第245話 開放的な二人と子守する二人


 「じゃあ部屋割を決めよう!」

 「部屋割?」

 「そうさ! ここは左右に寝室があるからそれぞれに分かれて寝るのさ!」


 部屋割も何も男女二人ずつなんだから分けるまでもないよな。そもそも名ばかりとはいえ護衛と考えると、護衛対象の二人が纏まっていてくれた方がありがたい。ただ寝室が部屋の反対側になるため俺たちはベッドで寝るわけにもいかないが。


 「男女で分かれるか俺とエアリスが同じ部屋だろうな」

 「マスター、そんなにワタシの事を……!」

 「そういう意味じゃねーよ。一応護衛依頼だろ」


 俺たちのやり取りを楽しそうに眺めるヘンゼルとは違い、グレーテルは腕に絡み付いて部屋に引っ張っていこうとする。俺は地上でも普通よりステータスが反映されるはずなんだが……気を抜くとその場から引き摺られてしまいそうだ。


 「僕はユートと話しながら寝たいところなんだけどね、グレーテルお嬢様は君がいいみたいだからさ。それに修学旅行とか合宿みたいで楽しそうだろう?」


 修学旅行は男女が同じ部屋で寝る事はねーよ。合宿によってはそういうのもあるかもしれんけど。

 しかし何を考えているんだろうな。自分が仕えてるお嬢様が今日会ったばかりの男と同じ部屋で過ごす事をなんとも思っていないように見える。


 「ヘンゼルはそれでいいのか?」

 「ああ! むしろそうしてくれると嬉しいね! 僕は美しいエアリスさんに護衛してもらうさ!」


 やっぱりだ。ヘンゼルは本当にそうなる事を望んでいるように感じる。もしかして俺のファンって言うけど女性の方がいいんだろうか……そりゃ良いか。そもそも護衛の必要があるのかもわからない護衛依頼だしな。


 『構いませんよ、ワタシの股を開けるのはマスターだけですので』

 『言葉のチョイスよ……』


 報酬を受け取るまでは最大限の譲歩を、と通話のイヤーカフで続けたエアリス……一応エアリスの食費が凄い事になっているから、気に入らないからやっぱり払わないなんて言われたら困るな。迷宮統括委員会を通した依頼であればそんな事はなかなかないだろうが、この依頼はそうじゃない。いつ破棄されるかわからないのも事実だ。


 「……わかった。でも同じ部屋にいるだけだ」

 「ありがとうユート!」


 部屋に連れられグレーテルはベッドの上にぺたんと座る。甘い匂いがするなぁと思っていると目の前でワンピースを脱ぎネグリジェに着替え始めた。目を逸らそうとすると「護衛対象を見ていなくて平気かしら?」なんて事を言い着替えを途中で止めてしまう。香織と付き合う前の俺ならマジマジと見ていたかもしれない。


 「心配しなくても俺の目は飾りだ。心の目で見てるから問題ない」

 「だから目を閉じているの?」

 「まぁそういうこと」


 心の目っていうか神の目なんだけどな。しかも集中すれば裸眼以上に見えるし。ってか【神眼】って大それた能力名だよな。まぁエアリスがこういうのを好むっていうのもあるんだが、ネーミングセンスの無い俺としては勝手に決めてくれるから助かってもいる。


 「ふぅ〜ん。じゃあ避けられるわよね?」


 言ってグレーテルは大きな枕を投げつけてくる。それを【拒絶する不可侵の壁】で受け止め立てた人差し指に載せて回すとパチパチと小さく拍手していた。


 「す、すごいわね。本当に見えているみたい」

 「だろ?」


 実際は【神眼】の範囲を狭めグレーテルの膝が少し見えている程度にしている。一応護衛対象だからな、完全に視界外というわけにもいかないだろうし。全身を見ないのは香織に対して裏切りになってしまいそうな気がするからだ。


 「だから安心して眠ってくれ」

 「着替えたからもう目を開けても平気よユート」


 目を開けるとそこにはドエロい……どえらい格好のグレーテル、全体的に生地が薄いのか肌が透けて見えている。胸は控えめだが腰は引き締まっていて……


 「せ、せめて下くらい履いてくれ」

 「寝るときは履かない主義なの。そんなことより隣、空いてるわよ?」


 心も盗む伝説の大怪盗ならばヒロインに誘われたら逡巡しゅんじゅんの余地なく飛び込んでいただろう。でも俺のヒロインは香織なので。


 「護衛はちゃんとやるから寝てくれ」

 「その前に動いた方がよく眠れるわ」

 「いいから『寝てくれ』」

 「わかった……わ、よ」


 ふぅ。【神眼】と違い【神言】はダンジョンと同じ感覚で使える。対象を意識すればそこへ向けてエッセンスが勝手に流れるからだろうな。意識しなければ周囲にエッセンスがばら撒かれ、実現可能であれば現象として現れてしまう。気を付けないと俺がダンジョン化の中心になる可能性があるかもしれないが、無意識に発動しないようにできるようになってきた今ではあまり心配ないだろう。


 『エアリス、そっちはどうだ?』

 『少々誘惑をされてしまいましたが【神言】をお借りしましたので』

 『そうか。こっちも眠ってもらったしリビングに居ておくか』


 部屋を出るとエアリスも部屋から出てくるところだった。


 「触れさせもしない立ち回りをしましたので褒めてください」

 「触れられるくらいなんでも無いと思うけど……まぁヘンゼルに限ってはそうも言えないか。よしよーし。えらいぞー」

 「扱いがチビやおはぎと同じですね……ところで少し調べたいことがありますので白夢に戻っても?」

 「ん? いいけど」

 「ではその間、少しお休みになられては?」

 「そうさせてもらうか。じゃあ『戻れ、エアリス』」


 白夢に戻ったエアリスが何を調べているのかはわからないが何かあれば起こしてくれるだろう。今日はなんだか疲れたし、三人座っても余裕がありそうなソファーに横になり少し眠ることにした。


………

……


 スマホが振動し意識を引き戻される。何か夢を見ていたような気がするが今はスマホが先だな。


 「どれどれ……冴島さんか」


 『国際指名手配中の凶悪犯がダンジョンに逃げ込んでいる可能性アリ。黒髪の巨漢と銀髪の普通体型、男二人組。罪状は強盗、強姦、殺人。件数は手配された時点で少なくとも二十件以上。被害者は若い男女のみ、性比率は女性多め。手配されたのは二ヶ月以上前、特級クリミナルの可能性大』


 用件だけを伝える味気ないものだが内容は反吐へどが出るほど濃いものだった。


 ーー 特級、という事はダンジョンで発生している一連の事件の中で最も凶悪なクリミナルの事ですね ーー


 共通点は多く冴島さんの予測した一文がなくとも同一犯に思えた。エアリスにその二人組が起こした過去の事件を調べてもらうと、ダンジョンで起きている犯行のように惨殺されているわけではなく、どれも鋭い刃物で頸動脈を浅く切り裂かれ失血死させられていたようだ。


 ーー 死にゆく様子を見ていたのでしょう。もしこれが特級であれば…… ーー


 殺し方が変化した事になる。趣向が変わったんだろうか。共通するのはどちらも時間をかけている事だ。でも何か変だな。ダンジョンで見つかった遺体は刃物ではないが鋭い何かによるものという鑑定結果が出ている。犯人が違うからかもしれないが類似点は多いように思うから、ダンジョンでモンスターを相手にするための武器が凶器になったと考えるのが自然な気がするな。

 エテメン・アンキで得られる武器には一般的な刃物とは違う形状の物があるが、エアリスによればこれまで作った武器と傷の形状が一致しないらしい。住人が作ったものを全て把握してはいないが、“刃物”をこよなく愛する変態ドワーフタイプが作っているから多分違うはずだ。その点から考えても冴島さんが知らせてきた指名手配犯がダンジョンに入るようになって、モンスター対策に武器を手に入れた特級クリミナルである可能性は高い。

 犯人像を考えながらホワイトボードに貼られた被害者の写真を思い出し胃から込み上げるものを感じた。


 そろそろ二人が起きる頃か。目の前でってわけにはいかないからあらかじめエアリスを喚び出し、そのまま通話のイヤーカフで会話する。


 『実体化した途端お腹が減りました』

 『少しは遠慮してくれ……』

 『ところで先ほどの……ご自分も標的になり得る事にお気付きですか?』

 『そうなのか?』

 『判明している被害者は実年齢が三十歳未満、見た目が二十代前半かそれ未満といえる者ばかりです。マスターは気付いていないようですが超越種となった影響でしょうか、これまでの被害者と同等の見た目年齡となっているかと』

 『言われてみればそんな気も……ヘンゼルにも若いって言われたしな』


 ……あれ? 被害者って男女問わずだよな。しかもはずかしめられていたわけだが。


 『もし気を失ってもケツだけは守れる【拒絶する不可侵の壁】の練習した方がいいかな……』

 『必要はないかと思われますが、役に立ちそうなので是非』


 言いあらわせない恐怖に駆られていると、ヘンゼルとグレーテルがそれぞれの部屋から起き出してきた。エアリスが何を調べていたのかをまだ聞いていないが、すぐに知らせてこないのはその必要がない事だからだろう。


 『では本日も子守をいたしましょう。ワタシの食費のために』

 『それヘンゼルたちには言うなよ?』

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