも契約をした際に意識すればそれ以上の事ができるようになっていて、所謂“念話”ってやつだ。それは通話のイヤーカフよりも精度は高いが、通常は意識して話し掛けた場合のみ、通常の音声は相手に届かない。一長一短だが十分だろう。


 『酒呑は隠れてた方が良いかな。いざって時の隠し玉って事で』

 『ハハハ、俺ァ秘密兵器ってか? わかったぜェ』

 『我は問題なさそうだな。枯れた爺の姿に警戒なぞせんだろう』


 鬼神・酒呑童子はさくらの護衛として姿を隠し合流、軍曹たちとも喫茶・ゆーとぴあで顔合わせは済んでおり、突然姿を現しても驚く程度で済むだろう。

 龍神・イルルヤンカシュは龍の姿を取らず人化した状態、つまり甚兵衛を着た枯れ木のような老人スタイルで悠里・カイト組に同行する。カイトにも俺と似たような普段着を着せているし強そうには見えないだろう。

 そして高天原神・天照大神を自称する天照はギャル組に合流した。


 『アッタッスィ〜、にっぎやかなのがぁ〜⤴︎……すっき! すっき——』


 念話の意識を切断した。何故かはわからないが色々と問題のありそうな部分にクリティカルヒットしそうな気がしたからだ。決して相手にするのが面倒だったからとかそんなわけじゃないよ。ほんとほんと。

 とりあえず天照は姿を隠す気がないようだ。念話に載せて自分の服装を俺の脳内に送りつけてきたのはその宣言、そして褒めて欲しいからだろうな。一応契約内容に『天照を褒めること』というのがあるが、今日はいいだろう。ともかく天照には犯罪級に邪な人がいたなら太陽のように堂々と邪心を看破していってもらいたい。その結果逮捕が必要ならダンジョンに潜伏している自衛官の皆さんがやってくれるはずだ。さて、そんなわけであとの世話係は玖内に任せよう。


 ーー ふむふむ。良い雰囲気ですね ーー


 そう言ったエアリスが見せてきたのは、悠里とカイトの様子だ。さっきの通信から連想する緊張感のある表情はしていない。エアリスの眼について香織以外に話していないとはいえ、その緩みきった顔はどうなんだ、カイトよ。隣を歩く悠里も手を後ろ手に組んじゃったりして……あれれ? デートかな? まぁその後ろには微笑ましげなものを見るように目尻を下げているイルルさんがいるから多少気を抜いてたって何も問題なさそうだ。あの人——他の自称神々と同じくダンジョンに顕現した存在らしいから“人”かはわからないけど——アホみたいに強いし、龍だしな。


 「他のところも問題なく見れるな」


 エアリスが制御しているが意識すればそれを察したエアリスによって視界が流れ込んでくる。


 ーー はい。これら全てを併用する事により【転移】、【ゲート】どちらをもすぐに使用し向かうことが可能です ーー


 「そのデメリットが俺自身の索敵能力低下とエアリスが実体化してる余裕がない事か」


 ーー これほどの数ですから ーー


 普段なら設置をしてはいても必要な時に数個程度、今回は特別に百以上を同時接続だ。つまりいつも以上に俺の脳を使ってる感じか。そんな事ができるのは超越種の特権と、加えて演算自体はエアリスがやってるからみたいだ。わかりやすく言えば俺というサーバーにエアリスというプログラムがあるようなものだろうか。俺自身が意識的にしようとしても負担もなくというわけにはいかず、そもそも出来ない。エアリスを実体化させてしまうと切り替え等の制御が俺次第となってしまい、正直使い物にならない。


 ーー 寂しいですか? 両手に花の状況を作れず申し訳ありません ーー


 「全然いいぞ」

 「もう、悠人さん! もっとエアリスに優しくしなきゃダメですよ?」

 「わふぅ」


 ーー そーですそーです! ーー


 「えぇ……なんで責められてるんだ……」


 ともかく俺たちは、各ダンジョンを歩き“釣り”を始めた。

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