第244話 予想外の依頼2


 再び地上へ。二人が泊まっているのは駅に程近い最近できたばかりの高級ホテルだ。ここはダンジョン発生以前から建設が始まり、一ヶ月ほど前にようやく完成した、言わば地元のランドマークとなっている。


 「近くにプライベートダンジョンがあり駅にも高速道路にも近くどちらの交通手段でも首都へ直行できる素晴らしい立地ですね」

 「いやー、高いなー。見上げると後ろにひっくり返りそうだ」

 「ヘイ! ユート!」


 入り口からヘンゼルが迎えにくる。グレーテルは一緒じゃないんだな。


 「待たせたか?」

 「いや、大丈夫さ。さぁ、すぐ部屋に行って冴島についてネットで調べよう!」


 うーん。ネットで調べるつもりだったのか。いや、どちらかと言えば調べるよりも俺たちの時間を買ったようなニュアンスだったしな。俺としてはエアリスでも知らないゴーストの正体を探るための手法があると期待してたんだが。まぁ、報酬いっぱい貰えるしな。


 「うーわ。すっげー部屋……」

 「そうだろう? ここにはベッドルームが二つあるから快適なはずさ。好きなだけくつろいでくれ」


 左右に広い部屋の奥にそれぞれドアがある。あれが寝室だろうか。窓は大きく俺の地元の街が一望できる程だ。金持ちってすごいなぁ……引くわー。


 「ユートいらっしゃい」


 高級そうな生地の部屋着に着替えて迎えてくれたグレーテルが隣に座り……甘い香りがはっきりわかるほど距離が近い。ヘンゼルは俺の困っている様子をおもしろそうにしながら珈琲を差し出してくる。エアリスは一口含むとそれ以降手を付けなかった。俺はというとなんだかドキドキする匂いを誤魔化すように、そして不思議な甘さについつい飲み干してしまった。


 「なんだかさっきまでとは違うような」

 「実はね、僕はグレーテルお嬢様の執事兼お守り役なのさ」

 「あら私を子供みたいに」

 「実際そのようなものだろう?」

 「もうっ」


 口元に笑みを浮かべながら言うヘンゼルにグレーテルは先ほどまでの淑女然とした態度とは打って変わって少女のように頬を膨らませる。


 「普段は身分を隠してるとか?」

 「こう見えてお嬢様はお転婆なのさ。それでお目付役として僕がいる、ってわけ」

 「なるほど」


 二人は主従関係なのか。じゃあグレーテルがヘンゼルを兄って言ってたのはそういう設定なのかもな。顔が似て見えるのは人種が違うと同じに見えるとかそういうのが少しあるんだろう。それにしても執事を連れたお嬢様って存在するんだな。今となってはファンタジーの中だけの存在だと思ってたよ。


 「さてユート、どこから調べたらいいと思う?」

 「んー。普通に名前でいいんじゃないか? もしかしたら何か出るかもだし」

 「そうかい? じゃあそうしてみよう……」

 「ユート? 大丈夫なの?」


 グレーテルは何を心配しているんだろう。もしかして熱い珈琲を一気飲みしたからだろうか。


 「熱かったけど大丈夫だ」

 「そう? それならいいのだけど」


 それから日本中を旅した話を聞きながら冴島さんについてなにか出てこないだろうかと調べては見たが何も出てこなかった。エアリスは基本の表情にしている微笑を浮かべたまま座っている。冴島さんについて調べる気はなさそうだが、今回エアリスは自由に行動するつもりのようだから、こうしている間にもなにか調べているのかもな。


 「ねえヘンゼル、そろそろごはんにしましょう?」

 「そうだね」


 昼食は階下のレストランでご馳走になり、エアリスは容赦がなかった。報酬が減るのではと不安に思ったが二人は気にしていない様子、報酬も大丈夫らしい。

 食後は部屋に戻り結局何も調べないまま時間が経つ。ヘンゼルはログハウスメンバーの事を聞いてくるが下手な事は言えないから当たり障りのない事だけだ。グレーテルはモンスターの話に興味深そうにしていた。なんだか女性が接待してくれるお店にでもいるような気分だ。

 夕食もレストランで食べる。高級な味は美味いことは美味いんだが、なんだか落ち着かないな。

 部屋に戻りまた雑談タイムだ。もう二人からは冴島さんを調べる気配が感じられない。


 「調べ物はもうしないのか?」

 「ここじゃこれしか頼りになるものがないからね。それに君の話を聞いていた方が楽しいさ」


 ラップトップに視線を向けたヘンゼルは大した未練も感じさせずこちらへと視線を戻す。

 明日起きたら考えると言うことになり、二人は部屋に二つあるバスルームへそれぞれが向かう。グレーテルが一緒にどうかと聞いてきたが普通にお断りさせていただいた。


 「そう? ざーんねん……」

 「一応護衛ってことになってるし」

 「それならお風呂も一緒の方が良いのではなくて?」


 いきなりお嬢様モードで圧をかけてこられてもな……とにかくダメなもんはダメなのだ。

 通話のイヤーカフにエアリスの声が届く。ここに来る前、念のためにエアリスがメンテナンスをしていたから不具合なんて起きないだろう。それにしても隣にいるのにこれを使うのは未だに変な感じがする。


 『よく釣られませんでしたね』

 『そりゃそうだろ。ログハウス女性陣の見た目偏差値なめんな。で、どうかしたのか?』

 『少し気になることが……いえ、やはりお伝えしないでおきましょう』

 『なんでだよ?』

 『マスターは顔に出やすいので』


 なら仕方ない。でもなんだろうな、俺が知ったら顔に出ちゃうような事か。実はグレーテルは俺を好きとか? いやまさか……でも勘違いしそうなくらい距離が近いのも確かだけどなぁ。それに香織とはまた違ったいい匂いがするから困る。ちょっとドキッとしたのは秘密だ。とはいってもな……


 『まぁ香織ちゃんほど気になる人はいないからな』

 『香織様が喜びますね』


 二人がシャワーを終え、俺とエアリスもすすめられたので交互にシャワーを浴びる。服のままドアの向こうに行って少し経ち、乾いた状態で出てきた俺たちを見た二人は不思議そうに首を傾げていた。

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