第248話 モンスターがいない理由2


 「悠人さんのステータスが香織たちと桁違いになっているのは、悠人さんが特別だからなんですね!」


 特別かどうかはさておき、言われてみれば確かにステータスがおかしい。エアリスが数値化したそれは、所謂一般探検者と一線を画していると言える。急激に増えた事もあったが、いくらもう一人の俺と合一したからといって素直に倍になんてなるものなのか? エアリスの話じゃそもそもの適応深度にるんじゃ……


 「なぁエアリス、俺の適応深度って……」

 「マスターの適応深度はヒトとは言えない領域かと。ログハウスの皆様であれば支配者権限をいくつか獲得していることも影響し、適応深度九、香織様は少し特殊で十四といったところでしょうか。一般的に五程度が一度目の限界点と見ていますが、マスターに関してはワタシをもってしても不明です。しかし現状のステータスから逆算し、二十以上であることは確かかと。他者よりも適応しやすい理由も不明ですので、特別という表現が適切であり、更に人類を超越した種、“超越種”と呼称するのが適切です」


 五とか九っていう具体的な数字を出してくれたが、基準になる規格みたいなものが存在しないからエアリス独自の物差しで測った数値だな。俺としてはわかりやすいような余計わからないような。二十以上って、ダンジョンに入ったことのない人たちの二十倍、みたいなもんか? う〜ん、知らず知らずのうちに超人ぽくなってんのな。


 以前から人間だけど人間じゃないように感じていたところが無いとは言えない。それを肯定されたようで、エッセンス適応化ってのは知らず知らずのうちにされている人体改造みたいだな、などと思ってしまう。でも今の時代悪い事ではない気がする。だって並大抵の人には負けないって事で、それはつまり特級クリミナルにも負けないって事かもしれん。ログハウスのみんなを守れる事にも繋がるわけで、俺にとってこれは朗報だ。


 「しかし以前も申し上げた通り、遺伝子的には人類のそれと違いはありません。付け足しますと香織様もその域に踏み込んでおり、要因としてマスターの影響かと」

 「俺の影響ってのがよくわからんけども」


 近くで生活していて影響するならなんで香織だけなんだ? 確かに物理的な距離は一番近いけど……あれ? じゃあそれよりも近くにいたエアリスは……


 「そういやエアリスも自分が超越種になったとか言ってたよな?」

 「ワタシの場合、主な構成要素がマスター所有のスマートフォン、その音声認識機能、マスターの記憶、そしてオメガ因子ですので、電子および意識体由来の超越種でしょうか」


 元々が何であっても超越種なんだな。


 「つまり超越種ってのは文字通りそれまでの括りを超越したってことなのか」

 「はい。マスターであれば意識体、ワタシであれば物質体の性質を持ち合わせる、またはそれが可能な状態と理解しています」

 「ふ〜ん。わかるようなわからんような話だなー」


 しかし一般的に五くらいが限界なのに俺はその四倍以上っていう理由は不明か。エアリスを頭に飼ってる期間が長かったからとかだったりしてな。だって最初は限界値があったっぽいし。

 ゲームならクリアデータでニューゲームできるものもあるから、育った状態でやり直せば最初から強いけど、初めの頃にステータスの調整をしてもらった際の限界値はエアリスが考える一般的なものと同等だった。つまり俺は最初から適応深度が深かったわけではない。その後は階層の支配者権限を手に入れたが、それだけでなく他にも理由があるのかもしれない。まぁわからん事だらけなのは相変わらずだな、ダンジョン。


 「悠人さん、香織ももうすぐちゃんと超越種なんですって」

 「そうらしいね。俺の影響が本当にあるなら、俺のせいで人間離れさせちゃってることに……」

 「でもそうなったら……楽しみですよね?」

 「楽しみ、なのかな?」

 「ふふっ。楽しみですよ? これまで何度もチャレンジしたのに全然出来なかったんですから。でも同じなら……ね?」


 腕を絡ませ楽しげに笑う香織からはいつものシャンプーの匂いがした。対する俺はわけもわからずとりあえずニッコリしておく。


 ところで香織に出来なかった事ってなんだろうな。【神眼】の模倣か? いや、【不可逆の改竄】の事かもな。でも超越種と呼べる深度に至ったとして出来るとは限らないと思うけど。何故かははっきりとしないが俺が習得した“不可”と付く能力は毛色が違うというか、何か別の要素が混ざっている気がする……。

 このまま楽しそうな香織を見ていたい気持ちはあるが、それより今は考えるべきことがある。


 「さて、徒歩じゃもう間に合わないな」


 1層で話し込んでいたせいで約束の時間が近付いている。散歩デートの代わりにドライブデートと洒落込みたいところだが、目的地の近くにコインパーキングがあったかどうか……。あったとしても出来れば払いたく無いのが駐車料金だ。そうなるとエアリス頼みか。


 「【ゲート】で行けるか?」

 「はい。人目に付かない場所へ……いえ、ちょうど良いので一度ご実家に顔を出しましょう」

 「まぁいいけど」

 「お、お義父様とお義母様にお会いするのは久しぶりなので緊張しますね……!」

 「いや、多分いないと思うよ」


 地下へ続く穴から出るとなんだか懐かしさを感じた。それもそうか。時々帰って来ているとはいえ【転移】があるからここを通る事はなかなか無いしダンジョンが出来てからほとんどログハウス生活だからな。


 「悠人しゃ〜ん!」


 いつも通り突進してきた小夜だったが無表情のエアリスによって頭をガッと掴まれ持ち上げられている。う〜ん、パワフル。


 「小夜、気を付けなさい。ダンジョン外ですよ。床が抜けたらどうするのです?」

 「悠人しゃん、お姉さまが硬いこと言うの」


 ぷらんぷらんと揺らされた小夜はちょっと涙目だ。


 「一応言う事きいといてくれ。ダンジョン外だと俺もちょっと不安だからさ」

 「わかったの。それならお母さんにするみたいに優しくするの」


 エアリスから解放され自由になった小夜の抱きつきは、先ほど感じたのと同じシャンプーの匂いと共にやってくる。宣言通り全く危機感を持たなくとも良い、ふわりとしたものだった。

 そういえば俺は経費で買ってもらったものを使っているが、みんなはコスメ用品代を出し合って少し高いものを使っているらしい。それと同じものを小夜は実家となった御影家でも使っているわけだ。


 「小夜ちゃん、おうちでも同じシャンプー使ってるんだね」

 「お母さん、なんでも買ってくれるの」

 「相変わらず甘やかされてるんだなぁ。わがままに育たないといいけど」

 「手遅れでしょう」

 「ところでなんで小夜がいるんだ?」

 

 他に気配はなく予想通り両親はいないな。数日前、電話がかかってきた時に出掛けると言っていたのが今日だから予定通り出掛けたみたいだ。でも小夜のことは何も言ってなかったし今日は平日、学校のはずだけど……


 「今日は臨時休校なの。これからログハウスに行こうと思ってたのよ」

 「ちょうどいいですね。小夜、あなたも来なさい」


 エアリスの指示で保存袋をリュックに仕舞い込んだ小夜が小首を傾げる。


 「お姉さま、どこに行くの?」

 「ダンジョンですよ」

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