第266話 対特級クリミナル・秘密作戦当日2


 「囮捜査ってなんだかワクワクするっすね!」

 「杏奈、気を付けないとまたドジ踏むんだからね?」

 「わかってるっすよ悠里さん。でもあたしとリナとクロのトリプルフォーメーションを舐めないでもらいたいっすね! それに加えて小夜ちゃんがいるなら百人力……いや、百万人力っすよ!」

 「でもちょっと不安です……」


 不安だというリナを気遣ってか、小夜の表情がキリリとしたものに変わる。


 「杏奈とリナとクロ、ついでに玖内もわたしが守るの。キリッ」

 「んきゃー! 小夜ちゃんかっこかわいいっすー!」

 「うんうん!」

 「さっすが魔お……サイカワ界の魔王だネ!」


 守られる側の小夜が一番強い件。クロは小夜が世間を騒がせた魔王だと知っているが、世間には明かしていない。インターネットの普及したこのご時世、どこから漏れるかわからないこともあって普段からそれに関しては伏せるようにしている。でもこの調子だといつかバレちゃいそうな気がするな。まぁそうなったらそうなったで、その時考えるとするか。ところでトリプルフォーメーションってなんだろう。連携した攻撃みたいなもんだろうか。例えば、杏奈が切り込んでリナがサポートしてドラゴンになったクロがブレスで一掃するとか……想像しただけでパリピダンジョンの不良探検者が可哀想になってくる。


 「ちょっと悠人、大丈夫なの?」

 「んー、大丈夫なんじゃね? みんないつの間にか強くなってるっぽいじゃん。悠里は心配なのか?」

 「暇があれば訓練してるとは言ってもね。だってそのダンジョン、評判悪いでしょ?」

 「パリピダンジョンって異名が付くくらいだからなぁ」


 みんな知らない間に訓練しているらしい。俺もサボっているわけではないけど、そういえば体を鍛える訓練はあまりしていないな。カイトと香織に実戦形式の稽古をつけてもらったり、エッセンスや能力の扱いをエアリスに教えてもらっているくらいだ。


 俺のそこそこ怠惰なダンジョン生活は置いておいて、そのダンジョンでの出会いはナンパから始まるのがデフォらしい。しかし強引な手段で袋小路になっている場所に連れ込むような、事件と言えるほどの事はほぼ報告されていない。そしてそこは今回本命でもないため、危険度は低いと見ている。それなのに戦力が整っているんだから最も安全と言えるかもしれない。杏奈は能力によって周囲の様子が手に取るようにわかるし、逆にそういったことを苦手としているとはいえ小夜の戦力は軍隊でも止められない事は実証済み。クロの正体はドラゴンだし、リナだって今じゃダンジョンの木を蹴りでへし折れるらしいから、よっぽど強い部類の人間が相手でない限り自衛くらい出来るはず。その護衛にスライム召喚と隠密が得意な玖内が来るし、嘘が通じず実力は未知数の天照も付いてくるんだ。問題ない。天照に嘘が通じないというのは、彼女の前では真実は白日の下に晒されるからだ。『私の光は遍く照らす』と言って発光していたりするのもそれで、幻影や魅了といった認識阻害や偽心と言えるものは彼女にとっての“嘘”となり、光はその真実の姿を暴く。上辺だけの言葉でさえもその対象なんだとか。そんなわけで嘘は通じないって事らしい。


 「まぁ変なやつに絡まれても実力行使でなんとかなるだろ。悠里のところはカイトがいるから良いとして、不安なのは俺と香織ちゃんが行くところと、さくらのとこかな」

 「あらあら? 悠人君はお姉さんを危険な場所に行かせるのね?」


 いつもと違い、ヒラヒラしているロングスカート姿のさくらはその上に薄手のコートを羽織っている。どこぞのお金持ち令嬢を気取るらしいが、足首のあたりに揺れるスカートの裾を大きく上げ、太腿に巻いたホルスターに新たに創造できるようになった馬鹿デカイがスタイリッシュなフォルムの銃“44マグナムレールガン”を見せつけてくるあたりやる気は充分みたいだ。


 「さくらなら大丈夫って信じてるからだよ。それに軍曹たちなら頼れるし、一応対策というか、保険みたいなものは掛けてるから」

 「保険?」

 「酒呑なら肉壁にもなるんじゃないかなぁと」

 「酒呑さんね。アニーでもリニーでも傷が付かないくらい頑丈だから頼もしいわね。うふふ〜」

 「え? そうなの?」

 「ええ、この間タフなのが自慢って言っていたから実験したのよ」


 なんだか俺が知らない間に色々あるんだなぁ。


 「さくらー、筋肉だるまがいにゃくてもニャーがいるからへーきにゃよ?」

 「頼りにしてるわね? おはぎちゃん」

 「筋肉だるまごとニャーの爪で刻んでやるにゃ。さくらもズガガガってやるといいにゃ」

 「うふふ〜」


 おはぎのゴーサインを受け、前衛の酒呑を巻き込むことも厭わず銃弾をばら撒く様が目に浮かぶようだ。「冗談よ」と言ってうふふするさくらだが、実証済みなあたり冗談で済むとは思えないな。というかさくらがアニーと愛称を付けた“アナイアレイション・ガトリング”は、それが可能なら戦術として成り立つし、実際酒呑はそれを可能にするだけの高耐久ときている。やはり相性は良さそうだ。

 そんな事を考えながらごはんをおかわりする。



 「いつもながら悠里の飯はうまいなー」

 「がふがふっ」

 「チビもそう思うよなー?」

 「わふっ!」

 「悠人もチビも、そんなに食べて大丈夫?」

 「腹が減ってはなんとやらって言うしな」

 「わふわふ」


 朝食を済ませたところにカイトと玖内が揃ってやってきた。二人は喫茶・ゆーとぴあで一緒に食べてきたらしい。


 「悠人、遅くなってごめんよ」

 「御影さん、遅くなりました」

 「いやいや、ちょうどいいよ」


 なぜ二人が連れ立ってきたのか。聞けばカイトはレイナとアリサに捕まっていて、片や玖内はケモミミ団の綾乃さんに捕まっていたんだと。どちらも喫茶・ゆーとぴあに滞在していて、喫茶スペースに降りてきたところで鉢合わせたらしい。


 「隠しておいたつもりなんだけどなかなか逃してくれなくて」

 「こっちもそんな感じです」

 「特に玖内君と一緒に仕事って言ったのがマズかったみたいでね」

 「なるほどなぁ」


 カイトは結局ゲロってしまったみたいだけど、それを聞いても二人がついてくることはなかったようだ。でも落ち込んでいたらしく、今度フリでも良いから頼ってやってくれないかと言われた。まぁ今回のように“餌”になってくれとは言えないから、そのうちなにか安全且つ重要な案件で頼ろうと思う。

 一方玖内はというと……ここ数日の綾乃さん、実はケモミミ団の他のメンバーとは別行動で喫茶・ゆーとぴあに連泊しているらしい。それを聞いた俺たちはみんな「付き合い始めたのかな」と思った。その視線に気付いた玖内は「まだですよ!?」と言っているが……“まだ”ねぇ? 進展する気満々じゃないですか。


 「“まだ”とか言ってないで同棲しちゃえば? ログハウスには玖内の部屋もあるんだし」

 「そうしたいのはやまやま、じゃなくまだ付き合ってもないのにって思いましてですね。それに……」


 そもそも所属しているクランが違うから、ログハウスに玖内の部屋があるとはいえ付き合ったとしてもそれはちょっと、といった感じらしい。玖内にとってログハウスは、クラン・ログハウスのメンバーでなければ滞在してはならない場所になっているようだ。俺としてはシェアハウス感覚だから気にしなくてもいいのに……なんて思ったりするんだけどな。そもそもメンバーってわけじゃないクロノスがいるんだし。でもそんなに気になるならいっその事関係者用に寮のようなものでも作るべきだろうか。そしたら玖内もそこで思う存分綾乃さんとイチャコラできる……あっ、もしかすると一番気にしてるのってそういう事だろうか。安心して過ごせるように全部屋に音漏れ対策をするべきかもしれないな。


 ーー ご主人様、そろそろお時間です ーー


 「お、そうか。じゃあオタク隊員にメッセージ送って……っと」

 「お兄さん、そろそろっすか?」

 「うん。大丈夫だとは思うけど、みんな安全第一でね」


 という事であらかじめエアリスが用意していた転移の珠でそれぞれのダンジョンに向かった。


 

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