第265話 対特級クリミナル・秘密作戦当日1
「起きてください悠人さん」
「う〜ん……もうだめへぇ……」
「寝ぼけてる悠人さん……ちょっとイタズラしちゃお」
近頃地上の環境に徐々に近付いているため気温が変動する。昨晩は少し肌寒かったこともあり掛け布団に包まっていたんだが、なんだか違和感を感じ目が覚めた。
「か、香織ちゃん?」
隣には香織がいるはずと思い横を向いて声を掛けるがそこに香織はおらず……つまり違和感の正体は……
「ふぇ?」
布団から俺の体を伝うようにモゾモゾと這い出てきたのは香織。とても心地よい目覚めだったが、その過程は現実に引き戻されるにつれて焦りのようなものを感じてもいた。例えるなら……トイレに行きたくて起きようとするのになかなか起きれないみたいな。でもまぁ目が覚めてしまえばそんなものは記憶の彼方だ。
「今日も元気ですね?」
「えぇ、そりゃまぁ……って、え? 戻るの?」
「えへへ……」
ちょっと照れたようにしながらも香織は這い出て来た様子を逆再生したかのように布団の中へと戻っていった。
手の甲から生えるようにしてくっついている赤い宝石、『黒夢』。グレーテルとの戦闘時に罅が入っていたがエアリスによって修復され、元のツルリとした形状に戻っている。それを眺めつつ香織の大胆さを受け入れ、ほんのり残る微睡に体と心を預けることにした。
最初の頃の『何処か良い所のお嬢様』という面影を残しつつ二人の時は案外肉食系。普通の日常の一幕に思えるがここはダンジョンの中。他のメンバーにも言える事だが、ダンジョン発生による少し殺伐とする環境が身近になった昨今において、女の子というのは存外逞しい生き物なんだなと実感するばかりだ。
そんなこともありつつまだ早朝、時間はあるのでシャワーを浴びて鏡の前に並んで歯を磨いていると、エアリスが戻ってきた感覚があった。
自ら顕現した場合とは違い、実体化させておいたエアリスが許可なく戻れるのは内包するエッセンスが切れた場合だ。
「転移の珠は用意できたか?」
ーー はい、抜かりなく。それと急遽クロノスの散歩が決まったためそちらも万全の体制を整えてまいりました ーー
エアリスに準備をしてもらうため自由に行動させておいたが、そうそう切れるはずもない量のエッセンスを与えておいたはず。それを使い切るほどの準備、とは?
ーー ご主人様の自意識が過剰になっているであろう故に感じている“視線”、残念ながらワタシには感じられません。しかし念のためログハウスの守護強化に加え、周辺の森を安全地帯にしてまいりました。嵐神の出番はほぼないでしょう ーー
装備とログハウスの守りは大事だな。うんうん。でも森まで安全地帯ってのは、視線の正体がモンスターだって見てるのか。まさかそれでモンスターを駆逐してきたとかか? それじゃあ食材集めのために兎狩りをする人、主に喫茶・ゆーとぴあのスタッフが困ると思うんだが。兎肉のメニューがなくなったらどうすんだ。人気なんだぞ。
ーー いいえ。もし全滅させたとて二日も経てばまた増えているでしょう。しかしそうではなく。20層猫の森から移住希望の猫をログハウス周辺に移住させていました。その際気になる気配を察知しています ーー
移住希望猫なんていたのかと思ったがそれはともかく。それってむしろモンスターが増えただけに思えるが、あの猫たちは餌付けの甲斐あってか人を襲うことはほぼないと言えるし、エアリスは先住の狼たちとも顔合わせをさせてきたとも言う。狼は人に近付くことは滅多にないが凶暴な動物タイプのモンスターを追い払ったりと遠巻きな位置から安全に寄与しているし、猫たちは人の窮地に駆けつけてくれたりする。まぁ大丈夫と信じよう。それより“気になる気配”というのはなんだろうか。もしかしてそれが俺の感じている視線の正体だったり……
ーー 泉にある石碑付近から、尋常ならざる気配を。しかし敵意はなく、それどころか意思すらも感じ取ることはできませんでした ーー
念のため指先程度の大きさの球体、“エアリスの眼”を置いてきたらしいし今日は対クリミナル作戦当日。今すぐに危険が迫っているわけではないならとりあえず様子見という事にした。
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